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第23章 マリオネット・ドリーム

「いい加減にしろぉぉぉぉぉ!!」



 幕が閉まるなり紗理奈はその怒りを爆発させた。糸に吊り上げられるかのように天井に向かう最中にもかかわらず紗理奈は大声を上げる。


「もぉ、堪忍袋の緒が切れたっしょ! どこのどいつだ! 出てくるっしょぉぉぉ!!」


 声の限り紗理奈が大声で叫ぶとその声はこだましてステージに反響した。


「ちょ、ちょっと紗理奈!? そんなに叫んで大丈夫ですか? 何かされてもこれじゃ抵抗出来ませんよ!?」


 流石に体の一つも動かせないのに喧嘩を売るのは、全滅の可能性だってある危険な行為だと思い朱夏は紗理奈を制止しようとした。

 それでも、紗理奈は叫ぶのを止める気はないらしい。


「知らないし! 何もしなければずっとこのままだよ!? 私達の人生を勝手に見せ物にして……腹が立つ! 出てこぉぉぉい! 話くらいしなさいっしょ!」


 朱夏の制止も聞かずに紗理奈は大声で叫びまくった。


「おい、紗理奈。止めるんだ」


 その様子にキングも紗理奈を制止したが、紗理奈はキングの言う事さえ聞く耳を持たない。


「嫌っしょ! こんな劇、糞食らえ!! 出てこぉぉぉい!! ナレーションしてる奴!」


 紗理奈が急に騒ぎ始めた理由に朱夏も海馬も心当たりがあった。さっきの演目の最後で流れた不穏なナレーションだ。


「このままじゃ、あの日をもう一度体験する事になるっしょ……」


 とても辛そうな紗理奈の声に胸が痛む。やはり、紗理奈もあの日を追体験したくないのだと、朱夏も海馬も思って紗理奈を止めるに止められなくなる。


「出て来おおおおおおい!!!」

「おい」


 叫びまくる紗理奈の目の前に突然人影が現れてそこにいる全員が息を呑んだ。


 その人は綺麗な金髪の男の子だった。目はエリと同じ水色をしている。年は10歳から13歳くらいの見た目をしているが、明らかにおかしいことが起こっていた。4人は今人形となりステージの天井に吊るされている。それなのにその男の子は目の前にいるのだ。


「え、えぇ!? 空、飛んでる!?」


 海馬は驚いた声をあげた。その男の足は地面についてなどいなかった。けれども、その男の子は海馬な発言なんてまるで構わずに騒いでいる紗理奈に向かってあからさまに嫌な顔をして見せる。


「ぎゃあぎゃあ、うるさいんだけど」


 不機嫌な声がステージ上に響き渡った。


「ちょっと! あんた? 私達にこんなヘンテコな劇やらせてるの!! このクソみたいな劇をさっさと止めて私たちを開放しなさい!!」


 紗理奈も出てきたのが自分より小さな男の子だと言う事がわかり強気の発言を続ける。すると、男の子は紗理奈に向かって人差し指を横にスーッと動かすと紗理奈はぱたりと喋れなくなった。


「さ、紗理奈!?」

「貴様!! 紗理奈に何をした!?!?」


 キングが男の子に唸り上げる。けれども、ご立腹なのは男の子も同じだった。


「話くらいしろって言うからわざわざ来てあげたのに。その態度何? そんな話をするためなら僕は戻るよ?」

「紗理奈をもどせ!!!」


 そうキングが叫ぶと男の子は今度はキングに人差し指を向ける。

 すると、キングもピタリと喋るのを止めた。


「キ……キング……?」


 海馬から引きつった声が出る。


「次、喋れなくなりたい奴いる?」


 じっとりとした目で男の子は4つの人形を眺めた。


「あ、あの!! 聞きたいことがあります!」

「朱、朱夏!?」


 海馬は朱夏までしゃべれなくなるんじゃないかと驚きの声を上げたが、紗理奈が作ったチャンスを逃すわけにはいかないと思った朱夏は思い切って男の子に話しかけた。


「何? 僕忙しいんだ。次の章のシナリオを考えなくちゃ」

「お忙しい所申し訳ありませんが少しだけお時間を頂けませんか?」


 これ以上にない丁寧な言葉を選んで朱夏は男の子を見つめた。


「ふぅん。良いよ。こっちのお姉さんとなら話してあげる」


 男の子は朱夏の低姿勢が気に入ったようだった。


「ご協力感謝致します」


 朱夏は凛とした声で感謝を述べる。それはさながら王様に諂う家来のようだ。


「それで? 何が聞きたいの?」


 男の子は朱夏に向き直ると踏ん反り返る。朱夏は家来のような丁寧な口調を続けながらも状況を探るべく質問を投げかけた。


「もうご存知かと思いますが私、早乙女朱夏と申します。あなた様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 朱夏は丁寧にそう聞いた。なんだ、と言わんばかりに鼻息を鳴らすと男の子はその質問にすんなりと答えてくれた。


「ふぅん、僕? 僕の名前はマリオネット。苗字はドリームだよ。んで、あそこで君達の劇を見てるのがデジャヴ。デジャヴ・ドリームだ」

「え? えええええ!?!!」

「それって……エリの……?」


 その一言に海馬と朱夏は同じ事を思ったに違いなかった。


『デジャヴ・ドリーム』はエリのパラサイトの『能力名』だった。


「エリの能力名と同じと言う事は……まさか、パラサイトって事!?」


 海馬は驚いて声を上げた。


「なんだよ、そうだけど?」


 マリオネットはなんて事なさそうに答えたが、朱夏も海馬も言っている意味を頭で理解するのに時間がかかった。


(わ、わ、私、パラサイトに自我があるなんて……思ってもみませんでした……)


 口があったらあんぐりと開けているであろうこの状況。

 朱夏も海馬も呆然としてしまっていた。


「ねぇ、質問はそれだけ?」


 マリオネットが不審な表情で尋ねると朱夏は慌てて質問を探した。


「あ、えと! な、何故この劇をされているのですか?」


 今まで、一番謎に感じていた疑問だった。『エリの能力』と男の子が言った『名前』が同じ事で、この状態がエリによって引き起こされた事はほぼ確定だと朱夏は結論づけていたが、どうしてもこの劇の意味だけは分からない。

 朱夏も、海馬も息を飲んでじっとマリオネットを見守った。マリオネットは少しだけ上を見ながらぶつぶつ言うと再び朱夏に向き直った。


「何故……? あぁ、そりゃそうか。そうだよね。でも、まぁいいか。……君達には何も話してないから分からないよね。この劇は僕からデジャヴに捧げるプレゼントなんだ。悪いけど劇が終わるまではこのままでいてもらうよ」


 朱夏は予想外の回答にきょとんとした。


「プレゼント、ですか?」


 マリオネットの放った言葉をそのまま繰り返して更なる回答を待った。


「まぁね。最近、この人間があんまりにもデジャヴを酷使するから、労ってあげたいんだ」

「酷使? 能力を使う回数が多いと言う事ですか?」


 朱夏は解らないままマリオネットに尋ねる。


「それもそうだし……もらえるエネルギー量が少ない。人間で言うと、賃金が低いのに沢山働かされているのような扱いなんだ」

「ごめんなさい。言っている事がよくわかっていないのですが、エリが……あなた達に『エネルギーをあげる人』なのですか?」

「そりゃそうだ。僕らは君たちの言葉で言うパラサイトだ。エネルギーは寄生主から貰うに決まってるだろう? まったく、それなのに僕らの宿主と言ったら連日デジャヴに能力を使わせて……! 僕はヘトヘトになる彼女を見ている事しかできないんだ。物申せるなら物申したいよ! 全く!!」


 マリオネットはぷんすかと怒りながら不服そうにそう言った。その様子はなんだか、デジャヴを心配しているように見える。朱夏はそこにマリオネットの優しさを感じた。


「そう……それで、彼女をねぎらうためにこの劇をやることにしたのですね?」

「ああ。そうさ。彼女は人間の生きる世界に興味津々だからね。まぁ……喜んでいるよ」


 嬉しそうなマリオネットの声が朱夏に届くと、ストンと腹の底に何かが落ちた心地がした。

 何故強行にこんな劇が執り行われているのか、朱夏にはようやく分かったのだ。



「ふふっ。そう言う事でしたのね? つまり……マリオネットさんはデジャヴさんをお慕いしているのですね?」



 朱夏は朗らかにマリオネットにそう言うと、マリオネットの顔は途端に真っ赤になった。


「ば、ば、バカやろう! そ、そ、そんなんじゃないから!」


 誰が見ても分かる動揺っぷりに朱夏も海馬も納得した。マリオネットはデジャヴの事が好きなのだろう。


「ふふっ……図星ですね。この劇は差し詰め、貴方の能力を使った彼女への愛のプレゼントと言ったところ!」


「やめろ! デジャヴに聞かれたらどうするんだ! まったく!!」


 朱夏がそう言うと、マリオネット耳まで真っ赤にしながら観客席をちらちらと見る。きっとそこにデジャヴがいるに違いない。


「な、なるほどね……それに僕らは付き合わされているんだね……」


 海馬は今の状況がとても馬鹿馬鹿しくなってきて腹の底からため息が出た。


「だ-! もう、うるさいな! 僕はもう行く! ……次の章から中学生だからね! 張り切ってよ?」


 そう言うとマリオネットは背中を向け、降下し始める。朱夏は慌ててその背中に声をかけた。


「あ、あの! ちょっと待って!? 私達……流石に疲れてしまいました。中学は出来るだけ簡略化していただけませんか? あなたがクライマックスにやりたいのは……『高校一年生』ですよね?」

「……考えておく」


 その言葉に一回だけマリオネットは振り向くと、今度こそステージの上に向かって下って行った。

 マリオネットが下まで降りて姿を消してから、海馬はそっと紗理奈とキングに声をかける。


「紗理奈……? キング……?」

「……」

「……」


 けれども二つの人形はもうしゃべらない。そこには二人によく似た陶器の人形がただただぶら下がっている。


「はぁ……朱夏。どうする?」


 心底弱った声で海馬は朱夏に話しかけると、朱夏からは思ってもみない回答が返ってくる。


「海馬君。今の話……先ほどの人がエリの中の『パラサイト』と言う事で、一つ結論が出ました」


 いつもの凛とした声だった。すべてが異常なこの状態で、何一つ変わらないこの声に海馬は少しだけ安堵した。


「朱夏は強いな……」


 弱気になっている自分を海馬は少しだけ情けなく思った。けれども言われた朱夏は何のことだかさっぱりとわからずにキョトンとした声で聞き返す。


「え? 何がですか?」

「ふふ、いや。なんでもない。それで、結論って……?」


 ちょっとだけ笑いながら海馬は元の話題に話を戻した。


「ここは、間違いなく『夢の中』です。そして、私たちは現実世界では『眠っている』と」


 海馬は朱夏のこの結論を聞いて少しがっかりした。自分で想像していた通りの結論だったからだ。


「んー……まぁ、なんとなくそうじゃないかとは思ってたよ……。エリの能力って言う時点でさ。夢の能力って事は僕らは寝ているに違いないだろうね」


 けれども、朱夏の結論はそこに留まらなかった。


「海馬君……きっと本当に『眠っている』のは私達ではなくて、エリです」


 そう言われて海馬は眉をしかめる。さっきの話だけでそう推測するのは難しいように思えた。


「どういう事だい? どうしてそう言い切れる?」


 海馬は自分以上に何かを掴んでいる朱夏の推論にじっと耳を傾ける。


「海馬君は、エリの能力はエリ自身の予知夢に寝ている人の魂を呼び込むことで情報を共有するってご存知でしたか?」


 エリと一番長い時間を過ごしているのは間違いなく朱夏だった。それゆえに仲間内で一番能力に詳しいのも朱夏だった。それでも、この情報は海馬でも知っている情報で、今までに起こったことを思い出しながら記憶の中にある情報を口に出した。


「ああ。だから『眠って無い人』や『魂が体にない人』は夢に呼びこむことはできないんだよね」


 徹夜をしていて能力が不発に終わったケースや、幽体離脱時に魂が体になくて呼べなかったケースがそれだった。


「そうです。でも、今回重要なのは『エリの予知夢に』という点です」

「……あ。なんとなく、話が見えたかも! つまり、今、僕らの魂はエリの夢に取り込まれている状態なんだね?」


 朱夏がそこまで言うと察しの良い海馬は納得してそう言った。


「ふふっ、流石海馬くんですね! 察しが良いです。そうです。つまり、ここはきっと『予知夢を見ていないエリの夢の中』なんだと思います」


 朱夏は大して説明もしていないのに納得する海馬を褒めながら説明を続ける。


「今までエリのデジャヴ・ドリームが発動している時は常に予知夢の場合でした。きっと、予知夢を見ていない時、エリは普通の夢を見るのでしょう。そして、その状態で呼び込まれた他人の魂は、存在しない予知夢を見ることが出来ず、このパラサイトが住むこの空間にたどり着いてしまったのではないでしょうか? どうでしょう? 私の推論」

「それで寝ているのは「エリ」って事か。なるほど……僕はそこまで考え付かなかった。うん! 今の状況を考えると本当にそうかもしれないよ! って事は……つまり、エリさえ起こせば何とかなるかもしれないよね!よく考え付いたね、朱夏!」


 海馬は朱夏の推論正しいような気がして、明るい声で朱夏を褒めた。


「ふふっ。エリは私の妹のような存在ですからね」


 朱夏が誇らしげな声でそう言った。普段だったら胸を張っていただろう。けれども、海馬はそんな誇らしげな声に意地の悪い声でこう返す。


「あれ? 『娘』じゃなくっていいの?」


 4人で森を登った時に朱夏の顔が赤くなったのを見逃す男ではない。隙を見せればすぐにからかうのがこのひねくれ男だ。


「……もう! 海馬君ってば! また、そうやって私の事をからかって!」

「あはは! ごめんごめん」


 今はその表情さえ見るのはままならない。けれども、二人は確かに一緒にここに居る。

 何気ない会話に何気ない笑い。二人はその尊さを知っている。


「ねぇ、海馬君。どうすれば打開できると思いますか? この状況」


 朱夏は落ち着いた声で海馬に尋ねた。

 海馬は今だから導き出せた答えを朱夏に告げる。


「つまり、『エリの目が覚めれば』……終わるんだよね、この夢は」

「そうですね。そう言う事になりますね」

「なぁ、朱夏。こんな経験はないか? 夜中に、『寝ていたのに急に飛び起きた』経験だ」


 その言葉を聞いた朱夏は嫌な予感しかしなかった。

 朱夏がついこの間、病院で冷や汗をかいて飛び起きたのを忘れるはずもなかった。


「それって……もしかして……!?」


 朱夏は生唾をゴクリと飲んだ。


「ああ。エリには悪いが見てもらおう! 飛び起きてしまうほど、『酷い悪夢』……『あの日の悪夢』を!!!」


 ブー……!


 その言葉を待っていたと言わんばかりに次章開始のブザーが鳴り響く。

 海馬も朱夏もただの人形になり果てて再びステージへと降下していく。


(か、海馬!? でもそれって……結局この劇をやり続けるって事じゃありませんか!?)


 内心ではそう突っ込みつつも、なすすべなく朱夏は再びステージに降り立つ。


 こうして再び『記憶劇場』の中学辺が幕を開けるのだった。




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