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3食目1皿~全ての料理はプロに通ずなテンプラ~

 翌日、妹達は学校、フリーターのザ・カシ()はアルバイトだった。


 デパートに入っているテナントの一つ、その飲食店での仕事を終えた。一日8時間、休憩1時間の良くあるシフトだ。


 18時には同デパートで買い物を終わらせて帰宅する。


 ダイジェストとでも言わんばかりの、誰かに聞かれても説明の余地がないほど単調だった。


 ザ・カシは最近、ゲームの中こそが本当の現実なのではないか、などと考えることもある。


(現実から目を背けても良いだろ? ゲームに浸ったり、格好いいアバターにしても良いだろ?)


 ザ・カシの現実の顔など見せたところで幻滅されるだけだ。もっと顔を見せずに済むアルバイト、電脳で何か稼げないものかと思う。


 普通に可愛い妹や、並の女の子より線が細くて美形の筋肉まんとうなどは一見の価値はあるが。


(兄妹でビジュアル面に格差があるのは卑怯だよなぁ。しかも、美男美女の組み合わせとか……)


 ゲーム世界ほど、現実は優しくないということだ。少しくらい目を逸したとしても、許されるはず。


「さておき、昨夜は満腹と疲れで大した話し合いができなかった。今日も、作戦会議の続きと行こう」


 コホンッと咳払いをして、円卓に座る面々を眺め回す。


「なにが、さておき、なんだ?」


 途中をダイジェストと内心で済ませてしまったため、ドワッコからツッコミが入る。


「……さぁさぁ、話を進めましょう」


「コホン。では、如何にして“ソウル・フード”持ちを探し出し、襲撃から鹵獲(ろかく)まで持っていくかを話し合いたい」


 筋肉まんとうの助け舟に乗り、咳払い一つで何事もなかったように続けた。


 つまらない妬み辛みを口にしてもと、誤魔化すのであった。


 そして、三人しかいない円卓を眺望(ちょうぼう)し意見を募る。しかし、返ってくるのは静けさのみ。


 例えるなら、学級会の教室を包むあの静寂である。


(うん、なんとなくわかってた)


 文化祭の出し物を決める時の、学級委員長の気持ちが良くわかる瞬間だった。


「では、はい」


 静寂を破ったのは、筋肉まんとうの挙手と声。たまに居る、周りの空気を伺って発言するタイプの優等生だろうか。


「どうぞ、筋肉まんとう君」


 指し示せば、立ち上がって発言する。


 引き締まっていながらも、筋骨隆々の肉体が机の向こうから現れる。筋肉質のボディは、“アクトノイド”タイプのプレイアブルキャラクタのものである。


 少なからず、プレイヤのコンプレックスが反映された選択だろう。


「これまでは、少人数の相手を見つけて、練習と称して勝負を仕掛けていたわけですが。これからは通じないという確証があるのですか?」


 まずは前提の確認だった。優等生っぽい発言が似合うキャラクタである。


「あぁ、お察しの通りだ」


「この前の三人組ですね。こちらの動きは警戒されているので、今までみたいな手当たり次第な方法は取れない、と」


 これは二人だけではなく、ドワッコも理解していることだ。


「なら、まとめてぶっ倒して、まとめてモノにしちまえば良いじゃん?」


(……)


 理解していても、至る結論は人によって全く違う。


 ドワッコのパワータイプ(脳筋)な意見に、ザ・カシは深いため息を漏らす。


 “ドワーフ”タイプのプレイアブルキャラクタだが、このゲームの設定から言えば知能面で劣るなどということはない。知能(INT)は生存能力に直結しているからだ。


「いや、うん。そりゃ、相手がわかって居るならやりようはある。邪魔しにくるってわかってれば、それこそ対策方法は考えつく」


 頭痛を堪えながら、如何に難しいかを説明していく。


「あの三人のことなんてほとんどわかっちゃいない。いつ、どこから、駆けつけてくるかもわからん」


「なら、どんな相手でも、いつ来ても大丈夫なようにすりゃいいじゃん」


 無茶振りも良いところである。


「万事に備えるには試行回数が少ないな。3対3(スリー・オン・スリー)、ほぼサシ状態でやるには実力が足りてない」


「足りない分は別の方法で補えるだろう? 課金アイテムとか」


 その指摘に、ザ・カシは喉の奥で短く唸る。


 実力不足を否定しない点は、ドワッコも元スポーツマンとしてのプライドがあるようだ。


 そして、課金アイテムのことについてだが、それにも触れておく。


「論外だ」


「なんでさ? 私らだってイベントで手に入れた分があるし、足りないってことはないだろ?」


「一度なら、なッ。下手に恨まれることになれば、何度か手合わせすることになる。そうなりゃ、どんだけ俺の現金が飛んでいくことか」


「食費以外は懐に入れてるのにかよ? 恨まれるとは限らないんだし、二度、三度で相手の手の内もわかんだろ?」


「アルバイトの安月給舐めてくれるなよ。ちまちまと課金するくらいしか残らねぇっつぅーの」


 肩を竦めてみたり、手振り身振りで大仰に説明していく。


 苦学生も真っ青のフリーター生活である。


「可愛い妹に小遣いもくれないもんな。いかがわしい本屋に行く貯金はするのに」


「い、いかがわしいゆうな……。まぁ、相手も打つ手を変えられるってことを含めれば、十回は場数を踏まなきゃ無理だな」


 一体どの口が言うのかは知らないが、下手に反論しても言い負かされるか拳が飛んでくるので話を締める。


 戦闘回数については、決して大げさな数値ではない。


 これだけ言って、理解できない全身筋肉ではないと思う。


「はぁ……そんな弱気な兄貴なんて柄じゃねぇよ。いつもみたいに、イージーだって言ってみせてくれよ!」


 ドワッコは頭をガリガリと掻いた後、机をドンッと叩いた。ザ・カシに言い放たれた言葉は、彼にとって重要な意味を持つものだった。


 それをちゃんと説明したことはなかったが、普段から思わず口にしていることを考えると言葉尻は判別できるだろう。


「けど、それは……」


「強がりなんだろッ?」


 言ってどうにかなるものではないと、ザ・カシが釈明(しゃくめい)しようとした。


 しかしドワッコは、立ち上がったかと思えばズガズガ歩み寄ってきて、大して(たる)みのないゴム質のアンダースーツの襟首を掴む。


 一番ヒヤッとしたのは、仲裁役の筋肉まんとうだったのではないだろうか。


「……」


(ッ。握力どんだけだよ……。ったく、何も知らずに言ってくれんじゃねぇか!)


 言葉の意味ではなく、誰が言ったかが重要なのである。


 フリーター生活の許可を貰うために重要人物として挙げたことはあった。それくらいだ。


「こっちもなぁ、単なる強がりじゃないってことぐらいわかってんだ!」


「マジか……」


 妹に気づかれていたということが驚きであった。


「ハンッ。何年、兄貴の妹やってると思ってんだッ?」


 ドワッコは鼻で笑った。


(参ったね、こりゃ……。すみません、イージー丸先輩)


「世話になった恩義があるなら、それこそこんなところでウダウダやってる暇はねぇだろッ」


 言い負かされてしまうのはいつものことだが、今回はそれほど悔しくはない。


 心の底では覚悟していたのかもしれない。


 叱咤を受けて、ザ・カシも気合を入れ直すためにソレを口にした。


「あぁ、そうだな。イージー、イージー。こんなのイージーさ!」


 ドワッコがニィッと笑みを浮かべ、一言「よし!」と言って掴んでいた手を離した。


 これには筋肉まんとうもホッと一息。


 しかし、だからといって何が変わったわけでもない。


「落ち着いたところで、良いですか?」


 中断させてしまったが、筋肉まんとうが意見を言おうとしていたのである。


「うん? あぁ、話の腰を折って悪かった。続けてくれ」


「はい。推測ですが、食料品店や食事のできる場所から出てくる人を狙うのはどうです?」


「へ?」


 その発言に、ドワッコが目を丸くする。意味するところを理解できていない顔だ。


(ほう、そこに気づくとはやはり秀才か)


 ザ・カシは感心して、腕組み状態で言葉の続きを待つ。


 発言を許されたと判断したのか、説明も含めて考えを話してくれる。


「ゲーム内でご飯を食べてもお腹は膨れません。それでもお店に入るのは、それだけ食に拘りがあるからじゃないですか?」


「なるほど」


「ウィンドウショッピングならぬ、脳内メシ食べ歩きなんて言うのもあるぐらいですし」


 もちろん、確証があるわけではないし統計を取ったわけでもない。


 けれど、それが筋肉まんとうの言葉であれば、多少の荒唐無稽さでもドワッコにとって信じるに値するのである。


 いや、その提案についてはザ・カシも可能性を疑っていなかった。アルバイト先でも、食品サンプルのバーコードを読み込んで味を知れるようになっているからだ。


 つもり貯金が真面目にできてしまうという。


 しかし、ゲーム内で飲食店を利用するプレイヤの母数は圧倒的に低いという事実はある。


(試してみるか。やらないなんとかよりやるなんとかとも言うし。うん? いや、おかしいな?)

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