プロローグ 過去の不条理
―― 過去 ――
さっきまでの世界が嘘みたいに一瞬で、なんの合図もなく唐突に消えていく。
目の前に広がるのは赤。赤。赤。赤。赤。
1発の銃声の後にただ、あの人の赤い何の変哲もない血が私の頬をかすめ、私の服を赤黒く染め、目の前の地面に広がってゆく。
私はただ ただそこに突っ立って固まることしか出来なかった。するとあの人が叫ぶ。致命傷を負いながらも私を助けようと叫ぶ。私はその声にハッとなり、ただ、がむしゃらに走り出す。全力で走る。今私をつき動かしているのは、恐怖 ただそれだけ。
あの人は大丈夫だろうか、銃を持ったやつは追ってこないだろうか、私は殺されてしまうのか、嫌だ嫌だ嫌だ、そんな感情が渦巻く。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!
そんな風に考えていたら、いつの間にか路地から人通りの多い商店街に入っていた。
色んな人にぶつかって、何度も足がもつれ転倒し、擦り傷を作りながらもそんなのお構い無しに私は一心不乱に走る。止まったら殺される、銃を持ったやつに殺される…!
恐怖で後ろを振り返ることは出来なかった。もしアイツがこっちに向けて銃を放ったら?もうすぐそこまで追いついていたら?
そんな事を考えたら、怖くて怖くて後ろなんて向けなかった。
もう、どのぐらい走ったか分からない。
心の体も疲れきっていた。少し前から壁に手を付きながら歩くのがやっとだ。
もう無理だ、座り込みたい、休みたい、けどまだアイツの姿は私の心に大きい影を残す。
はぁ、はぁ、はぁと息を切らしながら恐る恐る、ゆっくりと後ろを振り返ってみる。
すると後ろには誰もいない。
後半はずっと気力で走っていたようなものだから、もう体が限界を超えていた。
私はヘナヘナと地べたに座り込み手を付く。呼吸が安定しない。息切れが止まらない。ふと、全身が汗でぐっしょりしている事に今やっと気がついた。長袖をまくり、靴下も脱ぐ。
それでも汗は止まらない。滝のように流れている。
だが、そんなの別にいい。やっと、やっと逃げ切る事が出来た…! 今私の中にある感情はそれだけだった。
そしてそこで、私は出会う。1人の悲しい少年と──。