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第24章 【演目:中学生】

 幕が開けるとそこは中学校だった。

 桜が咲いている背景には入学式と書かれている。


「紗理奈! お久しぶりです!」


 そこには入学式を終えた直後の朱夏が居た。


「おお! 朱夏っち。久しぶり! 元気だった?」

「はい!」


 思えば海馬も紗理奈も朱夏の2歳年上。

 家が近いとは言えど、なかなか会う機会が少なくなっていたのを覚えている。

 これは朱夏が中学1年生、そして紗理奈が中学3年生の頃の話だ。

 先程の秘密基地が建ったシーンから2年が経過している。


(これは……お母様が亡くなり、海馬君が足しげく家に通ってくれたお話は全カットです。本当に短縮をしてくれたのかもしれません。)


 マリオネットに短縮をお願いしたの事は意外と効果があったようだ。


「あれ、海馬お兄ちゃんは? 一緒じゃないんですか?」

「海馬ちゃん? さぁ? どこだろうね」

「へ?」


 朱夏が知っている限り小学校時代は紗理奈はべったりと海馬について回っていた。けれどもそんな紗理奈からこんな言葉が出てくる。朱夏は違和感を感じて首を傾げた。


「まぁ、小学校の時みたくずっと一緒に活動はしないっしょ。男女だと特にさ。噂とか、気になるし」


 2年で随分と大人びた様子の紗理奈に朱夏はちょっとだけ戸惑った。


「え……。あ……そ、そうですよね!」


 慌てふためく朱夏を尻目に紗理奈はあたりをきょろきょろと見渡すとそこには手を振る他の女子生徒が見える。女子生徒を確認すると紗理奈は朱夏に手を振った。


「じゃ、私もう行くね! 友達待ってるから」

「え!?」


 朱夏は小学生の頃、紗理奈とずっと一緒に過ごしていた。二人が卒業した後、朱夏は一人取り残された小学校で寂しい気持ちだった。だからこそ、中学への入学はとても楽しみだったのだ。それなのに、紗理奈が挨拶だけをして去ってしまうなんて予想もしていなかった。戸惑っている朱夏を紗理奈は不思議そうに眺める。


「ん? どうしたっしょ?」

「いえ……なんでもないです。またね、紗理奈」

「うん! バイバイ!」


 紗理奈にはもちろん悪気なんてなかった。紗理奈は元から明るい性格の女の子。朱夏から数歩離れただけで数人の友達に囲まれた。朱夏は最早、紗理奈に話しかけるのも難しそうだ。


「図書室に……行ってみようかしら」


 朱夏は紗理奈の背中を見送ってから海馬を探すことにした。

 図書室へ行ってみると思った通り、海馬がそこにいた。一人で本を読んでいる姿は小さい頃と何ら変わりはない。けれども、朱夏はなぜか近寄りがたい雰囲気を感じた。それでも、めげずに朱夏は海馬の所へそっと歩んで行く。


「……」


 海馬は傍まで来ても朱夏に気が付くことなく本に読みふけっている。


「あの……」


 そっと小さく声をかける。中学校の図書館は小学校の時よりも静まり返っていて普通の声じゃとても話ができない雰囲気だ。


「ん? ああ。朱夏ちゃん。入学おめでとう」


 海馬はちらっとだけ朱夏を見ると軽く口元の力を抜いてそう言った。


「ありがとうございます」


 朱夏が朗らかに笑って見せるも、海馬はすぐに本の方へと視線を戻した。


「……」

「……」


 沈黙が二人を包む。

 朱夏はとても寂しい気分になった。紗理奈も海馬も中学生になると途端に冷たくなったと感じた。


「……それでは……行きますね」

「ああ」


 海馬からは短い返事だけが帰ってきた。

 本当は引き留めて欲しかった朱夏はじっと海馬を見る。


「……」

「どうした、行かないのかい?」


 海馬は様子に気が付いて少しだけ顔を上げた。


「……。紗理奈も、海馬兄ちゃんも……冷たいです」


 朱夏は俯き気味のままありのままの気持ちを吐露した。


「……。そう……かもね。でも、僕らも、もう子供じゃないんだ」


 海馬が肩をすくめて言うのを見て、朱夏は諦めた。


「……」


 黙って、出口へ歩き出そうとした時、後ろから海馬の友達が2人やってきた。


「おい、海馬ー。誰この子。彼女―?」

「おいおい、俺らにも紹介しろよ。あのバッチ一年生だろ?」


 明らかにからかわれている雰囲気に朱夏は驚いた。


「うるさいよ? ……あの子はそう言うんじゃないし」


 海馬はあからさまに嫌そうな顔をしながらも友達と話をしている。

 朱夏は目をぱちくりとさせて様子を見るばかりで動けなかった。


「ほら、もう行きなよ」

「え、ええ。すみません」


 海馬に促されて朱夏は図書館の出口へ向かおうとすると、友達がそれを阻んだ。


「……え?」


 驚いて友達を見る。元から背の高くない朱夏は成長期の終わりを迎えたであろう男の子を見上げた。


「ねぇ、海馬じゃなくて俺らと仲良くしようよ」

「名前は?」


 男の達に取り囲まれた朱夏は狼に睨まれた小鹿のようだった。


「おい、お前ら止めろって」


 海馬が呆れた声をだすが、友達二人は聞く耳を持たない。朱夏は大きな男の子に囲まれてびくびくとしたまま動けずにいた。


「海馬とどういう関係なの?」

「それにしてもかわいいね」


 二人がやめる気がないのを悟った海馬はため息をついてから読んでた本を机にたたきつけた。

 バシン!という小気味のいい音が図書室に広がる。


「お前ら、いい加減にしろよ?」


 海馬は思いっきり二人を睨みつけてそう言うと、友達二人は逆に笑った。


「うわ。海馬が切れた。ウケるんだけど」

「マジで彼女なんじゃないの?」


 怒った海馬に、一番怯えたのは朱夏だった。今まで見たことのないような眼光で男二人を睨んでいる姿は今までにない怖い男の人の表情だった。


「か、海馬お兄ちゃん?」


 朱夏は怯えた様子でそう口に出す。すると、友達二人は言葉に眉をしかめた。


「……お兄ちゃん……ってなぁんだ。妹かよ」

「つまんねぇ。海馬に第二の紗理奈ちゃんができたと思ったのに」


 友達から出てきた紗理奈という言葉に海馬はさらに怒りをあらわにする。


「てめぇら……ぶっ殺すよ!?」

「あ、やべ。本気で怒り始めた。撤収だ撤収!」

「あはは。そうカリカリすんなって! じゃな!」


 男友達の二人組は図書室から走り去っていった。


「ったく……。ごめんね、朱夏ちゃん。悪気は無いんだろうけど……ああいう奴らなんだ」


 深いため息をつきながら海馬はそう言った。


「……いえ」


 それだけ言うと朱夏はしょんぼりとしながら場を去って行く。今日という日だけで、二人がなぜ共に行動しなくなったのかが嫌と言うほどわかったからだ。そして、自分もきっとこれから一緒に行動はしないだろうという予感がひしひしとする。自分が楽しみにしていた3人での中学校生活はただの夢幻だった。


「ねぇ、朱夏ちゃん?」


 そんな、丸みを帯びてしまった朱夏の背中に向かって海馬がそっと声をかけた。


「今度さ、3人でまた『あそこ』行こう?」

「え……?」

「紗理奈にも伝えておくから」

「伝えておく……?」


 そう言うと海馬は朱夏に手招きをする。朱夏が不思議そうに近づくと海馬は鞄に入っているスマホをこっそりと見せてくれる。そこにはLIVEと書かれたアプリが入っていた。


「朱夏ちゃん、スマホって持ってる?」

「あ……はい! でも、今は持っていません」

「まぁ、先生に見つかったら没収だしね。……今度あそこでID交換しよう」

「……はい!!」


 その一言に朱夏は嬉しそうに返事をした。海馬は朱夏の背中がしゃっきりと元に戻ったのを見て静かに笑うのだった。



『小学校時代とはちょっと違う形で、こうして3人は再び連絡を取り合うようになり、たまにあの秘密基地で会うのだった。2年ほどほとんど別行動をしていた海馬と紗理奈だったが、ある日を境に再び共に行動をするようになる』


 そんなナレーションが入ると背景が山の秘密基地へと変わる。

 そこには、朱夏と紗理奈しかいない。二人は同じ机に向かい合わせに座っている。朱夏は学校の宿題をこなして、紗理奈はティーンズ雑誌を読みながらお菓子を食べていた。


「ねぇ……朱夏ッち?」

「なんですか、紗理奈?」


 突然声をかけられた朱夏はシャープペンシルを机に置いて顔を上げた。


「朱夏ッちは……海馬ちゃんの事……どう思う?」

「……どうって?」


 朱夏は紗理奈の言わんとしている事を薄々感じつつも分からないふりをした。


「とぼけるの? 朱夏っち、海馬ちゃんの事……好きっしょ?」

「……そ……それは……もちろん、そうですよ? お兄ちゃんのように慕わせていただいています」


 朱夏は困った顔でそう答えた。紗理奈が言っている『好き』と違うことくらいは朱夏にもわかるが、朱夏はそのことを明言したくなかったのだ。


「あくまで言わないつもりなの?」


 紗理奈は朱夏に向かって強い口調でそう言う。朱夏は困り果てて、弱弱しい声で紗理奈にこう尋ねた。


「……だって。紗理奈、あなたこそ……海馬お兄ちゃんの事、好き……ですよね?」


 朱夏は紗理奈との友情が壊れてしまう気がして言いたくなかった。

 けれども、紗理奈は友情よりも恋愛感情の方が上回っていた。


「そうっしょ。私は朱夏っちとは違う。自分の気持ちに嘘なんてつかない。私は海馬ちゃんが好き」


 紗理奈は朱夏の目の前でそう断言した。

 嘘偽りのない強い言葉に朱夏は気圧された。

 そんな逃げ腰の朱夏に紗理奈はこう付け加える。


「朱夏っち……朱夏っちはいつも感情を隠し過ぎっしょ。周りに気を使ってばっかりで……。朱夏っちはさ、もっと素直になるべきっしょ! 泣きたきゃ泣こうよ!! そして……好きなら、好きって言って良いんだよ!?」


 強い紗理奈の言葉が、朱夏の心に突きささる。


「紗理奈……紗理奈は……どうして? どうして私にその事を言うんですか? 私なんて気にしなければいいじゃないですか!」

「そんなことも分からないの? ……友達だからっしょ」


 紗理奈は優しく朱夏の顔を見る。

 朱夏もそんな紗理奈の事をじっと見つめた。


「え……?」

「出し抜くような真似、したくないっしょ」


 その目はとても真剣だった。

 その真剣さにたじろいで、朱夏は慌てて目線を逸らした。


「……紗理奈……その……あの……」


(私も海馬お兄ちゃんの事、好きなの)


 と言いかけたのを朱夏は思い出す。

 けれどもその一言が発せられることは無かった。

 もごもごとしているうちに紗理奈がこう切り出したからだ。


「私ね。朱夏、海馬ちゃんも大事だけど朱夏も大事。だから……先に行っておくね。海馬ちゃんに……告白しようと思うんだ」


 その一言に朱夏の頭は真っ白になった。

 再び紗理奈に視線を戻すと先ほどと何ら変わらない真剣な目で朱夏をじっと見つめている。


「……!?」

「来週の日曜日。告白しようと思う。だからさ。先に確認しておこうと思って」


 言いにくそうに、そして途切れ途切れに。

 それでも、紗理奈は朱夏に向かってそう言ったのだ。


「……あの……その……」


 決定的な一言に口ごもる。

 その様子を紗理奈は寂しそうに見つめた。


「……やっぱり朱夏っち……」


 そこまで言うと紗理奈の眉に力が入った。

 泣き出すような、怒ったようなそんな表情に、紗理奈が続きを言うのを遮るように朱夏が割って入る。


「いえ! ……頑張ってください! 応援しますから!」


 勢いだった。

 本当は海馬の事が好きだったのに。


「……本当に?」

「ええ! 私、海馬お兄ちゃんの事をお兄ちゃんのようにお慕いしているだけですので!」


 嘘だった。

 もう「お兄ちゃんのように」の歳はとっくに過ぎていた。


「嘘じゃない……?」

「本当の本当です!」


 本当は泣き出しそうだった。

 けれども、朱夏は笑顔で紗理奈にそう言った。

 その笑顔をみて、紗理奈も笑顔になった。

 どことなく、その笑顔はいびつに見える。


「良かった!! 内心、びくびくしてたっしょ」

「……きっと、素敵なカップルになれますよ!」


 この時の事を思い出すと朱夏は胸が引き裂ける思いだった。


(そうです……私、本当の事を言えなかった。紗理奈が私の事を友達って言ってくれて……嬉しかったのもあって。海馬君の事を好きだなんて、言えなかったんです)


 苦い青春の一ページに朱夏の心は落ち込んでいく。


(あ……あれ? あそこにいるのって……)


 けれども、これは記憶劇場。

 しかも、ここに居る全員の記憶で作られるシナリオに、朱夏が知らない事実があった。

 風景の端、ドアの横に海馬の人形が佇んでいたのだ。


(海馬君!? ……もしかして、あの話をドア越しに聞いていたのですか!?)


 朱夏は驚いた。

 あの日、海馬は珍しく約束の時間よりも遅れていた。

 普段から時間などをしっかりと守る性格の海馬なのに、珍しいなと思っていた。

 それにより紗理奈と二人きりの時間が出来てあの話になったのだ。


(でも、なんで……? なんであの日に限って遅れてきたのですか……?)


 朱夏の疑問には誰も答えてはくれない。

 疑問を口にすることさえ出来ないからだ。



 そのまま劇は次の話へと進んでいくべく、ナレーションがステージに木霊する。


『こうして、宣言通り紗理奈は翌週に海馬に告白し、二人は付き合う事になった。それは紗理奈と海馬が中学3年の冬の事だった。それを機に朱夏は海馬と紗理奈との距離を置くようになる。そしてついにあの事件が起こってしまう。海馬と紗理奈が付き合い始めて丁度半年後、高校1年生の5月の事だった』


 そのナレーションは朱夏は身構えた。


(……いよいよ……あの日の……)


 これから朱夏は世界で一番演じたくない劇を演じる羽目になる。

 それは、朱夏にとって、とても酷な演目だった。


(わたし……また紗理奈を……殺さなくてはならないのでしょうか?)


 拭っても拭い切れない。

 後悔しても後悔しきれない。

 朱夏が犯した【罪の演目】が今、幕を開ける。

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