2食目3皿
手足の先から糸がズルリと抜け出すような感触の後、体が自由になったのを感じた。
ボディの装甲をフレームごと押し上げ、やや屈んだ体勢の重機から降りる。
このままソファーチェアに体を預けたい気持ちを抑え、『グリモワール』欄を開いて目的のものを選ぶ。
「“レシピ・グリモワール”から……」
メニューを次のページ、次のページへとスワイプして、たどり着いた料理を指差す。
『ノリチーズオカカおにぎり』という、ザ・カシの“ソウル・フード”だ。
レシピは至極簡単で、『味付きの海苔、カツオの削り節、溶けやすめのプロセスチーズ、炊きたてごはん』である。
作り方もおにぎりらしいそれであり、具材をご飯に包むだけ。
ご飯以外の材料を好みで混ぜ込み、全体が少しまとまるくらいに醤油を垂らす。具を適量、熱々ご飯に包んで握れば完成だ。
オカカが醤油と味付けノリを上手くまとめ上げ、塩辛さを柔らかくして口へ届けてくれる。
チーズの量でオモさを調整できるも、炊きたてご飯がモッタリと溶かし切れるくらいが最良。
最後に少し尖った味を包み込むことで、意外なほど調和の取れた味になる。
「普通なら塩分やカロリーを気にしてたくさん食べられないけど、ゲームの中だしな。それに、人生なんて太く短く!」
大好きな料理を“ソウル・フード”にすれば、味わうことだけならいくらでもできる。
膨れないお腹は、後で実際に作って食べるので良い。脳内メシ様様である。
ちなみに、“ソウル・フード”を自分で食べることに何の意味もない。それ自体が、先に述べた通りの使い道以外ではフレーバーだ。
イベントの中に、これを決めておくとちょっとゲームに没入できる内容があったりする。
(チーズうにょ~ん)
言ってしまえばゲーム運営の遊び心である。そのはずだった。
(うめぇッ。やっぱり、体に悪いモノは美味い! いや、好きなものを食って体に悪いわけがないッ! さてさて、腹も膨らんだところでっと)
ソファーチェアに横たわり、ノリチーズオカカおにぎりに舌鼓だ。身も心も満足したところで、今日の稼ぎを計算する。
(依頼料2000ブラド、オーク五体で150、丸太四本40、銅丸太30に……)
名前[なし] 種族[バジリスク] 職業[なし] ARM[アイアン]
TEC[2]+[2]+[0]+[1]
SPE[2]+[1]+[0]+[0]
INT[3]+[5]+[0]+[2]
SAN[2]+[1]+[0]+[0]
H.P[0/200]
A.P[0/60]
MWE[なし]
SWE[なし]
MEL[鉄爪]
TAC[魔眼]
BUL[なし]
S.F[なし]
ABN[なし]
SPC[なし]
BLD[500]
鉄爪が四本200、魔眼三つ600、しめて3520ブラド。
NPCの商店に売ったので、こちらの取り分はそれだけだ。
「思わぬ獲物だったが、上々の稼ぎじゃないか」
銃弾の費用を差し引いても、3000程の収入である。物理弾と呼ばれている安い鉛弾が一発10ブラドで、20ちょっともあれば500ミリリットルボトルの飲み物が買える。
銃弾だけで三百本ほど買える稼ぎを得たわけだ。
もう一仕事くらいする予定だったが、これで終わりにしても大丈夫だと思う。
「ジッとしてるのもなぁ。あ、そうだ」
お使いクエストもやって、浮いた金で海狼娘々でモンスター食材を色々と買う。
残念ながらダイジェストだ。
(さて、これでも時間が浮いちまったな。武器とか揃えるのは……アイツらが帰ってきてからにするか?)
作戦に必要な道具や銃弾くらいなら買っておけるものの、仲間が他に何か欲しい可能性もある。
小さな町とは言え、武器ショップまで車で5~10分くらいの距離がある。そのため何度も出向くのは手間だった。
“パラスアームズ”のお陰で疲れ難いとは言え、リアルな距離感というのも困りものだ。
妹達が帰ってくるのは、どうせ夜遅くか明日の朝だろう。
スズメが縄張り争いを始めるまで、オシドリは愛の巣の中で仲睦まじくというわけである。
そう思っていた時期がザ・カシにもあった。
眼の前に光の人型が二つ現れ、形と色がはっきりするころにはドワッコと筋肉まんとうはそこにいた。
「たっだいまー!」
「夜分に失礼します。妹さんは無事送り届けさせていただきました」
思った以上に早く、二人が帰ってきた。
妹のテンションなど、まだまだこれからと言わんばかりに溌剌としている。
「あれ? まだ六時を過ぎたくらいだろ?」
これにはザ・カシも驚いた。と言うより、慌てたと言ったほうが良い。
なぜなら、今夜中にはまず帰って来ないと踏んで夕飯の準備をしていないのだ。買い物にも行っていないため、作れる料理は限られている。
「未成年は18:00までって県じょーれーできまってんだろぉッ? とりあえずメェシーッ! 夕飯代だけでも馬鹿にならないからな!」
「ご、ごめん……何も用意してない。だって、お前らぐらいのデートって言ったら普通朝帰りだろ? 保護条例なんて守ってる奴いんの?」
「なんだってぇ! バァカッか! 妹の不純異性交遊を容認するんじゃねぇ!」
「わ、悪かった! 悪かったよ!」
どっちのことに怒っているのかわからず、とりあえず謝るしかなかった。
ドワッコが言っているのは、『電子脳青少年保護新条例』と呼ばれるもののことだろう。
「何か作れッ。早く! 早く! 早く!」
ドワッコが、鬼気迫る表情でザ・カシを囃し立てる。
左右で二つに結んだ赤茶のロングヘアーが揺蕩い、赤鬼にでも脅迫されているかのようだ。
プレイヤとしての妹も怒らせると怖いが、ゲームの中の彼女は多少なりとも美化されている。それは、プレイアブルキャラクタの都合で小柄になっても変わらない。
美しいからこそ引き立つ畏怖がある。
「お、おにぎりでよければ……」
「それで良いから! さっさと!」
「は、はいぃッ!! ログアウトッ」
ドワッコにソファーごとケツを蹴られ、慌ててご飯を作りに行った。
ゲームに入り込んでいる妹にちょっかいを掛けてやりたい気持ちを、精一杯に抑えて戻ってくる。
下手に刺激を与えれば、強制ログアウトがかかって現実へやってきてしまう。そうでなくとも、後々の報復が恐ろしくてそんなことできないが。
「で、出来上がりました!」
「よし。さ、食べてこようぜ」
「うん。お兄さん、本当にすみません」
ザ・カシの報告を受けて、ドワッコは感謝の言葉もなく、筋肉まんとうを連れて食べに行こうとする。
筋肉まんとうは、そんな様子とは真逆でペコペコと頭を下げている。
「筋肉、妹に襲われたりしてない?」
良い子な我が友が、酷い目にあっていないか心配するのは当然だろう。
「なんでそっちを心配するんだよ!? 女の子の方を心配しろよッ!」
ドワッコが怒ることは珍しくないものの、少し雰囲気の違う不機嫌さだ。
純粋な怒気であれば、ここでザ・カシも黙っていたことだろう。反論を許すはずがない。
「えぇ~……だって、女の子の言うことじゃないでしょ? 『服を一枚ずつ剥』……」
「ぬぁんだってぇッ!」
「にゃんでもありませ、ゴフッ!!」
そう、言葉を交わす前に拳で語られるから不可能なのである。
「あ、ははは……」
いつもと変わらない様子に、筋肉まんとうは苦笑を禁じ得ない。
ひとしきり殴り終えて満足したドワッコがログアウトした。
「くッ、“倫理セキュリティ”のレベルを下げて……いや、今度はリアルでやられるだけか」
本来であれば他プレイヤへの攻撃はできない。それが可能なのは、互いが『ステータス』と唱えて、戦いの準備と許可を共諾した時。
そして、攻撃を受ける側の“倫理セキュリティ”が緩い場合だ。
これが低いと、戦闘とは関係なく暴力を振るえる、レーティング的に問題のある景色が見えるなんてことになる。
痛覚のフィードバックも弄れるので、まだゲーム内で殴られた方がマシというわけだ。
「まぁ、あれで『兄貴が寂しがってるといけないから』って早い目に帰ってきたんですよ」
悩みあぐねているザ・カシに、筋肉まんとうがネタバレを秘話機能で耳打ちする。
直ぐにログアウトしてしまった。
「ふッ」
小さく笑みを零した。
(う、嬉しいわけじゃないんだからな!)




