1食目2皿
「もちろん、ダメに決まってるでしょう! 奴隷にされちゃうんですよ、奴隷に!」
女流騎士の言葉を、ピシャリと叩き伏せる緑髪。
酷い言われようではあるが、それもあながち間違いではないので否定はしない。
脳の電気信号で味わえる食事、『脳内メシ』を利用した“ソウル・フード”システムの詳細はさておき、今は彼女らから逃げることを優先して動き始める。
「えー……」
女流騎士は、魂の求める食事“ソウル・フード”が食べられず不満そう。
(押せば成功するか……?)
悪いことを考えるも、正義ぶった三人組が邪魔であった。
やはり、出直して再挑戦する方が良さそうだと考えた。ウィークポイントは既に手中なのだから。
「……? おい、リーダーよッ。他の二人がッ」
「何ぃッ!」
凹んだ方が声を上げた。
思案している間に、既に正義組の二名がこちらの背後を取ろうと、ザ・カシらの頭上を移動していたのだった。
この『Grin Polygon's Shooting Game(笑うポリゴンの射撃ゲーム)』と名付けられたVRMMORPGは、戦闘になると2Dの三人称視点に切り替わる。
現に、ザ・カシ達も自分を横からやや俯瞰する様相に見えている。一人称のバーチャルゲームが主流の昨今において、このスタイルは珍しいと言える。
脳がネットワークとつながった現代でこそ楽しめるリアルな一人称視点。
この時代に逆行したような視点変更が、『Grin Polygon's Shooting Game』をクセモノ足らしめている。
全体を見渡せるというのに、見えて居ながら認識できていない。その不可解で不自然な感覚を与えられるのだ。
「ふッ」「と、あわわわッ……」
戸惑っている間にも、障害物の影から樹上へと“バーニア&スラスタ(以下:バーニアスラスタ)”を噴射させて上り、背後へと回り込もうとしている。
(素人ってわけじゃないってことか。しかし……)
ザ・カシから見て、戦術自体は初心者のものではないが手慣れているかと言えばそうでもない。
背後に回り込んでくる二人の内、知性派ではない方。オレンジ色のセミロングをカールさせた少女が穴だ。
卑猥な意味ではない。
そもそも先制の理由はもっと別にあることを、その場の何人かは気づいていた。
「乱数の妙か……? まぁ、イージー、イージー。こんなのイージーだ」
ザ・カシは、呪文のように言い聞かせて真っ直ぐ前を見つめる。
「お前達はそっちの方を抑えてくれ。俺は後ろに穴を開ける」
「了解ッ」「分かりました」
気を取り直し、ザ・カシの指示に二人が了承する。
バッと大地を蹴り上げて駆け出した。
鈍重なパワードスーツに見えるものの、その動きはハリボテと見紛うスムーズなものだ。
この星に現存する特殊な金属のおかげである。
元々はもっと鈍い動きの重機でしかなかったが、感覚神経と繋がることで金属自体が動く。
「ユ……えー、【筋肉まんとう】、いつも通りお願いするぜ!」
「オッケー。行くよ、【ドワッコ】!」
大樹の枝へとバーニアスラスタで飛び乗り、二人が息を合わせて緑髪へと向かって行った。
眼の前にインベントリを表示展開させ、武器欄から各々が武器を選択する。五秒を数えないくらいの間に、鎧の装甲部分が開き銃火器が滑り出してくる。
ドワッコと呼ばれた小さい女が、両脚部からサブマシンガンを取る。少しゴテゴテとしてはいるが、丁字型のシンプルな銃である。
足並みを揃えて、背中からポップしてくる巨大な金属のパンチグローブとでも言うべき武器を、筋肉まんとうが器用に装着する。
(ドワッコのゲームセンスに期待か……。筋肉まんとうは、まぁ、大丈夫だろ)
駆けて行く二人を横目に、ザ・カシも頭上の敵に追いすがった。
直ぐ前を向き直すと、同じように武器欄から得物を選択。こちらも背中から、一丁の銃を取り出した。
銃身1.5m程度、シルバーフレームのごっつい感じがするアサルトライフルだ。
知的っ娘も同じ武器で、オレンジカールはショットガンである。
(なんともアンバランスな選択だな……)
「同じ武器なんね。負ける気はないのん」
「そうかい。じゃあ、お手並み拝見と行こうか!」
知的っ娘に答えて、ザ・カシは彼女へ向かうフリをしつつ、オレンジカールのいる樹上へと飛び上がった。
おどおどとした態度が見て取れるオレンジカールが、こうしたゲームに不慣れなのは直ぐにわかったからである。
そんな素人丸出しのプレイヤが、近距離射撃を主体とするショットガンを使っている。ましてや一歩前へ突出しているわけだから、その状況をザ・カシは見逃さない。
狙わない理由がどこにあろうか。
「なッ! 卑怯なのん!」
「ひぃッ! ど、どうしたら……!?」
「カールッ!! なんとかするん!」
見た目のまんまの名前を呼ばれたオレンジカール娘は、怯えて反応することができない。
ザ・カシの射撃が、容易く足の装甲を叩く。それで機動性が落とせるというわけではないものの、素人の女の子には十分な効果があった。
「ヒヤァァァァァァァッ! 来ないで! 来ないでぇッ!」
ダンッ、ダンッ、ダンッ。
無差別に、手当たり次第に撃ちまくる。
不安で脆くなっていた心は、小さな亀裂一つで恐慌状態に陥ってしまう。
「カール! 落ち着くのん……! カール女帝!」
(じょて……? カール大帝の捩り?)
知的少女が何度も呼びかけるも、散弾を撃ち尽くしすまで止まらなかった。
ザ・カシがピョンピョンと周囲を移動する所為で、オレンジカール改めカール女帝が弾をばらまきまくる。
自然と知的少女も近づけないし、フレンドリ・ファイアを恐れてこちらを撃てずにいる。
「ハァ……ハァ……」
ショットシェルが切れたところで、カール大帝が肩で息をする。
もう何も吐き出さない銃を握りしめて、無意味に撃つ真似を続けるだけだ。
「すまん、ちょっと脅かしすぎた……」
涙目になって荒い呼吸を繰り返すカール女帝に、ついつい謝ってしまう。
(緊急ログアウトなんてさせてたら、流石になぁ……)
「は、離れるのんッ!」
知的っ娘が銃口を向けてくるが、フレンドリ・ファイアを避けているのがわかるので悠長に構えられる。
後ろを振り向き、ドワッコと筋肉まんとうの様子を確認した。
パンチグローブ、ゲーム的には『グラブ』と呼ぶべきもので、緑髪に殴りかかっていくところだ。
(さすがシールドとヘヴィアーマーの重装スタイル。筋肉の攻撃を受けても耐えるかぁ。二人がかりでも、手負いじゃ難しかったな)
戦術的には正しかったことを再確認し、小さくため息を吐いた。
ドンッ、ガーンッ。
緑髪は巨大な盾を持って、筋肉まんとうの殴打を受け止めてみせる。
機動部隊とか軍隊が使っている、鉄板に窓がついているようなのを更に大きくした感じか。
ライオットシールド、防弾のものだとバリスティックシールドという名前だ。ただし、『シールド』がゲーム内での名称である。
(ハハハッ、名前、正義そのものかよ……!)
緑髪少女の名前が、【∀ジャスティス∀】だとわかっただけでも良しとする。おまけに、装備の一つがわかる程度のダメージは与えてくれている。
「もう良い! 引くぞ!」
仲間二人の方が大変であると見て、ザ・カシはすぐさま撤退を敢行する。
名前[ドワッコ] 種族[ドワーフ型] 職業[] ARM[ライトアーマー]
TEC[1]+[4]+[]+[0]
SPE[3]+[2]+[]+[1]
INT[1]+[4]+[0]+[0]
SAN[2]+[4]+[1]+[1]
H.P[11/100]
A.P[5/80]
MWE[サブマシンガン]
SWE[サブマシンガン]
MEL[ダブルスター]
TAC[スモークグレネード]
BUL[物理弾]
S.F[カラアゲ]
ABN[なし]
SPC[]
BLD[1217]
名前[筋肉まんとう] 種族[] 職業[格闘家] ARM[ヘヴィアーマー]
TEC[2]+[5]+[3]+[-1]
SPE[1]+[4]+[2]+[-1]
INT[3]+[2]+[0]+[]
SAN[2]+[3]+[1]+[]
H.P[24/100]
A.P[12/100]
MWE[なし]
SWE[なし]
MEL[グラブ]
TAC[]
BUL[なし]
S.F[]
ABN[なし]
SPC[]
BLD[1552]
残りのヒット・ポイントの通り、もはや一刻の猶予もないわけだ。
「逃げるん!? トンズラなんて使わせんよ!」
知的少女が、ザ・カシ達を逃がすまいと狙いを定める。
しかし、これ以上戦ってもメリットが無いことくらい直ぐに気づいただろう。
∀ジャスティス∀も、女流騎士を守れた以上は深追いしなくても良いとわかるはずだ。
しかし、ここで逃がすのが正しいのか否か。
「……はッ!」「グッ! グゥッ!」
そんな一瞬の迷いを突いて、ザ・カシが知的少女に向けて威嚇射撃した。
筋肉まんとうも殴りからのノックバックで∀ジャスティス∀の隙を作り、更にはドワッコがサブマシンガンで追加の牽制を与える。
三人が集まったところで、ドワッコが地面にスモークグレネードを転がす。
吹き出た煙幕が、彼らを白く包み隠したのだった。
1時くらいに3話目投稿予定。




