七食目1皿~思い出の出会いとアイスクリーム~
とある女性は学校から帰り、シャワーで汗を軽く流した。
少し急いで来たせいで、秋の半ばだと言うのに汗をかいてしまっていた。暑い日が本当に長く続いたというのも一因だ。
セミロングの髪をタオルで拭き終えると、ワイシャツ一枚でゲームを起動する。友人二人は、テストの再試をしている間に帰ってしまった。
薄情なものだと思うが、本当ならもう一時間は帰れなかった再試験である。先に帰ってくれて良かったとも思う。
「っと言うわけで、早く帰ってきてやったわよ。ちょっと脅かしてやろっと」
キヒヒッと悪い笑いを浮かべて、友人達がどんな反応をするか想像した。
ゲーム機から端子のケーブルを引き出し、首筋の電脳に差し込みログイン。第一周辺活動拠点の村長宅から、地下へと入ったところにあるクランルームでアバターが現れた。
視界が明けると、そこにいるはずの二人の姿がない。
「あれ? 二人だけで依頼を受けちゃった? まぁ仕方ないし、私もソロでやれそうなのを受けて待とっと」
本当であれば後一時間は掛かっていたのだから、女性こと∀ジャスティス∀を待たずに出ていっても仕方なかった。もちろん、待っていてくれれば嬉しかったに決まっている。
今日、学校での友人達マリアとカールを見ていると、何やら関係が良くなったように思えたのである。
二人の間にあった妙なわだかまりに気付かないほど、∀ジャスティス∀とて鈍くは無いというものだ。
仲が進展した二人だけにしておくのも、友情としての気遣いではないかとも考えた。故に、不満を訴えてもどうしようもないため一人寂しく依頼をこなすことにするのだった。
「こんにちは、村長さん」
「おぉ、こんにちはじゃ。クランメンバーのお薦めを聞いていくかの?」
ログイン時に既に“パラスアームズ”は装着していたので、そのままエスカレータ式の階段を上って村長さんと挨拶を交わした。
∀ジャスティス∀はいつもと変わらないセリフを聞き流して、ソロで受けられそうな依頼がないかを訊ねる。
「また今度でお願いします。代わりといってはなんですが、サワチャーオワさん、一人でやれそうな仕事入ってないですか?」
「ふむ」
サワツャーオワと呼ばれた老人は直ぐに、机の上にある依頼用の書類へと視線を落とした。
NPCであるため、一定の言動に対して決まった行動をするのである。
しばしの間書類を捲った後、サワチャーオワはその内の一枚を∀ジャスティス∀へ差し出してくる。それを受け取って、内容に目を通して吟味する。
「工場廃棄物の運搬ね。あんまり報酬は良くないけど、変に討伐が発生するよりはマシだわ」
時間つぶしにはちょうど良い仕事だったため、引き受けることを決めて外へと出た。ここで、深く考えなかったことは過ちであり正解であった。
しばし町を歩くこと数十分、視線の先に中心部を示す“マッティア”とかいうお助けキャラクターの石像が見えてくる。余談だが、∀ジャスティス∀はこのマスコットのことがそれほど嫌いではない。余談だ。
中央を東へ行けば商業区、西には住宅街がある。
そんな折、石像の側に人型の光が生まれた。
それが人としての形を成した時、女性であろう人物は“パラスアームズ”用のボディスーツを身に着けているだけだった。
別に珍しいことではないものの、何人かは足を止めてその様子を眺めていた。∀ジャスティス∀も例に漏れずその内の一人だ。
彼女は新規プレイヤと見て間違いないだろう。ゲームの入門用チュートリアルを進めていれば、こうして輸送船団から転送されてくるようなことはない。“パラスアームズ”を身につけていないのも判断材料である。
最たる判断部分は、町の様子をキョロキョロ見渡すお上りさんみたいな仕草だった。
そして、そんな新人に寄っていく男が居る。
「ねぇ、お嬢さん。初めての人だよね? 一人が心細いなら、俺らのクランに入らない? 色々と手取り足取り教えて上げるよ~」
「えっと、あの……」
新人は言い寄られて戸惑っているのだが、周りで見ている通行人は誰も助けようとはしない。
いや、∀ジャスティス∀が先に動いたからその暇がなかったのかもしれない。そう考えることにした。
「貴方、止めなさいよ。彼女が嫌がってるのがわからないの? それとも、常識を手取り足取り教えないとダメなのかしら」
「なんだぁ? お姉ちゃんも混ざりたいの?」
「誰が混ざりたいかッ。それは挑発のつもり? ここでヤろうっていうなら良いわ」
「ずっこんばっこんやるかい?」
「ずっこ? まぁ、こちとら重装よ。泣いたって許さないんだから」
挑発的なナンパ野郎と言い争いになるも、何やら人が集まり始めていた。
「あ? 良くある喧嘩ぐらいで集まってこないでよ……」
「いやぁ、外でピー……と、いたすのがお好みとはとんだ痴女様だぜ」
困惑していると、金髪ロン毛のナンパ野郎の言葉が耳に入ってきた。
漸く、∀ジャスティス∀は自分が暗にどんな会話をしていたのかを悟る。いや、売り言葉に買い言葉とは言っても気付かないのはどうなのだろう。
良い年して、街中で婉曲させつつも公序良俗に反する言葉を言い合っていたのだから。
当然、顔から火が噴くぐらいには恥ずかしい。
「ち、散れ! 散れぇ!」
顔を真っ赤にして野次馬を追い払った。
涼しい顔をしてナンパを続けようとするサーフィンとかしてそうなナンパ野郎にも、とりあえず公的正義鉄槌を振りかざして対処する。
「あんた、十分に迷惑行為よ! 中央警備隊を呼んで欲しくなければさっさと立ち去りなさいッ!」
「あー、はいはい。失礼しましたー」
懲りた様子もなく、男はさっさと歩き去ってしまった。聞き分けが良いやら、公的機関には尻尾を振るのやら。
とりあえずことは片付いたので、∀ジャスティス∀は新人の女性を見る。
「あ、ありがとうございます!」
「い、良いですよ。格好良くもないところを見せちゃいましたし」
こんな手際の悪いやり方でお礼を言われるのも恥ずかしく、∀ジャスティス∀も手を振って誤魔化した。
初心者のために役立つ情報でも渡して、立ち去る算段である。
「商業区へ行けば、大体必要なものは揃います。“パラスアームズ”だと、『チュートリアル』を進めた方が良いかな」
「今、進めている奴ですね。その機械が手に入るんですね」
「うん。えーと、治療や修理の道具は【ウシュ】ってNPCの工務店に一揃い。こまめに使っていけば、H.PやA.Pがゼロになった時より安く済みます」
「なるほど。わかりました」
新人はU.Iの雑多な機能の一つを開いて、∀ジャスティス∀の言うことを逐一メモしていった。
「それから、武器は……」
言おうとして喉にセリフが詰まってしまった。
「……」
「武器は? どうかしました?」
落ち着けば言葉を発せるのだろうが、内心では迷いが出ていた。それでも、首を横に振って自分の浅ましさを払う。
「いえ、その、武器はトコマトってNPCのお店へ行くと戦争できるくらいの準備は可能よ」
「そうですか。色々とありがとうございました」
新人はまた頭を下げてお礼を言うと、タッタカタと商業区方向へ走って行った。
∀ジャスティス∀はそれを見送って、自分も目的地へと向かうことにした。南から来たので、そのまま北へ抜けていけば目的地に着く。
考えてみれば、受けた依頼も管理局999からだ。それに気づいて、10m程先にあるラボの場所を見やった。
「あれは。あれ……? 何で?」
そこに見えたのはマリアとカールの姿だ。それだけならば偶然と片付け、合流して仕事を終わらせるのも良い。
遭遇そのものは偶然とは言え、側に見知った男達がいることに首を捻る。そして、∀ジャスティス∀の脳裏に嫌な想像が過るのだ。
男達の“ソウルフード”という手段による仲間の略取。そして、裏切りという最悪の展開が。




