妖精の森2
眠り姫の方へ歩いていた最中、首を刎ねた足にふと違和感を感じた。
・・・軽すぎる。
魔族の皮膚は体内から溢れた魔力が被さり打撃はおろか刃物などの斬撃すらも弾くほどの強度を誇っているはず。
なのにコイツ、ゲールの首はスライムのように柔らかくすぐにプツリと切断された。
「…あらあら気づかれましたか」
棒立ちしていた胴体の手にゲールの頭部が乗っていた。
「それがお前の能力か?」
歩みを止めることなくゲールに話しながらローズの方へ向かう。
「えぇ、その通りです。具体的申しますと…」
「喰った者を自身に吸収して、その能力や特性を使用する…。だろ?」
「ご名答!!素晴らしい。よくお気づきになりましたね」
パチパチと拍手をするゲール。
「自分で”美食”と言っいただろ」
「おおっと!そうでしたね。しかし…」
じゅるりと舌なめずりをする。
見ているだけで鳥肌が立ってくる。
「あなたの足なかなか美味しかったですよ~」
そう言われシルヴィアは先ほど首を刎ね飛ばした方の足を見る。
くるぶしの周辺だけ衣類がなくなっていた。
「食べるとまではいきませんでしたが少々味見をさせていただきました」
ゲールの舌の上にシルヴィアの衣類の破片が残っていた。
「汚らわしい。弟子の教育上お前のような輩は近づかせるわけにはいかないな」
ふぅと息を吐き、構える。
「おやおやおや~、殺る気ですね~」
「ああ、殺してやるよ。屈辱ある死でな」
先に仕掛けたのはゲールの方だった。
「〖神樹の槍〗」
七色のオーラをまとった槍がシルヴィアへと飛ぶ。
「こんなものが当たるとでも?」
余裕を見せ、回避する。
「油断は感心しませんね~」
躱したはずの槍が皮膚を少しかする。
「…面白い槍だな」
「ええ、使用者としては扱いやすすぎて少々退屈ですが」
「安心しろ、すぐに退屈とはおさらばさせてやるから」
「ほう…それではそうさせてください、っと!」
手元に戻ってきた槍を再び投げる。
「この槍の性質を思い出したよ。確か”時間の鈍足”だったな」
どんなに早く動くことが出来る強者でも、この槍に標的にされると普段が格段に遅くなる。故に、槍を投げ動きを遅くし、槍を操り仕留めるという殺意むき出しの技。
「力技になるがこいつの対処法は単純だ。早く動けばいい」
そう言い、シルヴィアが一瞬ぼやけたように見える。
「ほい。確保」
シルヴィアの手には槍が握りしめられていた。
「これはこれは、お見事です」
ニヤニヤしながらゲールが言う。
「そんじゃ次はこっちの番だな」
肩を回しながらゲールの方へと近づく。
「時にゲール。好きな数字はあるか?」
唐突に意味不明なことを言うシルヴィア。
「数字?」
「ああ、何でもいいぞ。…ただし、あまり高いのはやめておけ」
「ふむ…。それでは69で」
何となくだが意味は聞かないでおこう。
「キリが悪いな。70にしよう」
「このやり取りに何の意味があるのですか?」
「お前を程よく殺すための会話だよ!」
〖一点集中パンチ(70%)〗
刹那、ゲールの腹をシルヴィアの拳がめり込む。
「ぶぉうぇぇぇぇぇ…げぶぉぉぉ」
「お前の元となるものすべて吐き出せ!」
宙に吐しゃ物が舞う。
「どーだ、すっきりしたか?」
井の中のものをすべて出したせいかすっかりやつれてしまっている。
「うぅ…肉を…肉をよこせぇぇぇぇ!」
落ち着いた話し方をしていた時とはうって変わって、狂気じみた反応をするゲール。
「やかましい」
再度ゲールの首を刎ね飛ばす。今度はしっかりと重みもあり、殺したことに確信を得ていた。
しかしゲールの生首はそんなシルヴィアの考えとは裏腹に首だけになりながらもローズ眠るベッドの上に跳ねていく。
「爪が…甘いですよ」
そう言い、ローズの首元食いちぎる。
虚を突かれたシルヴィアはすぐさまローズへ回復魔法をかけ、傷跡すら残らないほど完璧に仕上げる。
しかしローズに回復魔法をかけた直後、脇腹を蹴られ、その勢いで壁に打ち付けられる。
「力がみなぎってきマスネ~。やはり彼女は当たり食材のようデスネ~」
は?
プツリと何かが切れたような音がした。
「…おいゴミムシ」
「んあ~?」
「人の弟子を食材って言ったな」
「言いましたけどナニカ?」
「ぶっ殺す!」
ローズの一部を食べたゲールと戦闘を開始してから20分が経過した。
戦闘は一方的な展開となっていた。
「ほらぁ、こんなもんですか!?」
少女姿のシルヴィアはに容赦のない重い拳が打ち込まれる。
「くっ…」
肉体の方が耐えられなくなり、膝をついてしまう。
「魔力もなければ所詮この程度ですか…。いえ、魔力があろうが結果は変わりませんでしたね。はっはっはっ!」
高笑いをするゲール。
だがその瞬間、ゴォォォォン!と轟音をたてて何かが崩れた。
「ん~~?騒がしいデスネ~……ん?」
ゲールは自身の体の違和感に気がついた。
・・・両腕がない。
「お前はさっき”魔力”がどうこう言っていたな?」
膝をついていたはずのシルヴィアが突然ゲールの背後へと現れた。
「ちょうど弟子も眠りから覚めたようだし、教材になってもらうぞ」
ゲールが高速で距離をとる。
「ローズ、今から見せるのは”誰でも扱えて、誰でも最強になれる技”だ。しっかりと目に焼き付けておきなさい」
「はい!」
「…いい返事だ」
ローズからゲールへと視線を変える。
深呼吸し、脱力。そしてイメージ。
体内の魔力を放出し放出された魔力を手に集める。
「〖魔双術 腹切り・首狩〗」
シルヴィアの手に、ノコギリの刃をさらに荒くしたような刀身をした刀と傷一つ、波紋も何も無い漆黒の刀が手に握られていた。
「そんなもので…私の体には傷一つつきませんよ!」
腕を大振りした、爪で引き裂こうとするゲール。
無意味な…。
「まずはその邪魔な肉からだな」
【腹切り 一の技・肉削ぎ】
切れ味など皆無に思えた刀がゲールの皮膚を削いでいく。
「魔族の筋繊維は肩から指先にかけて真っ直ぐに、シンプルな構造をしている。そのため水平に刃を入れればさほど力を入れずとも肉は落とせる」
ササッと数回刀を振っただけなのにゲール両腕の肉がなくなり、骨が丸見えになる。
「ひぃぃやあぁぁ!」
斬られてから数秒して叫び出すゲール。
「お前は"食"が生きがいだとか言っていたな?」
両腕が骨になったゲールに言う。
「そして俺はそんなお前に"屈辱ある死で"って言ったな」
シルヴィアが近づくと後ずさりしていくゲール。
彼の表情は恐怖によって完全に笑みが消えていた。
「肉の次はなんだと思う?」
「……っ!」
「ご名答、内蔵だよ。お前が最も大切にしている胃を消す」
「まっ…待っ──」
【腹切り 二の技・臓器両断】
縦に振り下ろした刀はゲールを切り裂くことなく、ゲールの内蔵を斬った。
「これは慈悲だ」
そう言い、
【首狩】でゲールの首を再度刎ねる。
【首狩】で斬られた首はボロボロと灰となって散っていった。
「待たせたな」
ドレス姿のローズ下へ着く。
「シルヴィア、来て」
頬を膨らませながら手を広げるローズ。
「ん?──おわっ!」
ローズに抱かれるシルヴィア。
「ぎゅーーー!」
なんだ…なんかの儀式か?
困惑するシルヴィアをよそに話し出すローズ。
「シルヴィア怖かった。どこかへ行ってしまうかと思ったよ?」
そう言われ目元を見ると、涙が流れそうになっていた。
ポリポリと頭をかき。
「すまん、心配かけた」
ローズに頭を下げる。
「うん!」
満面の笑みを浮かべるローズ。
どうやら機嫌が治ったようだ。
「さて、それじゃあ帰るか」
「うん!お腹減ったー!」
「大丈夫だ。リグとレグが飯を作っているはずだ」
転移魔法を使い屋敷に帰る途中、妖精族の村全体に回復魔法と建築物復元魔法を惜しみなくかけてやった。
魔族の侵攻が予想していた時よりも早くなっているな…、俺も覚悟を決めるときが来るかもしれんな…。
それはそれで楽しみなんだが。