第22章 連覇と人形
朱夏の家を飛び出た連覇はがむしゃらに走った。
走って、走って、走った。
涙がとめどなく溢れ出る。
連覇は前が見えないままどこへ行くとも知れず気持ちを吐き出すようにひたすら走った。
「はぁ……はぁ……はぁ……ぐすっ……」
走り続けて息が切れると、今度はよろよろと歩き始めた。
ふと顔を上げると、そこには見覚えのある『私有地に突き立ち入り禁止』の看板があった。
無意識のうちにここに足を運んでしまった事に気づくとそっと看板を撫でる。
「秘密基地の入り口……。そう言えば……」
そして、連覇は昨日のことを思い出した。
迷子になった連覇を助けてくれた見た目は怖い、けれども優しいあの陶器の人形カッチを。
「……カッチ……会えるかな?」
連覇は誰でも良いから傍にいて欲しい気持ちになった。
それが例え恐怖の人形であってもだ。
そう思いながら連覇はフラフラと秘密基地への道を登っていく事にした。
山道を登りながら連覇は大声でカッチを探す。
「カッチ! かっちゃーん!! いるー?? いるなら返事して―?」
連覇が山道を大声で叫びながら5分ほど歩いた頃、探していた人形は突然音もなく現れた。
「あ、あの……」
「ひゃぁ!!!」
連覇はカッチに後ろから声をかけられて飛び跳ねでびっくりした。
中身が優しい人形だというのは解ってはいるが、見た目も動きもホラーだ。
「あ……あはは……びっくりしたぁ。後ろからはダメ! 禁止だよ!」
「ご、ごめんなさい!」
連覇は心臓を抑えながらそう言うと、カッチはおどおどと謝った。
けれども、そこに昨日と同じ人形が居て連覇は安堵の表情を浮かべて笑う。
「なんてね! 会えてうれしい」
「まさか、再び会いに来ていただけるとは思ってもみませんでした。私もとても嬉しいです」
カッチからは嬉しそうな声色がする。けれども、すぐに連覇の目が腫れている事に気が付いた。
「あの、連覇さん、目が腫れていますよね? 泣いてらしたのですか?」
「……うん。ちょっと、悲しいことがあって」
連覇は寂しそうにそう言った。その寂しそうな様子にカッチはカタリと首を傾げる。
「私で良ければ……話を伺いますよ?」
カッチは連覇にそろりそろりと近づいて顔を覗き込んできた。
陶器の人形は表情一つ変割らないが、優しい言葉遣いに連覇は笑顔になる。
「ありがとう」
「そこに座りましょう。ちょうどいい木の株があります」
そう言うと、カッチは連覇を引き連れて切り株に腰を掛けた。
連覇もゆっくりとそこに腰掛ける。
大きな木の株に二人は並んで座った。
それから数秒沈黙した後、連覇はそっと口を開く。
「……実はね、大事な人ともう二度と会えないかもしれないんだ」
連覇は胸に先ほどみたエリの姿を思い浮かべながらそう言った。再び涙がこみ上げてきそうなのを、ぐっと我慢する。
「……それは……悲しいです。とても」
カッチは連覇の一言を聞くと、とても切ない声でそう言った。
「どうして会えないのですか?」
カッチが連覇にそう聞くと、連覇は首を横に振る。言葉にしたくても、連覇にはどうしてかが分からない。頭の中で死んだように眠るエリをもう一度思い出してしまい口をぎゅっと結んだ。連覇から言葉が出てこないのをしばらく眺めるように見て、カッチは自分の事を話すことにした。
「……実は、私にも昔、仲間が居たのです」
「え?」
連覇は突然そう言い出すカッチを目をぱちくりさせながら見る。相変わらず陶器の人形は無表情のままだが、なんとなく哀愁が漂っているように感じた。
「陶器の人形仲間です。みんな、意志を持って動いていました」
懐かしそうにカッチは遠い遠い思い出に浸っているようだ。その話に連覇は目を輝かせる。
「う、うそ!? 動く人形ってカッチ以外にもいっぱいいるんだ! すごいすごい!」
「す……すごい?」
思ってもみない言葉にカッチは逆に驚いた。
「だって、カッチ1人でもすごいのに、たくさんいたんでしょ?」
カッチは動き始めて怖がられる経験はたくさんしたものの、すごいだなんて言われたことがなくてなんて反応すればいいのか分からなかった。
「え、ええ」
「ねぇねぇ、仲間ってどこにいるの?」
屈託のない笑顔で連覇がそう聞くとカッチは下を向いてしまう。
「……みんな……壊れてしまいました……。言ったじゃないですか。『昔』仲間が居たって」
「……そっか。それで、カッチは独りぼっちなんだ」
連覇はなぜカッチがこんな話をし始めたのかがようやく分かった。
「カッチは……大事な人に会えなくなっちゃったんだね……」
「ええ。だから、連覇さんの気持ちは痛い程わかるんです」
カッチは寂しそうに空を眺めている。
それに倣って連覇も空を眺めた。
綺麗な秋晴れの青空にポツンと一つだけ雲が浮かんでいる。
そんな空を見ながらカッチは続きを話し始めた。
「……私達、【リグレッド・ドールズ】は人間の魂に宿る『後悔』をエネルギーに動くんです」
「……? りぐれっどどーるず? 後悔?」
カッチは自分たちの事をそう言った。難しい言葉に連覇はよく分からないまま首をひねったが、カッチはそれでも連覇に自分の事を聞いてほしくて話を続けた。
「けれども、人間の後悔なんて、そう何日も続かない事が殆どなんです」
「ごめん、カッチ。僕、後悔ってよく解んない……」
そもそも後悔という言葉の意味をよく理解していない連覇に、カッチは少し自分のあごに手を当てて考えた。
「そうですね、簡単に言いますと、ある行動の後になって自分の行動を失敗だったなと思う気持ちの事です。明日テストなのに遊んでしまって、勉強しておけばよかった!といった感じです」
「あ! なんとなくわかった! ……お昼ご飯をラーメンじゃなくて炒飯にすればよかった! みたいな??」
連覇が自信満々にそう言うとカッチは可愛い例文に楽しそうな声で笑う。
「うふふっ。そうです。よくできました!」
「えへへ……!」
褒められた連覇も嬉しそうに笑った。
そんな連覇にカッチは次の質問を投げかける。
「では、連覇さんはそれをいつまで覚えていられますか?」
「えっと……次のごはんまで? 1日覚えてればすごい方かも……。次のごはんで炒飯食べればいいし」
「そんなものですよね」
カッチはゆっくりと頷いた。ゆっくりとうなずく人形はどこか哀愁が漂っている。
「ですので……後悔を燃料に動く私たちは作られてから1カ月もたたない内にほぼ全員が動かない人形となって壊れていってしまいました」
カッチたちはとある人に作られて、そして、すぐにその作り主は姿を消した。仕事を終えた人形の事なんてどうでも良さそうだった。取り残された人形たちは、雨風を凌ぐために洞窟のような、崖のひび割れに皆でひっそりと過ごすことにした。けれども、一日、また一日と日が経つにすれどんどん、人形たちは動かなくなっていく。
「私も、すぐに動かなくなる日が来るだろうと……そう思っていたんです」
次々と動かなくなっていく人形の残骸をカッチは思い出していた。動かなくなった人形は跡形もなく徐々に崩れ去る。身に着けていたものだけがそこには残った。最後に立っていたのはカッチ一人だった。
「って事は……カッチは作られてから、もう2年もここで動き続けてるって事?」
「ええ。私に力をくださっている方は……きっと延々と自分を責め続けているのでしょう」
カッチはそのおかげで動けている。
けれども、それが良いことのように聞こえず、連覇は少し俯いた。
「……。なんか、悲しいね、それ」
思わずそう言ってしまうと、連覇は慌てて人形を見た。
この子はその人間の自責の念で動いているのに、それをかわいそうと言ってはカッチは動けなくなってしまう。
「ご、ごめんカッチ!」
「いいえ。連覇さん。私もそう思います」
穏やかにカッチが言う。
「その人の魂の力で動いている私ですが……いつかその強い後悔が消える日が来ることを願っています」
優しくも切ない言葉に、連覇の胸はぎゅっとなった。
仲間は動かなくなってただ一人、こんなところに置き去りにされ、人間としても生きれない。
そんな境遇なのに後悔しているその人を案じ、連覇の事も助けてくれた。
「そっか……。……カッチはやっぱりいい人形だね!!」
連覇は飛び切りの笑顔でそう言いきると立ち上がった。
そして、連覇はカッチに向かって手を伸ばす。
「え!?」
手を差し出されたカッチは驚いているが、連覇は気にせずにカッチの手を掴むと手を繋いだ。
「ええ?!」
強引に手を握られてカッチは慌てているようだったが、連覇はそんな事を気にしない。
ゆっくりと上下に手を振って握手を交わす。
「連覇たちは友達! よろしくね? カッチ!」
「……はい!!! うふふっ!! ありがとうございます!!」
連覇は嬉しそうなカッチの声を聴いて、ようやく強引につかんだ手を離した。
カッチの声には先ほどの寂しさなんて微塵も感じられない。
連覇はそのまますこしだけカッチをじっと見つめた。
服はボロボロ。
陶器の顔は剥げて顔はうっすらとしか残っていない。
おまけに泥だらけ。
これでは、友達ができるはずがない。と連覇は思った。
「……そうだ!! 良いこと考えた!! この間助けてもらったお礼もしたいし、カッチ、家においでよ!」
「ええええ!?」
突然そういい始める連覇にカッチは驚きを通り越して叫びのような声を上げてしまう。
家に招かれるのは初めての経験で戸惑いを隠せない。
そんなカッチを余所に連覇はどんどんと話を進めていく。
「体を洗ってあげる!」
「良いんですか!?」
「もちろん!!」
カッチは曲がりなりにも女の子の人形だ。
汚い体を好んでいるはずもなく、体を洗えるというのが嬉しかった。
「あと……顔も書いてあげる!! 可愛く!」
「うふふっ……確かに、目も口もインクがはがれてもうのっぺらぼうさんですもんね」
「どうかな?」
「ええ! 是非!!」
二の返事で明るい声が返ってくる。
連覇はすぐに筆箱しか入っていないランドセルを開いた。
「ここに入れるかな?」
カッチはそう言われて首を傾げながらランドセルに足から入る。
すると丁度あたまがすっぽりと入るほどの大きさで連覇は安心した。
「苦しくない?」
「わたくし、息とかしていないのでへっちゃらです!」
連覇がそう聞くと、カッチからは明るい声がする。
「あはは! じゃぁ、行くよ! 家に帰ろう!」
「よろしくお願いします!」
そう言うと少年は軽やかに山を降りていく。
得体のしれない動く人形を連れて。




