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第21章 目覚めぬ友

 朱夏たちが延々とへんてこな人形劇をやらさえている間に現実世界では次の日を迎えていた。


「連覇ー! 朝よ! 今日から学校なんだからもう起きなきゃだめよ?」


 連覇のママは大きな声でキッチンから呼びかける。香ばしい目玉焼きとウインナーの匂いが鼻をくすぐった。チンッという音と共にトーストも出来上がったようだ。


 朝ごはんのおいしそうな匂いにつられるように連覇は起きた。


「んー……いい匂い。おはよ、ママ。あれ? パパは?」

「パパはもう仕事へ行きましたよ。ほら、早く食べちゃって」

「はぁい」


 何気ない会話に何気ない朝食。

 毎日と同じような久しぶりのような。

 そんなぼんやりとした気持ちで連覇は食卓に着いた。

 連覇はもそもそとウインナーを口に運び飲み込んだ。

 どことなく、心が重たい感じがして、連覇はこんないい匂いのウインナーなのに味気ない気がした。


(なんだろ。なんで、僕こんなに気分が落ち込んで……あああ!!)


 連覇の頭がようやく覚醒すると、すぐに昨日のことを思い出した。


(秘密基地でエリ達が倒れたんだった!)


「そうだ……ママ! スマホ貸して!」


 帰り際に心琴がLIVEすると言っていた事を思いだして、連覇は慌ててママにそう言った。


「え!?ダメよ! ご飯を先に食べなさい!」

「ええー……わ、わかった! すぐに食べる!」


 そう言うと連覇は味わいもせずに目玉焼きも一気に口に頬りこみ、牛乳で流し込んだ。


「ふぉ、ふぉれでいいでふぉ?」


 口いっぱいに残りのごはんを詰め込んだ連覇をママは呆れた顔で覗き込んだ。


「もぉ……仕方のない子ね。ほら、LIVEでしょ?」


 ママはアプリを起動してから連覇にスマホを貸してくれた。


「ママ、ありがとう!」


 差おう言うと早速連覇はグループチャットを開く。そこの文字は漢字だらけで読めなかったため、連覇は音声読み上げ昨日を利用する。音声は無機質に心琴からのメッセージを読み上げた。


【ここと:海馬さん、朱夏ちゃん、エリ、秘密基地で襲われ、現在、三上と角田が救出へ移動中だよ】

「……え……?」


 ママがメッセージの音声を聞いて怪訝な顔をした。


【ここと:三上が身柄を確保してくれたよ。怪我とかは無いみたい。けど、いまだに意識が戻らない。射手矢病院で診察してくれるみたいだよ】


「ねぇ、連覇。エリって……あなたと仲がいいエリちゃんよね?」

「……うん」


 連覇は悲しそうな顔でうつむいた。


「倒れた!? 昨日、連覇が転んで帰ってこなかった事と関係があるの?」

「……うん」


 静かに連覇はもう一度頷いた。


「……何があったのか、言えるかな?」


 ママは優しく連覇に向き直る。連覇はそっぽを向きながら小さな声で状況を説明し始めた。


「……秘密基地に、行ったんだ」

「秘密基地?」

「うん。海馬お兄ちゃんと朱夏お姉ちゃんが子供の頃に作ったっていう秘密基地」


 ここまでは割と普通に遊んでいただけの話のようで、ママは連覇が話をしてくれるのをじっと待つ。


「秘密基地に到着したら、海馬お兄ちゃんの『逃げろ』って大きな声が聞こえて……。見たら大きな白い犬が……」


 連覇が説明をしている最中ママは息を呑んだ。


「なんですって?大きな……白い犬?」


 ママは小さな声で『野犬かしら』と眉をしかめながらつぶやいたが、連覇はそのまま説明を続けた。


「それで、海馬お兄ちゃんが襲われそうになって……そしたら何かが光ったんだ!」


 連覇はあったことをありのままに話すがママは顔をしかめるばかりだ。


「……光る? どういう事なの?」

「解んない。僕、隠れてて……。でも、気が付いたら……皆倒れてた。連覇、秘密基地からあわてて走って帰ってきたんだ。それで、転んだの」

「そう……だったの……」


 ママは不可解な連覇の説明を一度飲み込んだ。そしてそっと自慢の息子にハグをする。


「連覇、怖かったわね。もう大丈夫よ」


 優しい言葉に連覇は一瞬泣き出しそうな顔をしてそのハグを突き放した。


「連覇?」


 ママは連覇の真剣な表情に驚いた。


「全然……大丈夫じゃ無いよ」


 首を横に振りながら悔しそうな声が連覇から零れ落ちる。

 あまりにもひっ迫した表情にママは慌てて訂正した。


「へ? そ、そうね。足が怪我しちゃったものね」

「違う。そうじゃない。エリや海馬お兄ちゃん、朱夏お姉ちゃんが大丈夫じゃなきゃ僕だって全然大丈夫じゃない!!」

「……!!」


 その一言に、ママは驚いた。

 今まで戦隊モノしか興味がなかった息子から出た言葉とは思えないほどその言葉は思いやりに満ちている。


「ママは僕だけが良ければそれでいいの?」


 連覇がじッとママを見てそう聞いてきた。ママはその言葉を真摯に受け止めて連覇に向き直る。

 親子はお互いの目を見て本心で語り始めた。


「……そうね。まず、連覇が無事じゃなきゃママは嫌よ。だって、ママは連覇が大事だから」

「……」


 その回答に連覇は口をぎゅっと結んだ。けれども、ママの優しい声はそれで終わりではなかった。


「……でもね。ママだって、連覇のお友達が大丈夫な方がもっと良い。無事だと良いね、お友達」

「ママ!」


 続きを聞いて、連覇の顔は笑顔でほころんだ。


「さぁ、連覇。今日は学校だから話はこれくらいにしていっておいで?」

「あ! そうだった!」


 急がないと遅刻してしまうギリギリの時間だという事に気が付いた連覇は慌ててランドセルを背負い、黄色い帽子をかぶる。


「行ってきます!!」

「はい、いってらっしゃい!」


 連覇は慌てて家を飛び出していった。

 その背中をじっとママは見守る。


「それにしても、いったいどういう事だったのかしら?」


 連覇の説明はほとんど訳が分からないものだった。唯一理解できる説明だったのは秘密基地に行って大きな犬に出会った事だけだ。


「とりあえず……野犬に注意の報告は町内会にしておいた方が良いかもしれないわね。回覧板で回してもらいましょう」


 連覇のママは名案だというように手のひらを叩くのであった。


 ◇◇


 キーンコーンカーンコーン


 時刻は昼。

 小学1年生の連覇は始業式が終わり学校の掃除が終わるとその日は解散だった。


「……エリ……居なかった」


 連覇はしょんぼりと帰路についている。

 帰り際に連覇はランドセルも下ろさずに真っすぐとエリの家に向かった。

 エリの家に到着すると連覇は恐る恐るチャイムを鳴らす。


 ピーンポーン


 いつもなら元気よく『連覇!?』と出て来てくれるエリを連覇は静かに待った。

 けれども、しばらく経って出てきたのはボディーガードの丸尾だった。


「やぁ、連覇君」


 小さな訪問客に丸尾は笑顔で礼をした。


「あ……あの……」

「入ると良いよ」

「え……あ、はい」


 丸尾はITに強いボディーガードで普段はセキュリティ等の調整を一手に担っている人だった。

 性格は優しく、手にはいつもタブレット端末が握られている。

 そんな丸尾はどことなく、いつもよりも口数が少なかった。


「さぁ、エリ様はここに居るよ」


 優しい口調には寂しさや悲しい響きが入り混じっている。

 連覇はその様子に一瞬息を吐いて、それから扉を開けた。


 そこには、エリがキングサイズのベッドの上ですやすやと寝ている。

 エリを挟むようにして、朱夏と海馬もそこに寝ていた。

 とても穏やかな寝息が聞こえてくる。

 連覇はその様子にそっと涙が込み上げてきた。


「今、病院が混んでいてね、ベッドが開けれないんだって」

「……」


 丸尾が静かな声でここに来た経緯を教えてくれる。


「MRIも血液検査も正常。呼吸も心拍数も安定。……医学的に言うと本当に眠っているだけ……」

「眠っている……だけ?」


 連覇は丸尾の言葉を繰り返した。


「……医学的には……ね」


 今まで起きてきた超常現象は医学では計測できない事を丸尾は理解していた。

 そして、それは小さな連覇にだって分かる事だった。


「エリ……もう、起きないの?」


 そう聞かれて丸尾は少しだけ考えてからこう言った。


「何かの能力で、こうなってしまっていると僕は思っている。その能力を止めない限りは……」


 それはつまり、目覚めない可能性もあると言う事だった。


「……!!」


 その答えを聞いた連覇は涙がこらえきれずに走って扉から出た。


「あ! 連覇君!?」


 いきなり連覇が走り出して丸尾の戸惑う声が聞こえたが、連覇に気にしている余裕なんてなかった。

 そして、扉から廊下へ出てそのまま玄関を通り過ぎ、朱夏の家を出ていく。

 連覇の涙だけがぽたりと部屋の片隅に零れ落ち、取り残されるのだった。

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