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七食目2皿

 胸を締め付けるような不安に、一も二もなくザ・カシとか言う男達の方へと走った。


(まさか、二人の距離が縮まったのって……同族意識!?)


 ∀ジャスティス∀も気づいていないが、たまに発動させるこの妄想が厄介であった。


 ザ・カシ達が企んでいるのは、“ソウル・フード”を奪って奴隷を作ることだ。ならば、友達二人も魔の手に堕ちた可能性が高い。よって、マリアとカールは心の傷を舐め合うことで気持ちを近づけた。


 そのような等式が、正義を志す少女の頭の中では出来上がったのである。


(ま、待ってよ……。ここで、私が引き離して良いの? それが、二人にとって幸せなことなの? 例え歪んだ形とは言っても、マリアが望んでいた通りだわ。二人共、笑ってるじゃない……)


 フと立ち止まり、∀ジャスティス∀は自問自答した。


 奴隷に堕ちてザ・カシ達に体を蹂躙されているとしても、それを通して愛が成就しているのならば自分の一存で壊して良いものではない。


 そんな状況で、本当に幸せな愛と言えるのかは甚だ疑問ではあるが、笑っているのだから不幸ではないと言い切れるのではないだろうか。


 十数年しか生きていない小娘が、矮小な経験で判断などできるはずもなく。卑猥な内容の本などは、ネットワークの海に溢れてきたものをちょっと見かけた程度である。知識としては不十分だった。


 このように、人並みの羞恥心から確かめもせずに無駄な妄想をする危険性がある。下手な餌を与えるべきではない。


「……無理に決まってるじゃない」


 ∀ジャスティス∀は、自身の豊かな想像力で戦わずして心を折った。


(だって、私一人でマリア達を解放できるはずないもの。それなら、皆仲良く堕ちた方が……)


 ∀ジャスティス∀の中で正義が揺らぎ始めていた。


 彼女にだって、正しき道を志すきっかけぐらいはあったのである。それは酷くちっぽけな理由で、人に話せば笑われてしまうことだろう。


(『甲虫機動隊』は、草生(くさなり)少佐みたいにはなれませんでした……)


 漫画またはアニメに出てくる登場人物に憧れた。そんなことで目指した正義が、貫けるはずなどなかったのである。


 同年代くらい以下には、きっかけの作品すらわからないレベルだ。∀ジャスティス∀だって、父親がファンでなければ知りもしなかっただろう。


 悔しさを噛み締めて、自身の弱さを嘆きながらも前へと進んでいく。


「二人とも……あ」


 気がつけばザ・カシ達に向かって話しかけていた。ちっぽけな自分を受け入れてくれた友達へと。


「ゲッ」「ジャ、ジャス、ちゃん……」


 二人の顔色が変わるものの、巻き込みたくなかったという優しさを考えれば、そうなるのも仕方ない。


 良いんだよと、∀ジャスティス∀はできる限り笑いかけようとする。なかなか上手く笑顔になってくれず、困ったような悲しんだような表情が出来上がる。


 それをマリア達がどう捉えたのかはわからないが、目を伏せたのは恥じらいを隠すためだと考えた。


「修羅場か、これ?」


「ちょっと違いますけど、良い状況ではないのは確かですね」


 ドワッコとかいう小さいツインテールが聞いて、筋肉まんとうだったかの大男が答えた。


 確かに、こんな状況を正しく表現する言葉は出てこない。あまり食い下がれば話が拗れるのが見えているので、∀ジャスティス∀は大人しく申し出ることにした。


「私達の負けなんでしょ……?」


「……」「……」


 マリアとカールが、バツが悪そうに上目に見つめてきた。


 ∀ジャスティス∀の居ない昨夜の間に、偶然かそれとも自ら挑んだのか、ザ・カシ達に敗北して奴隷にされたのである。少なからず負い目を感じていても仕方がない話だ。心中を察し、何も言わず首を横に振る。


 その大人しい反応を、誰も予想していなかったらしい。目を丸くした表情が物語っている。


「まぁ、そういうことだな」


 リーダー格であるザ・カシが言った。


「思ったよりあっさりと負けちゃったわね。アンタみたいな悪党を倒して、『これが私のチームのスペックだ』って言ってやりたかったのに」


 こんなときにまで、憧れのヒロインが口にしたセリフが出てきてしまう。


 最後の強がりぐらい良いだろうと、∀ジャスティス∀は自嘲気味に笑って男を見据える。


「二人共、弱いリーダーでごめんね。でも、貴女達だけに辛い思いはさせないから。私にも“ソウルフード”を食べさせて」


 マリアとカールにも助けられないことを謝り、ザ・カシに向かって頭を下げる。


(思ったよりすんなり言葉が出たわね……。最初から、勝てないってわかってたのかも)


 意外なことに驚きつつも、∀ジャスティス∀は内面の自分を探り当てて納得した。


 しかし、それよりも意外な返事が聞こえてくる。


「食べさせるのは構わない。だが、納得はいかないな」


「ど、どういうことよ? 男が喜びそうな本みたいに言えとでも?」


 「納得できないのはこちらの方よ」とでも言いってやりたいが、ついつい強がりの皮肉が出てしまった。


 ネットワークの海に限らず、友人の男兄弟が集めたブツを見た程度の知識しかないが。


「ちょいと話が飛躍しすぎじゃねぇ? まさかムッツリ? 実は期待しちゃってたり?」


「ドワッコ、ちょっと静かにしててくれ。話がややこしくなる」


「むぅ……」


 ザ・カシは割り込んできたドワッコを筋肉まんとうの方へと追いやり、話を続けるかどうかを見定める。


 ∀ジャスティス∀は酷い侮辱を受けた気分になったものの、今は言い争っても仕方ないので深呼吸を一度。なんとか怒りを沈める。


「ふぅ。そういうことではないのはわかったけど、ちゃんと意味を教えて欲しいわ」


「根は悪い奴じゃないんだ、すまないな。えーと、∀ジャスティス∀で良いんだっけ?」


「ジャスで良いわ。呼びづらいだろうし、そっちの方が聞き慣れてるもの」


 思った以上に、会話がスラスラ進んでいった。


「そうか。まぁ、俺が言いたいのはだな。ジャスの信じた正義はそんなものか? ってこと」


「ッ! そんなこと……」


 ザ・カシの言葉に、すんなりと諦めそうになっていた自分を恥じて、顔を怒りに染めた。


 それだけではなく、∀ジャスティス∀改めジャスにとってその言葉には重要な意味があったからだった。


(なんでそのセリフをこんなところで聞かなきゃいけないの!? ただの偶然……? そうよ。こんな言葉、どこにでも!)


 思い込もうとした。大事な言葉だったから。


 今日という日まで正義を貫こうとした理由は、それを言われたことがきっかけだったはず。憧れたのは、単なる子供心。信じたのは、名前も知らない友との約束。


 ジャスは子供の頃の記憶を掘り返して行く。


~ある日の回想~


 夏の暑い日だったのを覚えている。


 少女は電脳化の施術をした後、退院を機に家族で旅行にでかけた。道中、迷い込んだのは住宅地だった。加えて車のエンストトラブルという、踏んだり蹴ったりの状況となった。


「はぁ、散々だ……」


 日差しが引っ張り出したのか、それともボンネットの熱か、油で汚れた汗を拭ってボヤく父親。


 中学生の半ばで親友となる二人に出会う前の、娘にはそんなことさえも楽しい一時だった。世界が変わったのだから。


「えぇ。では、こちらの位置情報を送ります。一時間ぐらいですね?」


 母親は直ぐにロードサービスへ連絡するも、行楽時期のため少し時間がかかるらしい。


「ちょっと遊んでくる!」


「遠くに行っちゃダメよ」


「はーい!」


 待ち時間があるため、娘は住宅地に一つしかない公園で時間を潰す。娘はちゃんと断りを入れてから、急ぎ足に目的の場所へと走った。


 小さい公共施設とは言え、少数ながらネットワークのアクセスポイントが設置されていた。


 一昔前の電話ボックスなる箱型空間の置かれた光景が近い。中には公衆電話ではなく、サーバー用の筐体(きょうたい)みたいな機器がある。


 娘の家では、まだ電脳用の接続機を取り付けている最中だった。この旅行も施工のために家を空ける目的があった。


「フン~♪ フフ~♪」


 電脳の世界を堪能できるまたとない機会に、思わず鼻歌が漏れる。

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