2食目1皿~諦めの境地に立ってこそ食えるノリチーズオカカおにぎり~
――新たなる者が――
――この地に舞い降りたる――
――全ての種を支配するは――
――支配者を除き――
――魂無き者を除き――
――我らの魂を支配する時――
――秘された伝説蘇る――
――覇道を歩む者配下を引き連れ――
――伝説に挑むことを許されん――
(ハッ……? また、か。もう、聞き飽きたっつーの……)
目を冷ますと、そこは薄暗いクランルームだった。
まだ小さな円卓を前に、革張りの椅子に身体を預けて寝ていたらしい。
未だに頭の中で響いているのは、“異星Chalice-0”に伝わる『伝説』である。夢見るほどに、何度聞いたことか。
三年前、ゲームサービス開始時から噂されていた『伝説のレイドイベント』の言い伝えだ。
「まだ、遠いな」
僅かな明かりが灯るだけの天井を見上げ、ザ・カシは呟いた。
イベントの解放条件も不明な上、そもそもそんなイベントがあるかすら公表されていないのである。
運営に確認しても、『ゲーム内の情報に関しては皆さんの手で得てください。』とお茶を濁される。
そんな事情もあり、ザ・カシの伝説を追い求める道は前途さえわからない状態なのだ。
そして今では、伝説は忘れ去られ語る者は失笑さえを受けるようになった。信じて止まぬ人など、ザ・カシ達と信心深い老人達ぐらいだった。
その上で、脳内メシである“ソウル・フード”が鍵などと言った日には、後ろ指で笑われる。
「とりあえず、一人作戦会議の結果、資金を稼がないと行動も起こせやしないわけだ」
一人で、やれやれと肩を竦めた。
伝説捜索が困難な中、資金難が更に拍車を掛けてくる。昨晩考えた結果の分かり切った問題を解決すべく動き出す。
ザ・カシも朝飯もしくは昼飯を済ませて、再びゲームの世界へと戻ってくる。それぐらいには、ゲームジャンキーと言えるだろう。
家のどこにもにドワッコ達が居ないので、既に逢瀬に出掛けた時間であろうと推測する。
それに、今日はアルバイトのシフトも入っていないため、存分に資金稼ぎができるとうものだ。
「さて、準備もできたし、今日は世間のシガラミから離れて楽しみますか!」
パシッと気合を入れ直したら、“パラスアームズ”を装着する。
鎧に手足を通すと同時に、手首に冷たい何かがまとわりついてくる。SFでは珍しくないぴっちりと着こなす感じの、ゴム質のスーツすら通り抜けて。
まるで皮膚をこじ開けて、肉の隙間へと侵食してくるようだ。
このまま止まらずに、脳神経まで到達する気さえする。
自分が乗っ取られてしまうのではないかという恐ろしさ。
自然と宙に表示された緑色の映像に、理解するには小難しい文字や数字が並ぶ。時間をかければ読み解くこともできるのだろうが、素早く流れるため挑戦することはない。
読めたとしても専門用語ばかりで理解不可能だろうが。
(……“パラスダイト”の、神経接続完了。準備も、よしっ)
わかるのは、侵食が止まったということだけだった。
鎧の全身が思い通りに動くことを確認すると、カシンッカシンッと軽い足取りでエレベータに乗り込んだ。
上階へ上がれば、いつものようにマーマとシャオパイが佇んでいる。
「あら、お出かけ?」
「あぁ、一狩りと洒落込んでくるつもりだ。えー、タイラン良いか?」
シャオパイに応え、男性の方であるタイランに声をかけるザ・カシ。
「大丈夫だよ。何かお薦めはあったかなぁ」
タイランが給仕を一区切りして、カウンタへと戻ってきた。
「ソロ?」
「ソロ。金になれば何でも良いからよ」
短いやり取りをして、タイランの作業工程を見つめるだけとなる。
宙に出現させたインベントリ似の映像を右から左、左から右と目を通していく。
(こんなにフランクなのが、ノン・プレイヤ・キャラクタとはねぇ……)
「あぁ、これなんてどうかな?」
フッと手を止めて、他所見をしていたザ・カシに声を掛けてくる。
「あ、あぁ、なになに?」
僅かに戸惑いを見せる姿に、タイランが小さく口元を綻ばせる。
シャオパイも声に出さない程度に笑い、マーマに至ってはこちらを向いておらずとも面白がっているのが伝わってくるほどだ。
(ぐぬ……。まぁ、うん、所詮はNPCだ)
「商工会から回ってきたものだね。第二コロニーへの道をオークの集団が塞いでいるので、排除して欲しいってことだね。報酬は2000ブラド」
概要を説明しつつも、映像をザ・カシの方へ向けてくれる。
機械的な感じがないのは、作業感が無くなって嬉しい。しかし、反応が流暢過ぎるのも困りものだった。
「わかった。他のプレイヤに盗られる前に片付けてくる」
出掛けの挨拶を軽くすると、町を抜けて昨日と同じ森へと入っていく。
~ノウツィーの密林~
迷いなく疾駆する。
ダッ、ダッ、ダッ。
移動中、ザ・カシはユーザー・インタフェイスからインベントリと似た映像を浮かび上がらせる。違いは、『オペレート』という大見出しがあって、完全に正立方体へ変形するということだろうか。
半透明の緑色に、縦横のグリッド線が描かれている。自身を表す簡単な人型を中心に、少し太い目の白線が上下前後左右に伸びる。
人型を120度角くらいの三角錐がランダムに動き回っているが、ザ・カシはそこに法則性があることを知っている。
三角錐に重なる範囲には大樹などの障害物、更には生物もおおよそデフォルメされた像として映る。
(そろそろ目的地か? 正面に、敵影が五つ。目標のオークだな)
要するにレーダーである。
三角錐の動きを読み、次の操作を行った。
「オペレータ。応援要請だ」
またしてもU.Iを表示し、オペレート画面で音声マイクのアイコンに話しかけるのだ。
すると、オペレート画面がスーッと変形して、人間の胸部から上だけの3Dモデルになった。
(うーん、相変わらず、きめぇ……)
単純な見た目もそうだが、一切に曲線がないほぼ透明なテクスチャも不気味である。更に厳しいのは、その表情だ。
ニタニタとした奇妙な笑みを浮かべて見えのは気の所為だろうか。
プレイヤがピンチの際もこの表情であるため、余計に気味悪いと少なくはない不評を買っている。
(と、考えてる暇はないな)
サービス運営側の思惑はさておき、サポートキャラである“マッティア”を引き連れて走行を維持する。
ギリギリで呼び出したのは、ヌルッとした移動速度が原因である。
そして、跳躍と同時に立ち並ぶ大樹の幹へと足を掛け、一気に木々の向こうへと躍り出る。
ザンッと草葉を引き裂き地面に着地。
人とは思えないものの頭と体と四肢を持った異形達の前へと、到達した。
「なに!?」「※□&#!」
頭部と思しき位置の、上下に開いた割れ目から声を発しているのか。
異形が、唐突に現れたザ・カシ達を見て、戸惑いの声を上げる。
「メインウェポン!」
“マッティア”に命じれば、すぐさまインベントリを表示して操作してくれる。
背面装甲が開き、ガシンッと銃が飛び出してくる。キラッとシルバーフレームが煌めけば、次の瞬間にはダダダダダッと三十発のマズルフラッシュが木漏れ日の森を彩る。
「ぐっ!」「ぎゃっ!」「チーン」「%$〒!」
丸太を無作為にくっつけ人型を作ったような、四つの異形が悲鳴を上げる。
胴体だけが肥大化した姿はいささか醜悪であった。
「月曜日の昼、オーク討伐依頼。予想通りっ。物理弾とマガジン!」
内心でガッツポーズを取りつつ、マガジン交換して次の迎撃体勢に入る。
良くできたゲームでも、特定のクエストやイベントに限っては固定というものは珍しくない。
ザ・カシは、三年近い経験からゲームの細部を知り尽くしていると言っても過言ではない。
名前[なし] 種族[オーク] 職業[なし] ARM[なし]
TEC[1]+[2]+[0]+[0]
SPE[0]+[1]+[0]+[0]
INT[0]+[1]+[0]+[0]
SAN[1]+[1]+[0]+[0]
H.P[0/70]
A.P[0/0]
MWE[なし]
SWE[なし]
MEL[丸太]
TAC[なし]
BUL[なし]
S.F[なし]
ABN[なし]
SPC[なし]
BLD[30]
この程度の単純なオークのステータスなど、頭の中にインプットされている。
ちなみにオークと言えば、ファンタジーではポピュラーと言える種類のモンスターだろう。
それが所謂『ウッドゴーレム』としてか、豚面もしくは醜貌の巨漢かの違いかは議論の余地がある。
2メートル半ほどの大きさで丸太をくっつけた酷い造形の怪物という、折衷案が出てくるのは致し方ない。
こうしたポピュラーなモンスター達を、異星という舞台に合うようデザインしたのも好きだった。




