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2食目2皿

 モンスター談義はさておき、話は戻ることになる。


 ザ・カシ同様に誰も忘れていないはずである。目標のオークは、依頼の上では五体と明記されていた。


 ザ・カシが倒したのは今の所四体で、もう一体がどこかに残っているはずだ。


 このイベントについて熟知している以上、それを見逃すはずがない。


(飛び出してきた位置の半歩右。雑魚を一斉掃射で片付けられる地点から三歩下がって……)


 状態を整えておけば、レティクルを置いた場所に五体目のオークが飛び出してくる。不意打ちの予定だったのだろう。


 先程と同じく、シンボルエンカウントから2D視点への移行。すぐさまフルオートで銃弾を吐き出せば、オークを蜂の巣にして終了する。


 はずだった。


 ズズンッッ。


「なッ?」


 足元から襲う振動により、僅かだけ狙いがぶれてしまったのである。


 それでもなお、向きを修正して引き金を絞り、全弾を撃ち尽くす前に制止した判断力は褒めるべきであろう。


 慌てず銃口を正面下方へ移動させれば、オークの親玉がザ・カシに向かって突進してきていた。


(残弾、九発……いや、七発か)


 銃を伝わってきた振動から、もう一発も外せないことを悟る。


 そして、明るい錆色のオークが繰り出す突進がフェイクか否かを即座に判断しなければならない。


 このリーダー格のオークは、見ての通り金属で表面を覆っている。


 通るダメージは通常よりも低く、本来なら足りるところを困難にしている。



名前[] 種族[オーク] 職業[なし] ARM[カッパー()]

TEC[1]+[2]+[0]+[0]

SPE[0]+[1]+[0]+[0]

INT[0]+[1]+[0]+[2]

SAN[1]+[1]+[0]+[0]


H.P[21/70]

A.P[11/40]


MWE[]

SWE[]

MEL[銅丸太]

TAC[なし]

BUL[なし]


S.F[]

ABN[なし]

SPC[なし]

BLD[30]


 クリティカルダメージに任せてH.Pを削りきるなんて考えは愚の骨頂だ。百に一度かどうかの可能性など、今はないに等しい。


 敵のステータスを見て、おかしな隠し玉がないのはほぼ確定している。


(揺れるな……。揺れたら、一発食らう)


 僅かに緊張が残るも、覚悟を決めて引き金に力を込める。


「しねぇぇぇぇぇぇッ! え……」


 オークの吠え声など聞こえている様子はなく、何の感慨も持たず男は撃った。


 次の瞬間には、木漏れ日を照り返してオークのリーダーが倒れた。街道に平和が戻る。


「さて、デカいのが近くにいるみたいだし、さっさと処理しちまうか。マガジン、えーとそれから、“ラー・グリモワール”」


 どこかにいる巨大モンスターの襲撃は怖いものの、素材を持ち帰れないのではかなりの損失だ。


 手早くU.Iを出して、『グリモワール』という大見出しのあるところまでスワイプする。表示された各種『グリモワール』の一覧中から一つを選ぶ。


 当然、警戒は怠らず“マッティア”に命じてマガジン取り出してもらい交換もした。


 “ラー・グリモワール”の発動により、さほどせず分解と運搬を担当してくれるNPCの軍団がやってくる。


(相変わらず早いな。途中まではテレポートでもしてくるのか?)


 ゲームについての考察などしつつも、警戒は怠らない。


 NPC達も緊張を察してか否か、テキパキとオークを丸太に解体して荷車へと積み込んでいく。


 10分もしないうちに作業は終了して、NPC達は小銭だけを残して走り去ってしまった。


「ご苦労さま……って、『グリモワール』用のNPCだからこんなものかぁ」


 労いの言葉もほとんど聞かず、卸売市場にありそうな荷車を小型の作業車(ターレットトラック)で引っ張っていく。


 一応、頭を下げたりする反応があるので、プレイヤのことを(ないがし)ろにしているわけではないのだろう。


 仕事の従順でこちらの言葉を理解していない。そういう設定だから、簡素な動きになるのである。


(さて、俺も帰るとするか。下手なのに出会っちまったら、一人で対処なんてできないからな)


 モンスターと遭遇しないように気をつけつつ、ザ・カシはさっさと街道を戻ろうとした。


 しかし、そうは問屋が卸さない。


 ズシーンッと、またしても体を突き上げるほどの衝撃が走る。


 音と振動のタイイングから、それが直ぐ近くにいることがわかった。だからこそ、汗が頬を伝っていく。


 可能な限り音を立てず、レーダーを表示して反応を確かめる。


 いや、そんなことをせずとも、そいつの気配は既に背後まで迫っていたのだ。


(この静音性と接近の速さは……)


 シュルシュルと布のこすれるような音は、舌を出し入れするときのもの。


 それなりに大樹ばかりの樹林とはいえ、“パラスアームズ”より大きな物体が移動するのは簡単ではない。可能だとしても、音は消せないだろう。


 時折響く足音は、獲物に警戒する方向を誤認させるため。


「シャァァァァァァ――」


 静かに、けれど力強く咆える。いや、威嚇するのは背後に佇む巨大な生物だった。


 赤と黒の(まだら)で染められた鱗に身を包み、背には鈍く光る四本の足を備えている。


 上下にくっついた逆さま同士の顎も、金属で補強され始めているように見えた。


「バジリスク……」


 ザ・カシは声を震わせて、そのモンスターの名前を呟く。


 過去に多く語られてきたモンスターで、石化の魔眼を持つと恐れられる。血に毒があるとも。


 確かにそいつも魔眼は持っていた。


 二つの口腔に一つずつ、鼻先にあたる部分に一つだ。見つめ合えば、一分もかからずに。


(石化はしないから安心だ……が)


 生憎と、血に軽い毒があるのは事実だが石化するほどファンタジーではない。目に見える中央部分は奇形で単眼化したもの。


 本来のバジリスクは蛇の姿ともトカゲとも言われていて、口腔の目すら赤外線探知(ピット)器官である。


 二種の生物を一度に満たす形状として、考え出された造形だ。


 蛇の背中に足が付属しているのでアンバランスに見えるものの、素早い動作と無音を兼ね揃えている。


(こいつを一人で倒すのは……)


 骨が折れる相手ではあるが、不可能ではないのが救いだった。


 現に、倒した。数十分後にはH.Pが0になったバジリスクが巨体を横たえている。


 ザ・カシは肩で息をしながらも無傷で、怪物を倒して町まで帰還したのだった。もちろん、素材などはオークのものと一緒に回収・売却した。


「おかえりなさい。貴方、すっごいことしたじゃない」


 町に戻り、いつものお店(海狼娘々)に入ったところでシャオパイが声を掛けてくれる。


 もちろん、オーク討伐のことではない。


「あぁ、運悪く遭遇したから倒した」


「倒した、じゃないわよ。バジリスクのソロ討伐なんてねぇ? 不可能じゃないのは確かだけど……」


 疲れ気味だが平坦な声で言って、クランルームへと戻ろうとする。


 それを呆れながら引き止めるシャオパイ。


 NPCがそう言える程度のことなら、わざわざ大仰にしなくても良いことだろう。


「ただの物理弾だけ使ったとしても、割に合わないわよ。接近戦を挑んだとしても、無傷なのはおかしいのよ? まさか、バグを使ったんじゃないでしょうね?」


 下手をすれば負けて装備全てを失う可能性もあり、勝ったとしても消費する銃弾だけで赤字が出る相手だ。


 それを逃げずに戦って倒したわけだから、何かズルをしたと疑われても仕方のないことではなかろうか。


「そんなんじゃねぇよ。ちょっとしたコツがあるんだ」


 飄然(ひょうぜん)と答えてから、ザ・カシはクランルーム行きのエレベータに乗り込む。


 逃げるよう扉を閉めたため、シャオパイもそれ以上何も言えなかった。


 寝たを明かすと簡単なことだ。バジリスクはその動作に固定のプログラムがあるらしく、人工知能(A.I)が働かない。


 故に、安定位置。略して『安置』が存在する。


 要するに、攻撃を受けない地点や立ち位置がある。


(安置があるなんて言ったら、修正されるかもしれないだろぉ? たぶん、開発段階でのプログラムがそのまま残ってんだろうな)


 いくらかのモンスターにはその安置があるため、ザ・カシは密かにそれを利用していた。


 バジリスクなど尻尾の付け根まで潜り込めば攻撃を受けないのに、近接武器で胴体部へ攻撃できる。


 すると、尻尾で地面を薙ぎ払う。尻尾攻撃が来る前にバーニアスラスタで宙を移動して、反対へと潜り込めば再び安置を取れるという寸法だ。


 縄跳びみたいにそれを繰り返せば、簡単にバジリスクを狩ることができる。あまり触れ回ると三年分のアドバンテージがなくなるので、自分だけがソロ狩りの時に利用する程度だが。


 A.Iの導入により開発が遅れ、リリースされることのなかったβテスト版の残骸だと思われる。


「さて、疲れたな……」


 一人呟き、“パラスアームズ”から体を離脱させた。

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