3食目3皿
「鱚の切り身、玉ねぎ、サツマイモ、ニンジン、パスタ麺、合挽き肉、エトセトラかぁ」
ドワッコは食材を復唱していく。
「なんだか、テンプラでもしろって感じの材料だな」
「あぁ、言われてみればできなくもない面子だな。じゃあ、それでいくか?」
降って湧いたメニューに決定仕掛けたところで、弁護人から待ったがかかる。
「異議ありだ。前のコロッケから一日しか空いてないだろ。流石に、胃に重たい」
その意見は最もだ。
ザ・カシもウンと頷き、せっかくの意見を保留にする。
しかし、以後は思いつく範囲でこれよというメニューは出てこなかった。
(それにしても、テンプラか……)
何気なく思い出すのは、イージー丸先輩と呼ぶプレイヤが作ったクランに居た頃のことだ。
初心者だったザ・カシは、そこでイージー丸に限らず大勢の世話になった。今でさえ、昨日のように思い出せた。
そして、そこで問われた言葉もだ。
「どんなプレイヤになりたいんだ?」である。
「テンプラみたいなプレイヤか」
ポツッと呟いたのを、ドワッコに聞かれたようだった。
「あ? 何か言ったか?」
「いや、なんでもないさ。ただ、テンプラって奴は作るだけなら難しくないが、本当に美味しく作ろうと思えば技術が必要になってくるんだよな」
「はぁ? 言わんとすることはわかるけど、テンプラ職人にでもなろうとしない限りはそこまで拘らなくて良いだろ?」
理由を説明するまでは、イージー丸もドワッコのような反応だった。しかし、ゲームプレイヤとしての理想に通ずるものがあるというのは誰もが納得してくれた。
もちろん、テンプラだけが料理としての粋であるわけではない。
どんな料理も奥深いものだと、ザ・カシだってわかっている。
そんな中でも、単純でありながら多様性に富み、その数多ある食材の性質さえ理解していなければならないものだ。
そしてザ・カシは、未だにその粋を極められていなかった。
あれよと思い返している間に、三人は目的の商業区へと着いた。
「今日も賑わってるなぁ。脱いでくるべきだったか?」
人の通りがそこそこに多い砂っぽい道を歩き、目についた店へとフラフラ立ち寄る。
ジャングルの中であるため砂埃は舞い上がらないが、“パラスアームズ”には少し歩き辛い。特に雨の日は、熱帯雨林気候なだけに酷いものだ。
道も広いというわけではないため、余計に混雑して見える。
こうした町の整備状態に難があり、総合商店のような建物は計画されないのである。
「あ、良い魚がありそうッ。っと、すみませーん」
何気なくウィンドウショッピングをするのも一苦労。
「やぁ、ヒョーミワにーちゃん。しんせんジュワゲレシーマワはいーってる。あ、またサラとうばつやらかしーたんだって?」
後頭部に向かって突き出た尖った耳が特徴的な男性が、片言で話しかけてくる。
翻訳するなら、「やぁ、ヒューマンのにーちゃん。新鮮なジャングルサーモンが入ってるよ。あ、またソロ討伐やらかしたんだって?」だろう。
彼は“エルフ”タイプのNPCで、見ての通り魚屋の店長をしている。ドワッコに見る“ドワーフ”タイプは、小柄でトンガリ耳が横に伸びている。
ちなみに、タイプというだけであって、単にファンタジー作品の特徴を踏襲していることから人間が勝手に分類しただけだ。
彼らなりの呼び方もあれば、既存作品に見る性質などは一部しか継承していない。
そこそこ器用なため打撃力は中程度。足が速くて、頭の回転は良い。反面で精神的弱さがある。
『Grin Polygon's Shooting Game』風に言わせれば、[TEC3][SPE5][INT4][SAN2]というステータスとなる。
「どうも、【ジャズジャ】さん。ソロの件は運が良かっただけさ。確か、鯉に近い白身の魚だよね?」
露店に並ぶ魚は、狩猟が得意なこともあって他よりも質は良い。
ザ・カシも懇意にさせて貰っている。
「そうそう。さっぱり、おいしー、ビッグ!」
「うーん、泥抜きはされてるけど、言うほど最近のじゃないでしょ? 昨日まで、街道はオークの一件で封鎖されてたはずだから。後、バジリスクもね」
「……むぅ。ヒョーミワにーちゃん、なかなかめききーね。ジャズジャまいーったよ」
バタ臭い四角い顔をしかめさせ、オーバーリアクションで降参して見せる。
食材に金をかけるプレイヤなど少ないため、交渉されることを見越したNPCなのだろう。
ゲーム慣れしていなくても、ちょっと考えればわかる。インベントリましてやU.IなどないNPCにとって、食材の鮮度を保つのは簡単なことではない。
プレイヤはアイテム画面を開いて、入れたいアイテムなどをそれに通過させるだけだ。
そんなわけで、ザ・カシは上手く値切って中型の淡水魚を、240BLDのところを200BLDで買い叩いた。
(よし、これで今ある材料と合わせて、簡単なテンプラはできそうだな。フィッシュ・アンド・チップスも良いか)
久しぶりの腕試しに作ろうと思った。
研ぎ澄まされた料理スキルによって、まだ見ぬ菜の花色の情景美がお皿の上に映される。サクサクッと歯ざわりの良い衣と、各種具材の生み出す音色はまさにオーケストラ。
ツユかソースか塩か。具ごとに味付けを変えたくなる、無際限の欲望が口の中に渦巻く。
目指す先は、そんな職人芸とも言える領域かもしれない。
(はぁ……)
ザ・カシは内心で溜め息を吐く。
それは、空想のお姫様に恋い焦がれるゲーマーのようで。
すると、少し離れた人混みから呼ぶ声がする。
「おーい、ザ・カシィ。良い年して、迷子になるんじゃないぜー」
買い物する間、ドワッコは待ってくれずに筋肉まんとうと一緒に先へ進んでいた。
薄情と言うべきか。ほとんどは自分の腹に収まるというのに、この仕打ちである。
ザ・カシは慌てて、ぶつからないよう人混みを追いかける。
「はいはい、今行きますよっと」
追いついたところで、想定から外れないセリフが飛んでくる。
「余計な買い物なんてして……。ウマいんだろうな?」
「ジャングルサーモンか? あっさりしてて、新鮮なら刺し身にしても良いくらいかな。友好的なジャズジャさんのお勧めだから、腹回りは結構な脂の乗り具合だろうし」
「シンプルな焼きもアリだなッ」
少し食材について答えるだけで先がわかるのだから、ドワッコも料理というものがわかってきたようだった。それなのに、どうして自身で家事の方をしないのか謎であった。
自分の服を洗濯するぐらいはするが、それは年相応の反応だろう。
「食べるのが好きなら、作り方も覚えたらどうだ?」
家のこと全般は留守の両親から任されているが、負担が減ることも考えれば勧めるに越したことはない。
興味があるならばなおさら。
脳内メシならば、作るために実物を必要としない。失敗したところで、残飯さえ残らないのだからエコである。
「ぅ……私は食べる係なんだよッ」
厚顔なことを言って、ズガズガと一人歩いて行ってしまう。
(不器用だけど、苦手とか、好き嫌いでやらないわけではないだろうし……?)
首を捻ってみても、ザ・カシにはその理由がわからなかった。
「フフフッ」
「?」
筋肉まんとうは、そんな思案と答えを知っているので笑いを漏らすだけだ。
そうこうしている間に、三人は商業区の中央あたりまでやってきた。
目的の武具店には、既に三機の“パラスアームズ”が停められていた。機体は初期のカラーリングで、クランを表すロゴもなく。もはや誰のものかなどわからない。
「混み合うといけないし、降りていくか」
ザ・カシが提案するとおり、お世辞にも広い店内とは言えない。
なので鎧から降りて、三人は入り口へ向かう。そして、見覚えのある顔と遭遇することとなる。
「あ、一昨日の奴ら」
「あらまぁ……」「ゲッ」「こ、こんにちは」




