第10章 闇の世界
海馬がふと目を覚ますとそこには何もなかった。
そこら中に広がる空間は深い闇が広がるばかりで、目を開けているのかも閉じているのかもわからない空間にただただ存在している。そんな不思議な感覚を頭がぼんやりと認識し始めた。
(あ……僕……紗理奈とキングが飛びかかってきて……)
辺りを見渡すとやはりそこには何一つない。
自分の体さえ確認できずに海馬はなんとなく納得した。
(今度こそ死んだのか)
飛びかかられた後の記憶が曖昧過ぎて思い出せないが、今の状況から考えるとそうとしか思えなかった。目の前には漆黒の闇。体を動かす感覚がない。音だって何一つ聞こえない。
けれども、目覚め始める脳が徐々に自身の死を否定し始める。
(いや……待てよ? 死んだら魂は天に登っていくんだよね? 死神に魂を切られた人は皆そうだった。それに、斬りかかられた記憶だって一切ない。何か、おかしい気がする)
ハッとして目を凝らすと一筋の光を感じて海馬はそれを凝視した。
前も後ろも分からない闇でその光は希望の光のように思えた。
「……あ!」
海馬は光の正体に気が付いて思わず声が出た。
「あれ? 声が出る……?」
死んだとばかり思っていて声を出そうとも思わなかったが間違いなくこれは海馬自身の声だった。
すると、海馬の声に光の主が反応する。
「海馬ちゃん……?」
返ってきた声は、まぎれもない紗理奈の物だった。海馬は、暗闇で光を放っていたのが紗理奈が能力を使う時に紫に光る目だと言う事にようやく気が付く。
「って……え!? なんで紗理奈がここに? ……待ってよ、コレどういう事!? 僕、紗理奈たちに殺されたんじゃないの?」
「はぁ? ちがうっしょ! まだ私、海馬ちゃんを殺してない。これは、私達の能力じゃないっしょ……」
真っ暗闇に漂いながら紗理奈と海馬は混乱した。体を動かしても動かしている感覚さえない。紗理奈に近づこうと思っても全く身動きも取れない。ただそこにあるのは紗理奈の光る目だけだ。
「本当に……何が起こったんだ?」
顔が向いている方向に紗理奈がいたから見えた紫の光は本来なら昼間でさえも光っているのが分かるほど輝く。声の距離から考えると近いところに居るように思えるのにその光は若干しか確認できなかった。それは、紗理奈の顔の向きが下を向いているからかもしれないと海馬は思う。
「キングー!! キングー!!」
突然、紗理奈は大きな声でキングを呼んだ。海馬の声が聞こえたことでキングがいる可能性に気が付いたのだろう。
「紗理奈!! 無事か!!」
すぐに低い声が轟いた。低音のこの声は間違いなく白狼キングの声だった。
「無事っしょ!! キングこそ大丈夫!?」
「ああ。だが、これはいったいどういう事だ? 紗理奈、動けるか?」
「ダメ! 動けない! 何が起きてるか分からないっしょ!!」
キングの声は海馬からすると紗理奈よりも奥の方から聞こえてきた。それなりに距離があるように感じる。2人の会話から考えても、この状況はどちらの仕業でもなさそうだった。
「朱夏ー!! エリちゃんー!! 連覇少年!!」
紗理奈を見て、海馬も倣って大きな声を出してみる。
すると、とても遠くで反応があった。
「かいばくーん!!」
それは朱夏の声は海馬の後方から聞こえてきた。けれども海馬は後ろを確認することはできない。
「朱夏!! 後ろにいるのか!?」
「はい!! でも、動けないんです!!」
声の位置を考えると、先程山小屋の前で立っていた位置関係に似ているように思える。そう考えると、朱夏の近くにはエリや連覇がいるはずだった。
「……朱夏ちゃーん、エリや連覇くんはいるかい!?」
「それが、私の周りには誰の声もしないんです。だから、いないと思います」
けれども予想は呆気なく外れた。朱夏はいるのにエリも連覇も居ないとなるとその理由がさっぱりわからない。
「なんだって?! 二人共いないの!?」
「居ないようなんです」
「どういう……ことなんだ? 本当に……」
海馬達は真っ暗闇の意識だけの世界で事態に困惑しながらその場を浮遊することしかできない。
「これは……参ったっしょ」
流石の紗理奈もお手上げのようだった。
「なぁ、紗理奈。本当に何もしていないのかい?」
海馬が困った声を出すが紗理奈だって困っていた。辺りは何一つ見えない暗闇だし、こんなところにずっといたら頭がおかしくなりそうだった。
「私たちが何かをしてたらすぐに抜け出してるっしょ。そっちが何かしたんじゃないの?」
怒りの滲んだ声色で紗理奈が海馬を問いただす。
「いや、僕死んだと思ってたくらいだし」
海馬は目しか見えない紗理奈に不満を漏らした。正直に言うと、命を落とす数秒前だった。
「チッ……あと少しで殺せたのに。本当に海馬ちゃんは運がいいね」
舌打ちをしながら紗理奈は吐き捨てる。
「こんな運の良さならいらないよぉ……」
「……ふふっ」
海馬から心底情けない声が出て、紗理奈が少しだけ笑ったのを感じた。
「……」
「……」
なんとなく二人の間に懐かしい空気が流れる。昔はよくこうして二人で並んで座り静かに時を過ごした。相変わらず紗理奈が付けているお香のにおいが海馬の所に漂って来る。
二人は何も言わず、何もできないまま、しばらくそこに存在するのだった。
◇◇
山の頂上付近の開けた場所、秘密基地の前で、一人だけ右往左往している少年が居た。
「ど……どうしよう!! どうしよう!?!?!」
連覇は目の前の状況をどうしたらいいか解らずに狼狽えている。
「みんな……!! どうしたの!? ねぇ!! みんな!!」
そこには、今まで仲良く手をつないで歩いていた『家族』達が地面にどさりと倒れている。
「エリ!! 朱夏お姉ちゃん!! 海馬お兄ちゃん!!」
全員を揺さぶってみるもびくともしない。
息はしているようだが意識がなかった。
「今……一体何があったんだろう……?」
連覇だけが唯一難を逃れたのだった。
山頂に仲良く4人が到着した時の事、連覇は1人だけ崖の景色を見ようと開けた場所の一番端まで来ていた。そこからは山山が連なりとても良い景色だと連覇は感動する。それなのに、和やかな雰囲気は一変した。
「皆!! 来るな!!」
海馬の叫び声に連覇は振り返る。そこには見たこともない狼と白衣を着た女の人が海馬とすごい剣幕で話をしていた。連覇は怖くなりとっさに近くの木の影に身を隠す。
木の影から覗いて見ていると、女の人の爪が恐ろしい形に変形した。
「な、何あれ!?」
見た事もないドリル型の爪を見て連覇はすぐに気の影でしゃがみ込んだ。怖くて怖くてその場から動けないまま、木の影でじっと身を隠した。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
朱夏の叫び声が響き渡る。
ピカァァアア!!
一瞬の出来事だった。
辺りが青い光で包まれたのだ。
光はエリの瞳と同じ色の光に思えた。
その時連覇は木の影に隠れしゃがみ込み震えていた。
しばらくそうして震えていたが何も音が聞こえず、そっと木の影から出ると皆んなが倒れていたのだ。
「ど、ど、どうしよう!?」
こうして連覇は狼狽える事となった。
みんなを揺さぶるが、やはりピクリとも動かない。
「れ、連覇が何とかしなきゃ!!」
ここに立っているのは連覇一人だけだった。
自分より大きな人間が何人も倒れていては連覇にはどうする事も出来ない。
連覇は倒れる3人を見ると拳を握って意を決した。
「山を降りて、助けを呼ぼう!!」
連覇は強い決意を胸に、秘密基地を後にする。
仲間を助ける為、小さな男の子は険しい山道を駆け下り始めるのだった。