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第19章 【演目:小学校高学年】

 劇は小学校の図書室から始まった。

 朱夏と紗理奈と海馬が通っていた小学校は実は現在、連覇とエリが現在通っている小学校だ。


「ねぇねぇ、海馬ちゃん! これ見るっしょ!」


 紗理奈が本をもって海馬に近づいていくシーンからこの章は始まった。


「え……『っしょ?』何の遊び?」


 呆れた声で海馬はそう言った。インドア派と自分で豪語するほど海馬はほとんど外で元気に遊ばない小学生だった。昼休みは決まってここで本を読んでいたのを覚えている。


「よくぞ聞いてくれたっしょ! 昨日、テレビで北海道の人の方言やってたっしょ? 北海道の人は語尾に「~っしょ」ってつけるんだって!」


 当時、紗理奈はテレビっ子だった。影響を受けやすいため、たまにこうやっておかしなことを言い始める。


「それは……そうかもしれないが、紗理奈が「~っしょ」って言う必要はないと思うよ。北海道の人でもないし、多分使い方も違うだろそれ」


 そんな幼馴染の奇行を海馬は眉間にしわを寄せながら制止した。


「いいや! しばらくはこのままで行くっしょ!」


 海馬の制止などどこ吹く風と言わんばかりに紗理奈は笑った。


「それにしてもどうして、北海道の方言を真似始めたんだい?」


 海馬の知る限り、昨日まで紗理奈は変な口調をしていなかった。だから、何か悩みや理由があるなら聞いておこうと思った海馬は紗理奈に質問を投げかけた。すると思ってもみない返事が返ってくる。


「この間、海馬ちゃんに『大自然って言ったらどこだと思う?』って聞いたら『北海道かな?』って言ってたじゃん!」


 その回答に海馬は頭を抱えた。まさか、自分が軽い質問に答えたのが原因だとは思わなかった。


「……。僕のせいでそう言う口調をしているなら謝ろう。直ぐにやめた方が良い」

「だから、嫌っしょ! 太郎丸を森に返してあげたいっしょ! でも、できるなら大自然が良いなって思って」


 紗理奈の言う『太郎丸』は幼少期に拾った『キング』の事だった。あの時に足を怪我したキングを紗理奈は家に連れ帰りそのままペットとして迎え入れた。けれども、キングはどんどんと大きくなり、今では大型犬ほどの大きさをしている。『太郎丸』の話が出て海馬は訝しげな顔をした。


「まだ、言ってるのかい? ……太郎丸が『狼だ』なんて」

「だから、本当に狼なんだってば!」


 紗理奈が大きな声を出した。この話になると紗理奈はとても熱くなる。


「ちょ、ちょっと! 紗理奈。図書室だよ? 声が大きいって!」

「あ……ごめんっしょ……」


 周りを見渡して紗理奈は申し訳なさそうに謝った。

 その時、図書室の扉がガラリと開いて海馬を紗理奈はその音の方を見た。

 入ってきたのは朱夏だった。

 朱夏はとてもしょんぼりとしていて、うなだれている。


「あれ……朱夏ちゃんどうしたんだい?」


 海馬が心配になって駆け寄っていき、声をかけた。紗理奈も後を付いてくる。


「……うううぅ……」


 海馬と紗理奈の顔を見るなり朱夏は泣きだしてしまう。


「え!? ちょ、ちょっと!? どうしたの? お母さんの体がまた悪いのかい?」


 まだ朱夏の母親が海馬の両親が経営するクリニックで治療を受けている時の事だ。

 けれども、その時朱夏が泣いていたのには別の理由があった。


「もう……嫌だよ……。昨日、パパと一緒にお食事会に連れて行かれたの……。ママも体調も悪いし、パパについて行きなさいって言われて。でも……知らない人がいっぱい声をかけて来て怖いの。とっても怖くて……挨拶できなくって……パパに怒られて……。うううぅ」


 朱夏は大人の事情で社交の場に出向いていた。当時小学4年生だった朱夏は成長するにつれてこういう場に駆り出されることが多くなった。


「おじさんに? ……それは大変だったね。大丈夫かい?」

 海馬が朱夏の頭を撫でる。朱夏は気持ちよさそうに海馬の手に甘えた。この頃は朱夏の事を妹のように接していた為、落ち込んだ時にはこうして頭を撫でてあげていた。


「私、知らない人に話すのが怖いの……」


 朱夏はこの年齢にしてはいろんな人を見ているのもあり、朱夏はどうしても恐怖心が拭えなかった。けれども、お家柄、どこの誰とも知らないおじさんと話さなくてはいけない場面がたくさんある。そして、父親はきちんと話が出来るようになることを望んでいた。


「じゃぁさ! じゃぁさ!」


 そこまで聞き役に徹していた紗理奈は良いことを思いついたと言わんばかりの勢いでしゃべり始めた。海馬は嫌な予感に眉をしかめる。そして、その嫌な予感は見事に的中した。


「朱夏っちは、常に敬語で喋ればいいっしょ!!」


 朗らかに紗理奈は変な提案をし始める。

 それを聞いて海馬の眉はピクッと動く。


「……敬語?」


 朱夏は紗理奈の言っている事がよくわからず首を傾げた。


「そう、敬語って言うのは丁寧な言葉でしょ? じゃぁさ、ずっと誰にでも敬語ならずっと誰にでも丁寧で怒られない……! 敬語は誰とでも仲良くなれる魔法の言葉っしょ!!」


 紗理奈は無責任にそんな事を言う。海馬は慌てて間に入った。


「こ、コラ! 紗理奈! 適当な事言っちゃダメだって……」


 けれども、思いのほか目の前の泣いていた朱夏の表情は明るいものになっていく。


「そ……それは良いアイディアかも!」

「……え?」


 幼馴染の女の子二人の感性は若干似ている物があった。


「でしょでしょー?」


 紗理奈も得意げに胸を張っている。


「常に丁寧なら、常に失礼じゃなくなる……いえ、無くなります! そうしたら、知らない内に何処ぞの社長様とタメ口で話しかけてしまうこともありませんよね! 紗理奈、ありがとうございます。私、ちょっと練習してみます!」


 二人の訳の分からない意気投合に海馬はため息をついた。目の前の幼馴染二人の口調が明らかに普通じゃなくなっていくのを海馬にはもう止めることはできない。


「……あー……。もう……好きにすると良いよ。二人共」

「ええ! そう致します!」

「おお! なかなか板についてるっしょ!」


 この時はまだ3人は何のわだかまりもなく過ごしていたのを朱夏は懐かしく思っていた。


(そんな事も……ありましたね。あの頃は楽しかったです。)


 すると、久しぶりにナレーションの声が響く。


『こうして3人の図書室での思い出は幕を閉じていくのだった。しかし、太郎丸は大自然に返されることはありませんでした。それは、紗理奈の父親が一本の電話をしているのを紗理奈が目撃したことが切っ掛けでした。』


 ナレーションが終わると、突然背景は先程自分達がやってきた山へと変わった。

 3人は急いで山を開け登っている。紗理奈はその瞬間、何が起こるかすぐに解った。これは覚えていない記憶なんかではない。むしろ逆だった。忘れたくても忘れられない悲しい思い出。それは紗理奈が小学5年生の事だった。


『太郎丸』と呼んでいたキングとの別れのシーンだ。


「ねぇ、本当に太郎丸を逃すの!?」


 海馬は心配そうに紗理奈に聞いた。紗理奈はすでに泣きそうになりながら太郎丸のリードを手に山を登っている。


「うん。父さんが保健所に電話を入れてた! 太郎丸が父さんを噛んだからカンカンに怒ってる! 早く、逃してあげないと……。連れて行かれちゃう!!」


 紗理奈の父さんは徐々に大きくなっていく太郎丸をよく思っていなかった。もともと、捨て犬の太郎丸を飼い犬として迎え入れてはおらず、様々な手続きをしてくれる親じゃなかった。紗理奈は泣きそうな顔で優しくキングを撫でた。その手を優しく舐め返してキングは紗理奈に寄り添う。


「クゥン」


 どことなく、寂しそうな声でキングも一声鳴いた。


「大丈夫! 毎日ここに来るからね?」


 そう言ってたどり着いた場所。それが今の秘密基地のある崖だったのだ。紗理奈は太郎丸に向き合った。


「太郎丸? 良いかい? あんたは狼。この森の王様になるっしょ! 頂点に立つっしょ! それに、もしかすると、仲間にも会える日が来るかも知れないっしょ?」


 涙ながらに紗理奈はそう言ってキングの首輪を外してあげた。キングは首を何度か後ろ足で掻いてから立ち上がった。辺りをキョロキョロしながら不思議そうな目で3人を眺めた。


「太郎丸元気でな……」

「明日も私達、こちらに伺います。だから、食べ物を見つけられ無くても大丈夫ですよ?」


 海馬も朱夏も太郎丸の頭を撫でた。

 太郎丸は2人の手をペロリと舐める。


「太郎丸……バイバイ!」

「お達者で!」

「またね、太郎丸!!」


 3人はそう言うとキングだけ残してその場を立ち去ろうとした。けれども、太郎丸は紗理奈に付いてくる。


「だ、ダメっしょ!? 太郎丸! あんたはここに残るの!」

「クゥン」


 キングの悲しい声が辺りに響く。

 その声を聞くだけで、紗理奈は胸が張り裂けそうだった。


「紗理奈……。いきなりは無理じゃないか?」


 海馬はそっと紗理奈にそう言う。


「ダメ!! ダメっしょ!! 絶対に!!」


 それでも頑なに紗理奈は首を振り続けた。


「クゥン!」


 キングはついに紗理奈の服をくわえて引っ張った。


「お願い。太郎丸。言う事聞いて?」


 紗理奈の目からは止めどなく涙が零れ落ちる。


「グルルル!」

「ダメだってば!!」


 紗理奈とキングは服を引っ張り合っている。その様子を海馬を朱夏はいたたまれない気持ちでそっと見守った。


「太郎丸! メッ! あっちいけ!! お前なんて……しらない!! もう、家の子じゃないっしょ!!」


 紗理奈はつい大声でそう叫んだ。


「クゥン……」

「!!」


 その言葉を境にキングは急に服をかむのを止める。

 踵を返して森の方へ歩き出す。

 それはまるで、言葉の意味を理解したかのような聞き分けの良さだった。


「……」


 それでも、キングは一回だけこっちを振り返ると、紗理奈をじっと見つめた。


「そう……それでいいっしょ……」


 紗理奈は泣きながら歯を見せて笑った。


「……」


 その笑顔を見届けて、キングは森の中を駆けていった。


「あ!!」


 一瞬森の中に入ったキングに手を伸ばしそうになり、もう片方の手でそれを押えて紗理奈は俯いた。


「これでいい……これで……。うううぅ……うわぁぁぁん!!」


 紗理奈は我慢しきれなくなって大声で泣き始めた。

 朱夏もそんな紗理奈をやさしく抱きしめ、海馬は頭を撫でた。


「紗理奈……。明日もここへ来ましょう?」

「僕らも付き合うからさ」

「ひっく……ひっく……うん……」


 その日は泣き止まない紗理奈の手を引いて朱夏と海馬は山を下山した。

 そして、背景は山のままに次の演目へと続いていくのだった。


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