第18章 眠るように
朱夏の家の前で1時間ほど待っていた心琴は朱夏の家の玄関前で座り込んでいた。
「……来ない……」
ずっとスマホをいじり続けていた。スマホのバッテリーはもうそろそろ切れそうだ。
「はぁ……。待ってるって言っちゃったし……。皆が心配なのは事実だけど……」
心琴はここに居ることに疲れて来ていた。
最初は地面にしゃがんだり、柵にもたれかかったりはしていたが足が棒のようになってきて、結局地べたに座ってしまった。さらに言うと固いコンクリートの上に座っているものだから、お尻は痛くなってきている。通行人は不信そうに心琴の事を眺めて横を通り過ぎていくのもまた居心地を悪くした。
「……」
そう言いつつ、その場から動かない。
「でも、やっぱり……。皆が心配だ。家に戻ってる間にみんなが帰ってくるかもしれないし……」
心琴は充電がほとんどないスマホをポケットに突っ込んだ。腕時計を見ると4時を過ぎている。
すると、そこにようやく待ち望んだ車の影が見え、心琴は跳ね起きた。
「!!!」
白いワゴン車は心琴の目の前で止まった。
「三上!!」
「……」
三上は心琴顔を見ると悔しそうな表情で目を伏せた。
「え……?」
その表情に不安を覚え、心琴はすぐに後ろの席のドアを開ける。
そこには、山小屋で倒れていた全員が眠るように倒れていた。
「しゅか……ちゃん……?」
心琴は震える手で揺さぶってみる。朱夏はピクリとも動かない。
「かいばさん……?えり……!?」
心琴は海馬もエリも揺さぶってみる。
けれども、全員、ピクリとも動かない。
揺さぶった反動でお腹に置いてあった手がゴロンと床に落ちた。
「嘘……。うそだよね……?」
心琴は首を横に振って事実を否定しようとした。
「見ての通り、事実です……」
けれども、三上の悔しさに滲んだ声が残酷な現実を突きつける。
昨日楽しくみんなで焼き肉を食べていた時とはまるで違う状態に心琴は絶句した。上品に笑う朱夏も、すぐにからかってくる海馬も、元気いっぱいのエリも、今は全く動かない。
大好きな友人達の変わり果てた姿はまるで死体だった。
心琴は震える手で鼻もとに指を近づけてみると息だけはしている。それだけがこの状況の救いだった。
「俺らも何度も声をかけて見た。でも……」
角田がその続きを言えないでそこに転がっているだけの友人たちを見た。
そこには横たわる3つの人間が“ある”だけだ。
「そんな……!? 朱夏ちゃん! 海馬さん!! エリ!!!」
心琴の目から涙がとめどなくあふれた。あっという間に友人たちの姿は歪んで見える。
このまま二度と友人たちが目覚めなかったらと思うと怖くて仕方がなくなった。
「どうしちゃったの!? 寝てるだけだよね……ねぇ!!」
心琴は三上にすがるようにそう聞いた。
「解りません……。海馬夫妻に連絡を取っています。検査をしてみないと何とも……脳に損傷があるかもしれません。その場合揺さぶっては逆効果になります。今は揺らさないようにお願いします」
「……ううぅ……」
心琴はその場で泣き崩れた。けれども、心琴の肩をそっと抱いて、角田は車から心琴を遠ざけた。
「お団子……。悪い……。俺らこれから5人を病院に連れて行く。もう行くぜ?」
「5人……?」
心琴がワゴン車を見ると、座席の下の足元に紗理奈とキングが倒れている事に気が付いた。
三上と角田は、紗理奈とキングも運んできたようだった。
「この二人は野放しにはできないと思い連れてきました。前回のような事件を起こされてはたまったものじゃありません。既に拘束具を付けてあります」
よく見ると、紗理奈の手にもキングの口にも拘束具が取り付けられている。
「この二人のせいで、みんながこうなったのに、この人たちも病院に連れて行くの!?」
心琴は信じられないようにそう言った。
「ああ」
角田も不満げにそう言いつつ三上を見た。
「気持ちは、分かります。でも、目を覚ましたら聞かなくてはならない事も沢山あります。誰か一人が目覚めて状況が分かれば、それが全員を救うヒントにもなりえる」
三上はそう言うと、再び運転席に乗り込んだ。エンジンがブルルという音を立てて動き始める。
「……状況が分かれば……?」
心琴は今の一言を譫言のように繰り返した。
「ええ。私たちはもう、行きますね?」
「……皆をよろしくお願いします」
心琴は真剣な顔で三上と角田に一礼した。
「ああ」
「では」
車は心琴を置いてさっさとその場を後にした。
取り残された心琴はしばらくその場で呆然と立ち尽くしたが、やがてとぼとぼと家路につくのだった。
◇◇
心琴に心配されているとは露知らず、海馬と朱夏は第何章が終わったのか数えるのを諦めていた。
「確か12? ……いや、13章が終わったのか?」
海馬がそう声に出して言うがもう誰もその数字の興味など無かった。
「もう……何章でも変わらないっしょ……」
紗理奈からあきらめの滲んだ声がでるといよいよ海馬は数を数えるのを止めることにする。人形劇の舞台裏では、散々おままごとのような演劇に突き合わされて4人はげんなりしていた。
「これ……いつまで続くんだろうね……」
途方もない程の年少期を再現させられた海馬はもう限界と言わんばかりの声を出す。
「ようやく、小学生が後半って感じ? もー、いい加減にしてほしいっしょ!」
紗理奈も怒りが爆発している。けれども、ぶら下がるだけの陶器の体は相変わらずいう事を聞かない。
「子供の能力だ。我々をお人形ごっこにして遊んでいるのだろう。飽きるまで、待つしかあるまい」
「え、エリはそんな子じゃありません!」
キングの推論に朱夏は反発した。普段から明るく元気な面はあるが、敵だけならまだしも朱夏と海馬をおもちゃのようにして遊ぶような子ではない。
「現実を見ろ。現に遊ばれているではないか」
「で……ですが……。性格から考えても意図的な物ではないと思います。あの子はとても優しい子。人をおもちゃには絶対にしません」
朱夏はそれでもエリを信じていた。
「じゃぁ、どうしてこんな風になってるっしょ? そんな優しい子だったらすぐに開放してくれるっしょ!!」
不満げな紗理奈の声が朱夏の背後から聞こえてくる。
「……。エリはきっと。海馬君を守ろうと必死だったんです。この能力は今まで一度しか見たことがありません。きっとおいそれと使えるものではないんだと思います。それを無理に使ったから……」
そこまで言って朱夏は言葉を探した。そして、それを補完するように海馬が続きを口にする。
「……能力の……暴走? って事?」
「おそらく」
朱夏は静かに肯定した。
「むぅ。だとするとこの能力……エリとやら自身でも止めることはできないのではないか?」
キングがそう言うと一同は静まり返った。
「……」
「……」
「それって……。結構まずくない?」
紗理奈がボソッと全員が思っている事を代弁してくれる。
ブーッ!!!
「!!」
「!?」
この音を境に4人は再び操り人形へと戻ってしまう。
もう何章目か分からないその劇が再び始まったのだ。
(本当に……一体……いつまで続くのかしら!?)
内心では弱音を吐きつつ、朱夏は舞台へと降り立って行くのだった。
ここから再び長い長い劇が始まっていく。