目覚める力
――▷▶︎ケースF:9月30日 6:00
モブの部屋◀︎◁――
「――うェァッ――」
自分の声で目覚めたのはいつぶりだろう。
それにしても、なんて最悪な夢だったんだ。
何かの暗示だろうか。
もしそうなら、絶対に今日の告白は失敗。
早くも心が折れそうになる僕は
冷や汗とも脂汗ともつかないもので
じっとりとした気持ち悪く湿ったパジャマをつまみ
肌から離しながら、浸りたくも無い悪夢の余韻に
囚われていた。
何かの答えが出るわけでも無い回想に嫌気がさし
気持ち悪さと悪夢の記憶を洗い流したい気持ちに
駆られた僕は、のそのそとベッドから這い出る。
ふと、枕元の目覚まし時計に目をやると
みるみると血の気が引いていくのが分かった。
「ゥえッ!?」
またしても。
まさに奇声。
奇声2連続。
ご近所から苦情が来るかもしれない。
なんて、そんなことはどうでもいい。
本当にどうでもいい。
正確に時を刻む目覚まし時計は
短針くんが6の街へと差し掛かっている。
5時に起きて準備をする計画が
すでに1時間遅れているのだ。
この事実は変わらない。
どんなに騒ぎ立てようと
どれほど自分を責めようと。
僕は、寝癖もそのままに
慌ただしく登校の準備を始めた。
――▷▶︎ケースF:9月30日 6:30
モブの部屋◀︎◁――
どんなに慌てていても
ラブレターが入っているかを
しっかりと確認する。
これを忘れることは
万死に値する――
訳ではないけど
早起き――
も、失敗しているけども
とにかく、今日の計画に必要不可欠。
モブである僕が
過去の経験――ではなく
文献から得た偏った知識――
をもって考えた計画。
一世一代の。
あとはどうにかなると
家を飛び出す。
遠くで何か叫び声が聞こえたような気もするが
そんな事はどうでもいい。
目の前には悪夢のような光景が広がっていたのだ。
「おはよう。奇遇ね」
委員長は、にこりともせず
こちらを一瞥して言った。
「夢と一緒だーー」
思いもよらない展開に
またしても、血の気が引き
無自覚に呟いてしまった。
委員長には聞こえなかったのだろうか
気にせず話し始めた。
「授業が始まる前に少し準備する事があって
早く家を出たのだけど――」
「同じだ――」
委員長が、キッと睨みつける。
――ここまでは
今日見た夢と同じだ。
そんな漫画みたいな事、ありえない。
特にモブとして一生を送ることを
約束されているはずの僕に
こんな事、ありえるはずが無い。
だけど、現実として
僕の目の前でその事実だけが
佇んでいた。
僕は委員長の話を遮った事など
気にしていられない状況である事を
瞬時に感じ取っていた。
「少し話したい事があるから、一緒に行きましょ」
やっぱり。
本来の委員長なら、説教タイムなのに
夢と同じで説教が始まらない。
という事は、このまま夢と同じ展開に
なると言うのだろうか。
まさか、そんなーー
委員長の話なんて上の空の僕は
混乱して頭が真っ白になったまま
案の定、正門を通り過ぎてしまっていた。
訪れる、夢と同じ光景。
いつも通りに流れる時間。
異常なのは自分だけなのだろうか。
脳味噌が悲鳴を上げた。
視界が歪み、音も何重にも聞こえた。
――▷▶︎ケースF:9月30日 13:15
2年B組教室◀︎◁――
最悪の気分のまま
いつのまにか昼休みに突入していた。
無意識に校庭を眺める。
今にも閉じようとしていた瞼が
否応なしに見開かれた。
夢と同じ、先輩と僕が窓の外を。
いや、さらにもう一人の影も追加で。
思わず、椅子を倒す勢いで立ち上がる。
大きな音をたてて倒れた椅子の音と同時に
僕の中には漠然と先輩を助けなくちゃという
感情だけが渦巻いていた。