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第13章 電車の窓から

 心琴が連覇を送り届けた直後の事。

 仕事の関係で隣の駅まで行っていた鷲一は帰りは電車を利用して移動をしていた。


(親父の奴……こき使いやがって)


 鷲一は内心で不満をたれる。

 今までは土日に出勤はしていなかった鷲一だが、この間、スクーターを勝手に借りて壊してからは四の五の言わせてもらえていない。こっぴどく叱られた上に、繁忙期と言う事もありシフトを増やされてしまったのだ。鷲一としては土日に仕事を入れられてしまうと心琴と会える時間が殆どなくなってしまう。


「はぁ……」


 実際あの日にスクーターを勝手に持ち出さずに電車で移動していたら、足を怪我した時に田舎町へ戻ってくる事はできなかっただろう。『自分が動かなければ、町の人に多くの被害が出ていたんだ!』なんて本当のことを言ったところで聞いてももらえない。だから、この状況を受け入れざるを得なかった。


 隣の駅から移動中、鷲一はボーっと外を眺めていた。


 カーンカーンカーン……


 田舎町が近づくにつれ、駅の横にある踏切の音が鮮明に聞こえてきた。

 スピードは徐々に緩くなり、見慣れた風景がゆっくりと窓を流れていく。


「……あ……」


 電車の中で小さく声を上げた。

 目の前の踏切には見慣れたお団子頭の少女が居る。

 けれども、それは鷲一の知っているいつもの少女とは全然違う表情をしていて鷲一は一瞬戸惑った。

 思いつめていて、今にも泣きそうな表情に本人かどうかを一瞬疑う。


(心琴……だよな?)


 鷲一が電車に乗っている事にも気が付かずに心琴は歯を食いしばっていた。

 その表情をゆっくりと走る電車の中から鷲一は見つめる。


(何か……あったのか?)


 鷲一は不安になった。

 電車はすぐに田舎駅のホームへ停車し、鷲一は扉を出てからすぐに、今来た方向のホームの端へと走っていった。

 ここからでも踏切は目視できる。

 しかし、もうそこには心琴の姿は無かった。


(心琴は心配だけど……流石に今仕事は抜けられないし……)


 仕方がなく、鷲一は後ろ髪を引かれる思いで事務所へと戻っていった。


 ◇


 事務所へ入るとそこには父親が書類に目を通している所だった。

 鷲一が事務所に入ってきた事に気が付いて穏やかに顔を上げる。


「……あ。鷲一、おかえりなさい」

「親父……さっき、心琴が……」


 入るなりそう言い出すと、お父さんは思い出して手をポンと叩いた。


「ああ! 心琴さん? さっき事務所に来たんだよ?」

「え?」


 鷲一はますます心配になる。


 今まで心琴が事務所を訪ねてきたのは七夕祭りの事件の日だけ。鷲一を捕えようとした叔父がここに侵入したの目撃したからだ。その時のような緊急事態が頭をよぎり、顔がこわばった。けれども、父親は何でもない顔をしてこう言った。


「なんでもね、将来の事を悩んでるみたいで、鷲一が働いている所を見学したいって言ってきたんだ」

「……将来? 見学?」


 思ってもみない言葉に鷲一は目を丸くした。

 さっきの心琴はかなり思いつめているような表情だった。


「進路の事で……あんなに悩んでたのか……?」


 鷲一は別の意味で衝撃を受けた。さっきの表情は自殺でもしそうな勢いだった。


「俺……全然知らなかった……」

「そうなのかい? 今度仕事の話をしてあげなさい?」


 優しくお父さんに言われて鷲一はゆっくりとうなずいた。


「あ……ああ。そうする。だから、今度の土日どっちかシフト空けてくれ」


 そう言うと鷲一は父親をチラッと見る。


「それは出来ないな」

「ぐ……」


 どさくさに紛れて土日に入れられたシフトを移動させようとしたが鷲一の作戦は見事に失敗に終わった。そんな鷲一に父親は目を光らせる。


「鷲一……? 鷲一がこの始末書を書くかい?」


 その言葉は穏やかだが、目は全く笑っていない。普段優しい人ほど怒らせたら怖いものだ。


「な、なんでもねぇよ!! 俺、次の所行って来る」


 鷲一は逃げるように次の現場に向かう準備を始める。


「ああ。よろしくね。お昼もついでに食べておいで」

「そうする! じゃな」


 そう言うと、ヘルメットを抱えて鷲一は次の仕事へと向かうのだった。

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