七食目4皿
少し眺めて、アイスクリームの出来損ないか何かに思えた。
「アイスクリームだよ。正しくは違うんだろうけど」
小太り少年は言って、ティースプーンで掬い上げた未完成品を口に放り込んだ。
ちゃんと食べられるということは確認できたので、娘も恐る恐るスプーンで一口分を切り取った。
「友情の証。牛乳に砂糖を混ぜて、氷と塩の中で転がしたんだ。簡単に作れるから、妹にも人気でね」
躊躇っているのを気にしたのか、求めても居ない説明をしてくれた。別にそんなものが欲しいとは思っていなかったものの、友達として認めてくれたことは嬉しかった。
娘が頬張り、舌の上で冷たくザラザラとした感触を転がす。
かき氷よりも細かくて、ジェラートと言うべきだろう。酒類が入っていればグラニテかソルベと呼べたし、卵白などが含まれていたならシャーベットである。
アイスクリームに分類するには、少しミルク感が足りていない。低脂肪乳が増えた所為だが、生クリームを足せばほどほどラクトアイスっぽくなることだろう。
火照った頭に冷たさと甘さと、バニラエッセンスのフワリとした香りが抜けていく。甘味はねっとりと、しかしさっぱりした融氷が喉へと流れ落ちる。
「~~~ッ! はぁ~……」
冷たいお菓子を食べているというのに、熱い息が漏れてしまった。
ハッと直ぐに口を塞いで、紅潮させた顔を伏せる。
「?」
「!」
少年はどうしたのかと顔を覗き込もうとしたが、直ぐに顔を背けられてしまった。
(べ、別にすっごく美味しかったとか、そういうわけじゃなくて……。あ、だからってこいつがカッコイイとかじゃないしッ)
必死に心中で取り繕おうとするも、足掻けば足掻くほど自分の中で語るに落ちていった。
ちなみに、味については最高には満たないまでも今までに食べたことのない味である。そのことは、きっとこの先にも心に残り続けるだろう。
「ごちそうさま」
「おそまつさま」
お礼を言うと、子供らしからぬ謙遜が返ってきた。
何がというわけではないものの、面白かったためクスクス笑いを漏らす。
食べ終えた以後は、二人は木陰の中に座り込み雑談に花を咲かせる。プリティー・キュアーの誰が好きだとか、甲虫機動隊に出てくるタチクモというマシンも出てくれないものかとか、他愛のない話であった。
後、他にも。
~何年後かの元の日・移動先のクランルームにて~
「フフッ……」
思い出にふけていたジャスは、懐かしさのあまり微笑んでしまった。
周囲で見ていた者達にしてみれば、いきなり笑いだしたことを訝しんだことだろう。頭がおかしくなったのかと、疑いもしたかもしれない。
「どうした?」
ザ・カシが問いかけてきたので、なんでもないと首を横に振って答えた。
「そうね。どんなに絶望的な状況でも、諦めなかった」
ジャスは悪であったはずの男を見据えて言った。目に光が宿ったのを見届けて、彼も口を吊り上げて応える。
素直にステータスの開放処理を行うものの、それは決して敗北によるものではないと言い張っているようだった。
ザ・カシが表示を見て、悪人らしく挑発的な声で言う。
「手作りのアイスとは」
あの日覚えて帰ったのは、子供向けの科学誌にでも乗っていそうなアイスの作り方だった。
市販のアイスクリームなどを食べるよりも、脂肪分や甘みの調整ができるためダイエットにも重宝している。それ以上に、手作りアイスを食べると頑張れるような気がするのだった。
少しして、代わり映えしないいつものジェラートが目の前に出てくる。
「いただきます。と言いたいところだけど、覚えておきなさい。いつか、貴方の寝首を掻いてやるんだから」
「召し上がれ。と言いたいところだけど、やってみろって返しておくよ」
ジャスの本気の強がりに、ザ・カシも余裕ぶって応えるのだった。
そして冷えに冷えた氷菓を食べる。
「~~~ッ!」
美味しさと一緒に、記憶にあるあの冷たさが脳を突き抜けていった。
食べ終わる頃までに、そこらで同じ反応が何度も起こった。他の皆も、ついつい食べたくなったらしい。
「さっぱりしてて食べやすいのん」「夏は冷たいもの食べ過ぎちゃうから、こういうのも良いね」「……」「うん?」
同じ女の子の中ではなかなかの好評だが、一人だけ反応が妙だ。
食べるには食べるため気に入らないというわけでもなさそうだが、少し不機嫌さを感じさせている。気にした筋肉まんとうは、ドワッコに話しかけた。
「いや、なんでもない。良くある子ども科学誌のネタだし。ハグッホォォォォォー!」」
ポツリと返事をして、残りをかき込んだせいで頭の痛みに悶えることとなった。
一足早いデザートが終わったところで、ジャスにとっては地獄のネタバラシ大会である。
「えー、一番うるさそうなのが沈黙しているところで、本当のことを教えるんよ」
「あー、うん……そうだね」
「はい?」
マリアとカールの妙な反応に、嫌な予感を覚え始めているようだった。
「騙すつもりがあったとか、そういうことじゃないんッ。だから、落ち着いて聞いて欲しいん」
慎重派らしい前置きをしてくれるので、やはり予感は確信に変わり始めた。
「見ての通り、ザ・カシさんはそれほど悪い人じゃなくて……」
困ったように笑うくせっ毛の少女のセリフが、根拠のない確証へとなった。
そう、ジャスは気づいてしまったのである。
マリアは別にしても、言うほど無理やり奴隷にされた可哀想な女の子達は居なかったのだと。現に、“ソウル・フード”の『レシピ・グリモワール』に∀ジャスティス∀の名前を登録しておいて、何かをする様子が見られないのである。
「……知ってた」
ズーンと落ち込んで、一人涙を流すのだった。せめてもの強がりを言って。
「だ、だからごめんいっとるんよッ」
「ホントは、少しずつでも説得していこうって思ってたんだよ。予想外のことで遭遇しちゃったけど。本当にごめんなさい!」
二人が慰めと同時に謝罪を口にした。
別に怒っているわけではないし、過ぎたことをとやかく言う人間でもない。一定のところまで過ぎないと、聞く耳を持たない頭でっかちだと思われていたことが問題なのである。
そんな一面があることは確かなので、文句を言うに言えない自分もいる。
「私って頭が凝り固まってる……?」
「……」「……」「……」「……」「……」
ジャスの訊いに、皆思い思いに視線を逸した。もはや、その沈黙が答えだった。
また落ち込んだ。
「そういう風に思われてたなんて……」
「落ち込むなって! ジャスには期待してるんだから」
ザ・カシは彼女の“パラスアームズ”の背中、バックパック部分をポンポンと叩いて励ました。
加えて、思い出したように言葉を続ける。
「そう言えば、あそこを歩いてたってことは何か用事があったんじゃないか?」
「あッ……」
ジャスはその言葉で、自分がラボ999から依頼を受けていたことを思い出した。
まだ時間はあるものの、作業終了が遅くなったらそれはそれでキツい課題が与えられる可能性もある。
「ちょっとラボまで行ってくる!」
「またあそこなん!? もぉ、私も手伝うんよ!」
「わ、私も!」
ザ・カシ達に見送られて、大慌てで駆け出していく三人。
「依頼終了時に連絡をくれ。色々とラボにも伝えないといけないことがあるかもしれないから」
ジャスの背中に、そんな声が投げかけられた。
後で聞いた話では、どうやら第一周辺調査拠点を出るらしい。次のイベントのために、別の周辺活動拠点へと向かうということである。
なるほどと、ジャスは思い至った。
一年に一度にして、Grin Polygon's Shooting Game最大のイベント『コロニー防衛戦』である。




