海
「弘人さん、行きたいところがあるんです。連れて行って貰えませんか?」
「いいよ。どこに行きたいの?」
「海です。」
「了解。あとで車で迎えに行くから待ってて。」
弘人さんの助手席に座ると、心臓がひどく痛くなった。
「大丈夫?」
「はい…。天野くんが関係することだと決まって心臓が痛くなるんです。だから事故の時も普段も彼の助手席に座ってたんじゃないですかね、私」
「無理はしないでね、本当に痛かったら帰るからね?」
「はい、ありがとうございます」
車で海へと行くと、
誰もいなくて静かだった。
ただただ海の音だけが聞こえてきた。
「夕方の海は綺麗だね」
「海…ここは、あなたじゃない人と…彼と来るはずだった。天野くんと来る約束をして…そうだ、天野くん…いや、はるくんは私の大切な…」
あぁ、全部思い出した。
天野陽汰くん。はるくんは、私の大切な大切な人だった。
私よりも3つ年下で免許を取得したばかりの彼の車に乗って海に来るはずだったんだ。
だけど途中で事故にあって、彼は死んでしまったんだ。
俺様な所も少しあるけれど私には優しくて、夢に真っ直ぐで、とっても素敵な人だった。
それこそひまわりが似合うような。
「はるくん…」
涙がどっと溢れ出した。
はるくんが大好きで、小説家を目指していた頃いつも一緒にいて、一緒にいる時間が何よりも大切だった。
はるくんがこんなにも大好きなのになんで忘れちゃってたんだろう。
そしてもうこの世にはいない。
会うことすら出来ない。
私は海の方へと歩いていった。
「…はるくん!」
膝あたりまで海水が浸ったところで弘人さんに腕を掴まれた。
「やめろ!君が死んだところで陽汰は喜ばない!」
気が付くと弘人さんの胸で泣いていた。
「はるくんに会いたい」
「わかっているだろう?陽汰はもうこの世にはいないんだよ。辛くても、前を向くしかないんだ…」
家族を失った弘人さんがそういうと、もう言葉が出てこない。
ただ、はるくんを想って、夕日が落ちるまでずっと私は泣いていた。
はるくん、今も大好きだよ。
忘れてしまっていたのはあなたが私を悲しませないために魔法でもかけてくれたのかな。
でもね、思い出せてよかった。
大切な人を思い出せて、よかったーーー。