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第25章 温もり


一方、罪などと縁遠い連覇は山を降り、徒歩30分以上かかる道のりを駆け抜け、駅の踏切を越え、新しめのマンションが立ち並ぶ住宅街へ一直線に戻ってきた。その中のひときわ目立つ青いマンションの扉をくぐるとエスカレータに飛ぶように乗り、3階へ上る。

連覇はカッチをランドセルに入れたまま、自宅へと到着した。


「ただいま!」


連覇は元気よくそう言いながら、自宅のドアを開いた。


「おかえりなさい!」


ママの優しい声が出迎えてくれる。夕飯の支度をしながら優しい笑顔がひょっこりと廊下に顔を出した。連覇は廊下からリビングへは行かず引きつった笑顔で玄関横のドアノブに手をかける。


「ママ、僕ちょっとお風呂に入ってくるね!」

「え……!? なんで今なの? どうしたの? 汚しちゃった?」


連覇は普段、夜にパパとお風呂に入っているのでママは驚いて聞き返した。


「砂場で汚れちゃったー! あはは!」


連覇はごまかそうと咄嗟にそう嘘をついて笑った。実際さっきまで切り株に座っていたのでお尻は泥んこだった。そのお尻を見たママはふぅっとため息を一つつくと困った顔で笑う。


「もぅ、お風呂にお湯は貯めてないからシャワーでね?」

「はぁい!」


ママの返事を聞いた連覇はランドセルを背負ったまま、玄関横のお風呂場に入っていく。

連覇は急いで着ていた洋服を脱ぎ捨て、カッチをランドセルから取り出した。


「ふぅ。何とかバレなかったよ!」

「キャッ!」


カッチは連覇の裸を見てちょっと赤面して手で顔を覆う。

大人がやったらセクハラ間違いなしの状況だった。


「お風呂なんだから裸だよ……? それより、ママに気づかれちゃう! 静かにね?」


連覇はカッチが顔を赤らめる意味も分からないまま、口をすぼめて人差し指を立てる。


「は、はい。」

「じゃぁ、お風呂……じゃなくてシャワーになっちゃったけど入ろう?」


そう言うとそのまま今度はカッチの服を脱がそうと服に手をかけた。


「……ひゃぁ!」

「ちょ、ちょっと!? 服脱がなきゃ体洗えないよ!?」


困った顔の連覇を見て心は乙女のカッチは諦めてうなだれる。


「……う……。そ、そうですね……。あの。体はなるべく見ないでくださいね?」

「良いけど……なんで?」

「自、自分で洗いますから!」

「??」


体は陶器で出来ていても男の子に服を脱がされるのに抵抗があったカッチはいそいそと自分の服を脱ぎ始める。連覇は言われた通り体をなるべく見ないようにしながら風呂場に入っていった。


シャワーの蛇口をひねるととても心地の良いお湯が二人の体を流していく。

カッチはその気持ちよさにしばらく頭からお湯をかぶっていた。

記憶の中にあるシャワーという言葉と照らし合わせて納得する。


「これが……シャワー……ですね? とても、気持ちが良いですね」


カッチ自身は初めてのシャワーだった。その温かさと心地よさに今までの洞窟暮らしをしていた自分と重なる。


(こんな素敵な環境で生きていけるなんて……羨ましいです)


カッチは少しだけ自分が惨めになった。来る日も来る日も、洞窟で人間から隠れて生きていた。

数回人間の前に出て見たことがあるが、気味悪がられて逃げられてしまった。

元から内気な性格のカッチは毎日毎日、自分のエネルギーが事切れるのを待ち続けていた。

ただ、ただ、自分と同じ陶器の人形たちがそうであったように。

そんな複雑な心境の人形に連覇は微笑みかける。


「うん! 気持ちいいでしょ! さぁ、カッチ! 髪の毛を洗ってあげるよ!」


連覇はママが使っているシャンプーをカッチに付けて黙々と泡立てた。


「気持ちいい……」


連覇に髪の毛を洗ってもらって、ごわごわとしていたカッチの髪の毛はサラサラになった。


「カッチの髪の毛ってこんなにさらさらだったんだね!」


連覇が笑顔でカッチにそう言うと、カッチは照れて笑顔になった。


「あ、ありがとうございます。連覇さん」

「どういたしまして!」


その後、体も洗ってピカピカになった二人はふかふかのタオルで体を拭いた。

それから連覇は気が付いてしまった。


「……あ。まずい! 服……服も洗わなきゃ!」


カッチの服はボロボロでとても汚かった。当初は青っぽい色だったのだろうが、今は泥が付き全体的に茶色い。違う服を見繕ってあげたくても、もちろん、男の子で戦隊ものが大好きな連覇の家にお人形の服なんて一枚もなかった。


「た……タオル……巻いておく……?」

「えええ!? タオルで過ごすのですか!?」


カッチは赤面してそう叫んだ。



「きゃああああああああああ!!!!」



そしてもう一つ叫び声がお風呂場に響く。


「に……人形が……人形が喋ってる!!!!!」


そこにいたのは、カッチを指さしたまま固まっている連覇のお母さんだった。


「あ、ママ! 見て見て凄い人形と友達になったんだよ!」

「えええ!? 友達!? ダメよ!? 心霊現象だわ!!」


連覇のママはカッチを指さしたままヒステリックにそう叫ぶ。


「あ、あ、あの……その……お邪魔しています。ごめんなさい。お風呂をお借りしてしまいました」


カッチは慌てて頭を下げた。

心霊現象だとは思えない常識的な言葉に連覇のママは頭が追い付かない。


「そう言う問題じゃありません! 今すぐ家から出ていってください!」

「あ……。そう……ですよね。ごめんなさい」


カッチはしょんぼりと泥だらけの自分の服を手に取った。


「ママ、ひどい! カッチは昨日、転んだ僕を助けてくれたんだよ!!」

「え!?」

「迷子になってた僕に道を教えてくれて……だからお礼にお風呂に入れてあげたかったのに……ママのせいでお礼が台無しだよ!」

「ええ!?」


連覇にそう言われて連覇のママは困った顔をする。明らかに普通の人形ではないその人形の発言はいたって普通の困った女の子の声だった。


「あ、あの申し訳ありませんが洋服を着る時間をいただくことはできますか?」


カッチは泥だらけの服を片手にそんな事を連覇のママに言ってくる。

連覇のママがカッチの服を見ると、ひらひらの青いワンピースは雨風にさらされて色あせて所々破けている。


「……貴女。なんなの?」


連覇に怒られても尚、連覇のママはこの得体の知れない動く陶器を受け入れられない。


「この子はカッチだよ! とってもすごい人形なんだ!」

「すごい……人形?」

「2年前に職人さんが作った人形で、人の『後悔』をエネルギーに動く最新式のお人形なんだ!」


連覇は胸を張ってそう言った。大人にそんな話をしても信じてもらえないだろうとカッチは泥だらけの服を身に纏おうとしたその時、連覇のママはカッチを止めた。


「待って。とりあえず、その服は捨てなさい。汚すぎるでしょ」

「え!? この服を捨ててしまったら私……着るものがありません……」


カッチがしょんぼりと連覇ママに言うと連覇ママは少しだけ笑って見せる。


「あなたが何者かは知りませんが、連覇が世話になったようですので……ちょっと待っててください。あ。その間だけですよ、家にいて良いのは!」


そう言うと連覇ママはカッチからボロボロの服を取り上げてしまった。


「あ!? え……?」


状況がつかめないカッチに、連覇は呑気に自分の服を着ながらこう言った。


「良かったね、カッチ! ママが服作ってくれるみたい!」

「え……えええ!?!? 良いんですか!?」


連覇のママにカッチが聞くと連覇のママはカッチを見ないで応える。


「だから、服を作り終わるまでですから。お礼を受け取ったらすぐに出ていってください。解りましたね!?」


連覇のママの頭の中は「追い出したい」と「お礼をしなきゃいけない」という二つが拮抗していた。だからとっととお礼を終わらせて追い出すという結論に至ったようだった。それでも、カッチはとてもとても喜んだ。


「ありがとうございます!!! 私……私とっても大事にします!!」


そんな曇りのない声に連覇のママは少しだけ胸が痛かったが、カッチを見ないでさっさと奥の部屋に歩いていくのだった。


「ママね、裁縫得意だから……きっと大丈夫!」

「服をいただけるというだけで、私はとても……とても嬉しいです。今日は、私の人生の中で一番うれしい日です!!」


カッチは自分の胸に手を当ててそう言うのだった。


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