最初の家族は素直な子(かわいい)
「ない…アレがない…なんでだ!」
前回、暇つぶしと称して魔界や天界、果ては一国を滅ぼしかけた男がいた。
そんな強大な力を持つ男が今、危機的状況に陥っていた。
「これはまずい。女の体の扱い方なんぞさっぱりだからな」
草むらの中で一人しゃがみ込みながら考える。
過去に修行ばかりしてきた男にとって女性の体のつくりなど知っているはずもなかった。
「ま、まぁ…しばらく我慢すればいい話だ。これくらいまだ持つだろう…多分」
そう言って先ほどまでこみあげてきていた尿意もとい、生理現象を抑えて歩き始めた。
横幅の広い道を歩いていると。
『無事に降り立ったようだな』
頭の中に直接響く声がした。
もちろんこんなことをするのはアイツしかいない。
「・・・・・」
『おい、無視をするな』
アイツに関わると絶対なんか試練とか与えてきそうだからな…
『お主がそう思っているなら仕方がない、その身体の事やこの世界についての説明をしようと思っていたのだが…致し方ない、念話を切るとしよう』
「まてまてまて!!神様かっこいい!憧れるなぁ!」
『見え透いたことを…』
あきれるジジイの顔が浮かぶ。
「で、何を話そうとしていたんだ?」
『まずはお主のその身体についてだ。気が付いていると思うがお主の身体は女体化している』
「なんでだよ」
神の発言に対して即座につっこむ。
『まぁ聞け。これはお主への罰なのだ。下界へ降りる際にこのことを伝えようとしたら、お主が勝手に転移してしまったのだ』
「確かになんか言っていたな…」
『女体化したことによってお主の筋力と魔力は400年前と比べて4分の1にしてある。』
「道理でちょっとした動作ですぐに疲れるわけか…錘をつけているのとかと思うぐらいきついんだが」
肩に手を当て腕を回す。
『そしてこの世界についてだが、ここはお主が封印されてから400年たった世界だ』
「そこは何となくだけどわかってるよ、ここの道とか過去に通ったことあるし」
地面を見ながら答える。
過去に通った時には砂利道だったのに、舗装されているな。近くに街があるのか?
『多少各国の国王が変わったぐらいでさほど大きな変化は起きていない。お主の記憶と何ら遜色ないだろう』
「ああ、わかった」
よかった。見知らぬ地へ移されるのは精神的にも来るからな…
『以上だ。何か質問はあるか?』
「それじゃあ、金をくれ」
『断る』
はえーよ。
「なんでだよ!いたいけな少女を金も持たせずに放りだすのか?」
天に向かって吠える少女(男)。その声は聞き入られることはなかった。
「確かこの先に村が…お、あったあった」
少女の目の先には〖エッセル〗と書かれた看板がある。
「なつかしいな。ここの温泉でよく修行終えた後に汗を流したもんだなぁ…ん?」
村の門をくぐり中へと入ると、何やら違和感を感じた。
普段なら温泉の湯気がたち込め、旅人や行商人で賑やかなはずなのだが。
「お嬢ちゃんどうしたの、迷子かい?」
猫背でしわしわの顔をした老婆が話しかけてきた。
そりゃ女の子が一人でいると心配になるわな。
仕方ない、ここは冷静に…
「お嬢ちゃんでも、迷子でもないわ。ちょっと旅をしているだけよ」
「ええ!ひょっとして家出かい?何かあったのかい?」
しまった、こんな姿で言っても信じてもらえるわけなかったな。
己の失言を反省する少女。
「そ、それより。なんで温泉の湯気が見えないんだ?以前はたち込むほどだったのに」
それを聞いた老婆は、
「あぁ、実はね…この村をまっすぐ進んだところに領主様の屋敷があってね、先代の領主様はここの温泉が疲労回復に効くって言ってよく来てくださったの。でもある日、先代の領主様がお亡くなりになって、ご家族の長男であるアルフレッド様が後継ぎとなったのよ。だけど…」
と、終始うつむき加減で話す。
話の流れ的に恐らくこの領主が問題だろうな。
「その長男に問題が?」
俺は自分の予想を老婆に告げる。
「そうなのよ、アルフレッド様は大変賢いお方なのですが、プライドが高いというのが難点でして…」
はぁ、とため息をつく老婆。
「ある日この村の温泉に入ったあと、宿での宴会をしていたところで事件が起きたのよ。領主様に体を触られた女将がアルフレッド様の顔をぶっ叩いたのよ」
「なるほど、それでですか」
「お察しのとおりよ、ただでさえプライドが高いアルフレッド様はその女将だけじゃなく、温泉を経営する者も連れて行ったのよ」
手を顔の前に持っていき泣き出す老婆。
その姿を見た少女は遥か昔のことを思い出した。
「なぁ、ばぁさん」
「…へ?」
泣きじゃくる老婆の前に手を差し出す少女。
「この村か、その領主のところに身寄りのない子供はいるか?もしくは奴隷か」
「いるけど…どうしてまたそんな」
「へ~いるのか」
にやりと笑う少女。そんな少女の顔を見て老婆は冷や汗をかいていた。
「この村を救ってやろうじゃないか!」
バッと両腕を広げる。
唖然としている老婆に少女は
「温泉を復活させて、連れていかれた人達を連れ戻すって言ってんだよ」
「!」
やっと理解したか。
「で、その条件として、子供を一人もらいたい。いいかい?」
「は、はい!かまいません!」
「よし、なら契約完了だな」
直後、老婆と少女の手の甲に文様が描かれた。
「ああ、心配しなくてもいい〖契約〗っていう魔法だ」
「そ、そうなんですか…」
「よいしょ…それでは、また来ます」
驚きを隠せていない老婆を後ろに歩き出す。
「ああ言ったものの、俺がいた時代には領主の屋敷など建っていなかったからなぁ、仕方ない…〖地図〗」
そう言うと少女の目の前にこのあたりの地形が表示された地図が立体的に浮かび上がった。
〖地図〗、一見便利そうに思えるこの魔法だが、一つ欠点がある。それは実際に自分でその土地に行かなければ地図が埋まらないことだ。普通なら店などでアイテムとして売っている地図を買うのが手っ取り早いのだが、魔法として〖地図〗を使用する場合は表示される内容が異なる。
店で売っている地図は、地名、周囲に出現する(オソラク)魔物の情報が記載されている。しかし、魔法としての〖地図〗は違う。地名はもちろん、人の数や名前、罠の種類や量、またそれらがどのように配置されているかなど、ここでは記載しきれないほどの量の情報が載っている。
ではなぜ俺の〖地図〗に、このあたりの地形が載っているのかって?
答えは単純…単にやることがなく『暇』だったから。以上。
「んーと、アルフレッドはどこだ…。見つけた」
少女が見ている〖地図〗にはいくつか点が表示されていた。
「ふむ、連れていかれた人は地下にいるのか」
お察しのとおりこの点は人を表示している。
魔物なら赤で、人なら白で。まぁたまに例外はあるけど。
「場所も分かったことだし、行きますか」
そう言うと前かがみになる少女。
「3歩…かな」
次の瞬間、少女が爆風とともに消えた。
後に残ったのはえぐれた大地だった。
________アルフレッド邸_____
「まだ終わってないぞ!」
輝くほどの金髪に、装飾品ふんだんにあしらった剣。
何不自由なく育ち、自分の発言に誰もが言いなりであること、自分に逆らえばどうなるかを周囲に分からせているこの男こそ、アルフレッドだ。
アルフレッドの前には若い男が逆さに吊るされていた。
「おら、この!クソがぁ!」
「んぐふっ…」
両手にはめたグローブのようなもので腹を殴っていた。
一発殴るたびに、若い男からは鈍い音がし、口から血を吹き出す。
「はぁ、はぁ…気絶したか。まぁいい、代えはいくらでもいる。おい!次のやつを連れてこい」
近くにいた兵士に命令する。
「は、はい」
先ほどまでの光景を見ていたせいなのか言葉が詰まる兵士。
次に殴られる者を連れてこようと部屋を出た瞬間。
ドゴォォォォォォォォンッ!!
隕石でも落ちたような轟音と大きな揺れが起きた。
「何事だ!?」
慌てて外へ向かうアルフレッド。
屋敷の外を守っている兵士に状況を聞く。
「いったい何があった?」
「聞くところによると…ぞ、賊らしいです」
「らしい…だと?」
両方とも困惑した表情をする。
その目線の先には頭をさすりながら歩いてくる少女の姿だった…。
そう、この数分前・・・
「3歩…かな」
そう言いだして跳んだ少女は、徒歩で行くとなると必ず野宿をしないといけないほどの距離を5歩で跳び越えしまった。
「お、見えた見えた。さてここから…やべ着地考えてなかった」
その一言とともに、少女はアルフレッド邸に激突した。
そして今に至る。
「いててて…」
頭をさすりながら歩く。
「さすがに3歩はむりだったかぁ。まさか10歩もかかるとは…ん?」
顔を上げた視線の先に派手な金髪のアルフレッドがいた。
「あ、おっさんがアルフレッド?悪いんだけど、村の人返してもらうから」
「…らえろ」
プルプルと震えるアルフレッド。
「へ?」
「この賊を捕らえろー!」
「うおおお!」
アルフレッドの命令を受け、兵が押し寄せてくる。
「まぁこうなるよな。だが…」
いささか少なすぎやしないかい?
「この俺を止めたきゃなぁ…」
構える少女。
30人程度を相手にするにはちょうどいいだろう。
「〖地砕き〗!!」
少女が地面へ垂直に拳を叩きつける。
直後、まとまって突っ込んできていた兵士たちの下が真っ二つに割れた。
「う、うわぁぁ!」「ぎゃぁぁ!」
叫び声がこだました。
「あっけないな」
あきれる少女。
「あんたはどうする?領主様」
この男からは魔力もあんま感じないから期待するだけ無駄か…。
「降参するって言うんなら村の人を___」
「図に乗るなよ賊が…」
少女の言葉を言葉を遮るアルフレッド。
そう言いだして、腰からぶら下げていた装飾品があしらわれた剣を抜く。
「へぇ、いいもん持ってんじゃん」
何かあの剣どこかで見たことあるな…
「驚いたか!この剣はなぁ、遥か百年前、神が選びし者に与えられる剣だ!」
剣を掲げ、自慢げに話すアルフレッド。
「はははは!我が家宝であるこの剣で貴様を八つ裂きにしてやるわ!」
剣を手にし、切りかかってくる。
しかし少女は、避けるどころか構えすらしようとしなかった。
「しぃぃぃぃねぇぇぇ!」
トスッ、と腕が落ちた。
「やっぱりか」
「ぎゃぁぁぁぁ!いてぇ!な、なんで」
もだえ苦しむアルフレド。
そんなことは放って置いて、切り落とされたアルフレドの腕から剣を取る。
「これ俺のじゃん」
【宝剣ジェイル】、その名の通り、刃先から柄まで宝石でできている。ただの宝石ではなく、様々な属性を持った宝石だ。込める魔力の量によって属性を変化させることができる。
「持ち主が俺だったから、お前には適合しなかったんだな」
「うう…」
呻くアルフレッド。
「お話の時間だよ、アルフレッドさん」
「うぐ、ええ?」
「今からあんたには選択してもらう。村の人を開放してもう二度と危害を加えないと俺と〖契約〗するか、跡形もなくこの土地ごと消されるか」
「ひぃぃ!」
アルフレッドからみた少女の姿は悪魔そのものだった。
「す、する、します!だから命だけわ…」
「よし〖契約〗完了っと…」
少女とアルフレッドの手に模様が刻み込まれた。
「あとは村の人か」
そう言って少女は屋敷の地下へと進む。
「ここかな?」
錠がつけられたドアを壊し中へ入る。
「ビンゴ」
そこには連れ去られた村の人たちがいた。
「あ、あんたは?」
「怯えなくていい、村にいた婆さんに救出の依頼を受けたものだ」
「あんな小さな子が?」「嘘だろ」「屋敷にいた連中はいったい」
ざわつく村人たち。
やっぱ、この見た目何とかならんかな…
「とりあえず、村に戻るけどいいな」
有無を言わさずに魔法を使う。
「〖帰還〗エッセル」
光とともに部屋にいた村人を全員エッセルの村へと連れて行った。
「村だ…」「や、やったぞ!帰ってこれた!」「おかーさん!」
帰るなり喜ぶもの、涙を流すもの、反応は様々であった。
「この度はありがとうございました」
「ん?ああ」
白い髭を生やした村長に話しかけられた。
「うちの妻からあなたが助けに行ったと聞かされた時は驚きましたよ」
「この見た目だ、そう思って当然だ」
「良ければなんですけど、しばらく泊まっていきませんか?お礼もしたいですし」
「いえ、お構いなく。それよりも報酬のことを____」
報酬の話をしようとしたところで、誰かが少女の服の裾を引っ張る。
「どうした、お嬢ちゃん?」
女の子と目線を合わせるため少し中腰になる。
「助けてくれて…あり…がとう」
あまり言葉をうまく話せてないな、教育が行き届いていなかったのか?
「おねーさんは、てんし?それともめがみさま?」
「ふははははははは!」
女の子のその一言に少女は笑ってしまった。
「力を持ち、戦いに明け暮れていたこの俺が天使や女神か…おもしろい!」
ぽかんとする女の子。
「どうしてそう思うんだい?」
笑ったまま聞き返す。
「だって、おねーさんのかみ、ぎんいろでぴかぴかひかってるから」
と、少女の髪を指さして言う。
「なるほど…よし、気に入った!」
パンと手を叩き、村長の近くにいた老婆の方を向く。
「婆さん、こいつに決めた。こいつを連れていく」
「ちょ、ちょっとまちな」
突然のことで焦る老婆。
「なんだ。親がいるのか?」
「いや、いないけど…」
「ならいいだろ」
「あんたはその子を連れて行ってどうしようってんだい」
「娘として育てる。信用してくれ、村人を救ったじゃないか」
「それはそうだけど」
まだ弱いか。
「ならこの子に聞こうじゃないか」
村長が出てきた。
「それもそうだな。なぁ、お前はどうしたい?」
女の子に問う。
「いくー!おねーさんといきたい!」
満面の笑顔でそう言う。
「決まりだな」
「あの子が言うなら大丈夫だろう」
村長が老婆にそう告げる。
「そんじゃこれからよろしくな。えーと…お嬢ちゃん名前は?」
「ない…ないの」
「なんだ、ないなら付ければいい」
「へ?」
キョトンとしている女の子。
「そうだなぁ、その真紅に染まるきれいな赤毛にちなんで、『ローズ』にしよう」
「うっ…ひぐっ、うわぁぁん!」
突然泣き出す女の子。
「どどどどうした!?気に入らなかったか??」
驚きの出来事に動揺する少女。
「ち…ちがうの、うれしくて…」
な、なんだそうだったのか。びっくりしたぁ。
「それじゃあローズ、俺にも名前を付けてくれ」
「いいの!?」
「ああ、もちろん」
う~ん、と悩むローズ。
「決まった!」
「お。どんな名前だ?」
「『シルヴィア』」
「うん、良い名だ。ではこれからはシルヴィアと名乗ろう。ローズもそう呼んでくれ」
「うん!」
さてこれで不信感も消えただろう。
「村長さん、1,2泊させてもらえるか?」
「ええ、喜んで!」
「あとこれ、村の復興のために使ってくれ」
そう言ってシルヴィアは袋を手渡す。
「おお、これは」
「少ないが100枚金貨が入っている足りるか?」
「十分です!むしろ余りますよ」
「それじゃあ余ったのは宿代にしといてくれ」
「わかりました!おい、湯を沸かせ!」
「へい!!」
今夜はぐっすり寝られそうだ…
その夜
「うぅ、暑い…ってなんでローズがここに?」
風呂に入り心身ともに癒されたシルヴィアとローズは布団でぐっすりと眠っていた。
「おい、ローズ、自分の布団に行きなさい」
「むにゃむにゃ…おかーさん…」
あぁ、そうだったな。
はぁー、とため息をつきながらまた布団をかぶさり眠りにつくシルヴィア。
「ま、こういうのも悪くない…か」
その顔はどこかうれし気な表情をしていた…