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6食目7皿

 そこにはしょぼくれたドワッコと他に、緊張した面持ちのザ・カシ達が居た。


 小さな体を更に小さくして、顔を覗き込ませないようにしている。たぶん、恐れているのを見られたくないからだ。


(ドワッコをここまで恐れさせるとは……セリフェ、恐るべし!)


 ザ・カシは、戦慄(せんりつ)すると同時に感心した。


 力ずくで解決できないという制約上、知恵比べを挑んでくる相手には弱いのである。


 眼の前にいるセリフェという女性はそれが得意だ。誰が言ったか、「最低なかぐや姫」である。


「“パラスアームズ”を、私に、大破したものを、見せつけてくれるとは」


 拙い言葉遣いは怒りに打ち震えているのも合わさって、“ヒューマン”の言葉を喋ろうとしているからだった。


 黒髪のぱっつんスタイルがワナワナと震え、吊目がちな赤い眼光がザ・カシ達を順に見定めて行く。


 ドワッコのところで視線が止まった。


「ドッグの残骸、あの惨状を見て、あれについて申し開きはあるか?」


「ヒャヒッ! ありません、サー! いえ、ドク・セリフェッ!」


 問われたドワッコは跳ね上がるように答えた。


「ごめんなさい! 戦闘の上での破損ですから、どうかご容赦を!」


 聞いている他の者達まで冷や汗が流れる、これまでにないぐらいの謝りようだった。


 A.Pがゼロになった“パラスアームズ”は修理され、一日で持ち主のところに戻ってくる。修理費用をいくらか支払って終わる。ゲーム的に言えばただそれだけのことだ。


 しかし、今回は相手とタイミングが悪かった。


「道具であり、兵器でもある。仕方ない、壊れること自体はな。それを見せに、私に、来るのは嫌がらせか?」


 そんなことを言われても、仕方なかった。


 壊れた着の身着のまま、999(スリーナイン)のラボへとやってこなければならなかったのである。依頼に時間制限さえなければ、鎧を修理に出してノウノウとやってくるだけでわからなかったはずだ。


「ヒッ……」


 ドワッコが、睨まれて怯えた。


「もう日が暮れるから、急いでいた。損壊の責任はリーダーである俺にある。妹……ドワッコへの罰は俺が受ける」


 恐ろしいのは皆同じだが、あくまでゲーム内のことだと高を括った。


 ザ・カシは前へ進み出ると、内心では戦々恐々としながらもドワッコを庇う。


「兄貴……!」


 ハッとなって、首を横に振ってきた。それを押し留めて、責任を背負うことを決めた。


 かぐや姫の無理難題に応えられず、“パラスアームズ”に関わる業界から村八分的にされるには、ドワッコはまだ未熟で前途がありすぎた。


「わかった。お前の噂は、聞いている。だから、気に入った、私の、食事を食べさせてみろ。時間は、一時間以内だ」


 承諾したセリフェの顔が、嗜虐的に歪んだのだった。出されたお題は、簡単なようでかなり広義的だった。


「所長殿のお気に入りの食事をもってくれば良いってことか? 制限時間、今から一時間で?」


「あぁ」


 ザ・カシは、散り散りの言葉を整理して必要な条件を確認した。


 これに答えられなかったなら、ザ・カシを一生の笑い者にして反応を楽しむ。それが、精神サディストなかぐや姫と呼ぶべきセリフェの性格だ。


「わかった。適当な場所を借りるけど、気にせず待っていてくれ」


 自信ありげに言うと、その場を離れて皆と相談を始めた。


「……さて、策が無いわけじゃない。しかし、確証がないんで最悪は諦める」


 表情とは裏腹に、出てきた言葉はそれだった。


「お、おまッ……」


「大丈夫だ、ドワッコ。よっぽどの無茶をしない限り、“パラスツール”があればやっていける」


「確かに、ザ・カシの実力ならそれで大丈夫ですね。で、どういう策なんです?」


 ドワッコが馬鹿かと怒りそうになったのを止め、筋肉まんとうと肩を竦め合った。


 訊ねられたので、ザ・カシは一応それについて話していく。


「まず、誰かパソペとその家族を呼んできてくれ。後は、キノコ焼きをご馳走するよ」


「それだけなん? いや、読みは間違いじゃないと思うん」


 「まさかそれだけか?」と言わんばかりの顔をする皆を差し置いて、口を出したのはラボに来てからも沈黙を保っていたマリアだった。


 ちなみに、呼びに行く担当に志願してくれたのはカールだ。歌を教えるという話もあったからだろう。


「そう言う心は?」


 マリアには確証があるらしいので、ザ・カシは確認を取った。


 確信を目に宿してマリアが応える。


「地下のダイヤル錠、偶然でないなら一、四、二と八、五、七。えーと、142と857の和は999なん。要するに、このラボのことなんよ」


(やっぱり、セリフェはパソペの家族か。大方、仕送りできない代わりに地下の案内って名目で、お金を受け取れるようにしたんだな)


 度重なる依頼の件も考えて、『家族と食べるキノコ焼き』というのが難題の答えだと導き出した。


 ラボ自体が“ヒューマン”の管理する機関であるため、お金の流れには煩いのである。


 さておき、ザ・カシは皆が会場のセッティングなどをしている間に調理に取り掛かる。串に刺して焼くだけという簡単な料理だが、素材そのものの旨味を引き立てる火加減を要求される。炭焼きが良いのだが、生憎とそこまでの設備はないためホイル蒸しだ。


 一時間というリミットは直ぐに進んでいき、夜風に吹かれながらの会食となった。


「なるほど、そう来たか」


 用意されたテーブルに着くパソペ達を見て、セリフェはどこか満足そうに笑った。


 嗜虐の笑みで無いことを祈ろう。


「本日のメニューはキノコ焼きでございます。他にご注文があれば、素直にお願いします」


 シェフことザ・カシが料理を運んできた。


 ささやかな皮肉くらいは気にしないのがセリフェの良いところだろう。


「フッ。まぁ、合格にしよう」


 セミロングの髪をなびかせて、ワイシャツ姿で気取って見せた。


 白衣やツナギなどの作業着を嫌うのは、出自ゆえだろうか。窮屈なのを好まない、もしくは型にハマりたくないという心理の現れと予想する。


「ソルねぇ! 早く!」


「あぁ、わかってる。パソペ、元気だったか?」


「ザにぃ、良くしてくれる。パソペ、元気!」


「そうか、それは良かった」


 そんな兄妹家族の語らいが続くと思っていた。


「はぁ、ツッ。熱々だ」


 セルフィが円筒型のキノコを食べようとするも、焼き立ての熱に口を離した。


 すぼめた口でフーフーと息を吹きかける仕草は、どこかキスをしているようにも見える。何度か食べようと舌で温度を確かめる。


「っと、汁が。はむぅ」


 滴る醤油(しょうゆ)味の水気を舐め取ろうとした。そこで、漸く程よく冷めたことを知ったようだった。


 先っぽを咥え込み、ちゅぅちゅぅと回りの汁を吸い取る。やや弾力のある肉厚のキノコで、前歯で噛み切り難いため奥まで送り込んだ。無理に詰め込んだ所為か、頬が裏側からポコリ膨らんで舌がチラリと唇の端に覗く。


「はぁッ、あつっ! こんなに、汁が、たくさん……」


 中に残った醤油と水分が溢れ出し、驚いたセリフェの口から顎へと流れ落ちた。


「……う、うん。なんで目を塞ぐ、ドワッコ?」


「いや、なんとなく。なんで筋肉まんとうは、私の目を塞いでるんだ?」


「自分のも塞いでいるのでイーブンです」


 あくまで、ザ・カシ達はキノコの食事シーンを眺めていただけのはずだった。


「マリア、なんで目隠しするんのかな?」


「い、いや、カールにはちょっと刺激が強いと思ったんよッ」


「刺激って?」


 そう、あくまでセリフェとパソペの家族がキノコを食しているだけであった。

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