第26章 桃の提案
所変わって商店街の中華屋さん。
桃は心琴から貰った服や朱夏からもらった服を並べて今日のコーディネートを考える。焼肉パーティーの日、桃は心琴と遊ぶ約束をしていた。女の子同士で遊びに行ける事に桃は張り切っていた。
「キャハッ! 楽しみぃ!!」
心琴から貰った赤のチェックのロングスカートに朱夏から貰った黒のニット、そしてデニムのジャケットを羽織ると桃は鏡の前で髪の毛を整えた。
「あ! もうこんな時間。早く行かなくちゃ!」
そう言って気合いの入ったおしゃれな桃はルンルンと中華屋を後にする。
それなのに、待ち合わせの駅前広場で心琴はしょんぼりと立っていた。
いつもなら近づいただけで明るく手を振ってくれる心琴は今日は背中を丸くして地面を見るばかりだ。
「心琴ちゃん! おまたせ! キャハッ!」
心琴は桃の声にゆっくりと顔を上げ、その心琴の顔を見た桃は心底驚いた。
心琴の顔は目は泣きはらしたのか真っ赤に腫れて、鼻も何回もかんだのか心なしか赤い。トレードマークのお団子もいつもはきちんと結われているのに今日は適当なのか昨日からそのままなのかボサボサになっていた。
「え!! 心琴ちゃん、目が真っ赤! 何? どうしたの!?」
「ももぉ〜! ふぇぇん!!」
心琴は桃を見るなり泣きついてしがみ付く。今までこんな心琴を見たことがなくて、とういかこう泣きつかれたことさえなくて桃はどうしたらいいかわからずに戸惑った。
「ちょっと! 心琴ちゃん!? 周りの人見てるって!!」
しかし、心琴は桃に抱きついたまま離れない。駅に向かう人々がこちらをチラチラ見ている。その視線が痛くて桃はさらに困った顔をした。
「落ち着いてよぉ。桃ぉ、こう言う泣かれ方はちょっと苦手かもぉ! 何があったか言ってくれなきゃ分からないよぉ?」
桃の困った声に心琴はゆっくり顔を上げた。
「昨日からね……目を覚さないんだ」
心琴の発言に事件の匂いを感じて桃の表情は途端に険しくなった。
「……誰が? 鷲一?」
心琴の一番大事な人は間違いなく鷲一だ。だから桃もそう聞いたのだが、心琴は首を横に振った。
「うぅん。鷲一は今日も仕事なんだと思う……」
「だと思う?」
桃がはっきりしない言い方に首を傾げる。仲のいい二人は、いつもなら、心琴と鷲一はお互いの予定を完ぺきに把握している。
「LIVEもみてくれてないみたいだし、電話もつながらないの……何回も……何回も電話したのに。LIVEもしたのにぃ!! ……ぐすっ」
「あー……。それは不安だね? また、通知音消したままなんじゃなぁい? ……まさかぁ、それで泣いてるのぉ?」
いくら心琴が鷲一を好いているからと言って連絡が付かないだけで泣いたりはしないだろうと思いつつ念のために確認すると、案の定心琴は首を横に振った。
「ううん、違うの。……朱夏ちゃんと海馬さんとエリが……昨日また紗理奈とキングに襲われたみたいで」
そこまで言うと桃は驚いて目を見開いた。
「まじめにぃ? それって大事じゃなぁい?」
「うん……」
口元に手のひらを当てて桃は最上級の驚きを表現した。心琴は相変わらずしょんぼりとしたままだった。
「はぁ……楽しみにしてたのにぃ……」
「??」
桃は遊んでいられる状況じゃない事を悟って大きくため息をついた。意気込んでいた分、ショックは大きいが、大事な友達のピンチにそんな事も言っていられない。桃は心琴に向き直る。
「ねぇ、今朱夏ちゃんはぁ、どこにいるのぉ?」
「電話したら、朱夏ちゃんの家にいるらしいんだけど……やっぱり目が覚めてないんだって」
心琴は朝一番に三上に電話をして状況を聞いていた。
検査結果に異状がないために、朱夏の家に現在いる事や、医学的に言うと眠っているだけと言う事は聞いていた。
「じゃぁさ。行ってみようよ。朱夏ちゃんのお家ぃ」
「……お見舞いって事?」
「うぅん? バチンってやったら目が覚めたりしないかなぁって! キャハッ!」
桃は目を輝かせてそう言った。桃が言う「バチン」とは桃の能力の静電気の力をためて破裂させる強力なビリビリだ。
「そ、それって……。静電気ボールって事だよね……?」
心琴はその静電気ボールの痛さを嫌と言うほど知っていた。桃がまだ魔女の元にいた頃、心琴は桃により拷問を受けたことがある。本人曰く、魔女に好かれるために拷問をしていたらしいが、心琴は桃が、人が痛がる様子を見るのを好きな事を知っている。
「大丈夫大丈夫。怪我しない程度に調整してあげるからぁ!」
「え……えっと……ショック死とかないよね?」
桃が心琴を安心させようとそんな事を言って来るが、心琴はびくびくしながら聞き返す。
「あるわけないじゃなぁい? 静電気だよぉ?」
桃はおどけた様子でそう笑って見せるが心琴は顔が引きつるばかりだ。あの時受けた傷が疼く。
「あ……あはは……」
「ほらぁ、いくよぉ?」
愛想笑いをしている心琴を桃は引っ張るようにして朱夏の家へと歩みを進めるのだった。
◇
2人は朱夏の家にたどり着いた。
チャイムを押すと、今日は丸尾が優しく部屋に招き入れてくれる。
ドアを開けると、やはり朱夏と海馬とエリがすやすやと寝息を立てていた。一見すると3人が仲良くお昼寝しているようにしか見えなかった。静かで穏やかな部屋の窓からは西日が差し込み3人は赤く染まっている。
「……朱夏ちゃん……?」
桃は扉を開けるなり朱夏に駆け寄った。
心琴は正直、友人達が目を覚さないのを目の当たりにするのが辛かった。
昨日既に一度見てはいるが、とてもじゃないが直視は出来ない。ドアの付近から遠目に桃の様子を伺った。
桃も目が覚めないの意味を肌に感じて絶句した。
「ね、ねぇ、心琴ちゃん。どうして? どうしてこうなっちゃったのぉ?」
桃はてっきり敵からの奇襲攻撃を受けて怪我をして意識不明なのだと勘違いしていた。
けれども、見る限り3人の負傷は焼き肉パーティーの時のままだ。
「それが、分からないの。連覇君が一緒にいたみたいなんだけど……。話を聞く限りでは、海馬君と朱夏ちゃんの秘密基地に行ったらしいんだ。そこで紗理奈とキングが居て……そこにいる全員が倒れて動かなくなったって……」
心琴は昨日の連覇の話をそのまま桃に伝えると桃は情報の少なさに眉を顰めた。
「解ってる情報ってそれだけぇ!?」
「……うん」
桃は再び心配そうに朱夏を見た。
「ねぇ、じゃぁ紗理奈とキングって言うのも一緒に倒れたのぉ?」
「うん。昨日は三上の車に一緒に乗ってたよ」
そこまで言うと後ろで話を聞いていた丸尾が口を開いた。
「あの二人なら、違う部屋で寝かせているよ。二人とも拘束はさせてもらってるけどね。見て見る?」
「見るみる~! 顔に落書きしてやろぉよぉ! キャハッ!」
子供の悪戯を笑顔で提案してくる桃に心琴は慌てながら制止する。
「ちょ、ちょっと桃!? ダメだよぉ。起きた時に殺されちゃうよ!?」
「いいじゃぁん。顔に落書きくらい! なんならぁ、朱夏ちゃんと海馬君にもぉ!」
「コラ! いけません!」
「ちぇ~! つまんないしぃ?」
そんな話をしながら部屋を移動する。丸尾に連れて来られた場所は朱夏たちが寝ている部屋の正面の部屋だった。ゆっくりと扉を開けると、そこには大き目な犬用ゲージに入れられているキングと、横向きに寝ているが、手を手錠で拘束された紗理奈だった。
「どお、桃。何か感じる?」
「感じる? 何をぉ?」
「ほら……パラサイトとか?」
エリはよくパラサイトを感じると言っていた。もしかして桃も感じることが出来るかもしれないと思って心琴がそう聞いてみた。
「……待ってね、桃あんまり気配感じるの得意じゃないからぁ。集中するよぉ」
桃はしばらく目を瞑って手を広げてキングや紗理奈に向けてみる。
けれども帰ってきたのは残念な報告だった。
「二人からはぁ、パラサイトを使ってる感じは無いよぉ」
「そっかぁ」
その言葉に心琴は残念そうな声を上げた。何か打開策が見つかるかもしれないと思ったがはずれだったようだ。
「うーん、これからどうしようっかぁ。朱夏ちゃんがこのままなのは桃、嫌だなぁ」
桃はつぶやくようにそう言うと、少しの間指を顎に当てて考えたかの素振りをして見せてから、心琴にこう提案する。
「じゃぁさぁ。次はぁ、連覇君の所に行こうよ!」
「……え?」
「もっと詳しく話を聞いてみよぉ? 何かぁ、分かるかも? キャハッ!」
桃は笑顔でそう言った。
「そ、そっか! そうだね! もうちょっと詳しく状況が聞けるかもしれないよね!」
そう言うと心琴はスマホのLIVEアプリを開いて連覇へあててメッセージを書くのだった。