6食目4皿
ベチリッ。
対岸は2D視点の手前に当たるため、こちらへ飛んできて顔をぶつける演出になる。
元からグロテスクな見た目なので気持ちの良いものではないが。
図工用粘土を引き伸ばして千切ったような手足を、黒と紫と抹茶色をマーブルに混ぜ合わせた柄にくっつけた姿。
その柄もまた、繊維状の軸が数十本とまとまってできている。触手が絡んで蠢くような様相で、非常に嫌悪感を催させる。
カサの部分は一定の形状がなく、半球状や平型、それらに近いものならマシな方だ。ニョロニョロ、ヌメヌメ、他にアミガサタケ型などがワーストに入ってくる。ナンバーワンはブリーディング・トゥースという種だ。
目はいずれとも小さめで黒く円である。
「このッ。コホッ……飛んでいくん!」
マリアが足で挟み込んだマタンゴBを引っこ抜き、同じく対岸へと投げつけた。
またしてもベチッとツチグリ型の頭が潰れて滑り落ちていく。
「キノコ、ギュギュゥー」
「よっしゃ!」
「アビャビャビャッ!?」「キノコ、ギノォゴォッ!」
離れたのを見て、ドワッコは対岸のマタンゴ達に銃弾を浴びせた。
小さめの体はそれだけで弾け飛ぶ。まだ生きている半身に、マリアもインベントリ武器欄からアサルトライフルを取り出して追撃を加える。
「10コンボだドン……ゴホゴホッ。ハァ、ハァッ」
二匹を片付けて一息を吐いた。
けれど、毒の胞子がかなり肺に回っている様子だ。
「ケホッ……う、うぅ……」
カールも酷い状態らしく、この戦場の中で膝を折ってしまった。
「カールッ? 大丈夫、なん? これ、解毒……グッ」
マリアは、自分よりも深刻だと見たのかインベントリの“解毒薬”をカールに飲ませようとした。
タイミングからみてどちらも同じ程度の胞子を吸入しているはずだが、なおも友を支えられるのは精神力の為せるわざか。
しかし、その友人は意識が朦朧としているようだ。本当に身体への異常があるわけでは無いものの、呼吸数などで判断されたゲーム演出である。
落ち着いた場所であれば別の手段で投与できただろう。
「飲め、ケホッ……ないん? ケホッ。今、なんとかするんよ」
「ヒュー、ヒュー……」
薬瓶を差し出しても反応を示さずにか細い呼吸をするだけのカールに、マリアもどうしたものかと悩みあぐねた。
「ドワッコ、筋肉、そっちは?」
「問題ねぇ。ちゃっちゃと終わらせるッ」
「後二体!」
「大丈夫ッ」
仲間の危機から脱するため、ザ・カシもアサルトライフルに持ち替えて急ぎマタンゴ達を殲滅していった。
ドワッコは相変わらずの軽口を叩いてみせ、筋肉まんとうが残りのマタンゴへと肉迫する。聞いてはいないが、重機の陰をチョロチョロと逃げていたパソペも報告してくれる。
マタンゴは身軽な動きのモンスターだが、ただただ突っ込んでくるだけの敵に恐れる三人ではない。
中には“パラスダイト”に寄生されている個体もいるが、『オリハルコン』でもなければまず大丈夫だ。
名前[なし] 種族[マタンゴ] 職業[なし] ARM[なし]
TEC[2]+[2]+[0]+[0]
SPE[1]+[1]+[0]+[0]
INT[0]+[0]+[0]+[0]
SAN[1]+[2]+[0]+[0]
H.P[0/50]
A.P[0/0]
MWE[なし]
SWE[なし]
MEL[カサ]
TAC[毒胞子]
BUL[なし]
S.F[なし]
ABN[なし]
SPC[なし]
BLD[10]
「キノコ、コノキィィィィッ!」
最後の一匹が断末魔の叫びを残し、画面端を覆い尽くしていたステータス表示は消え去った。
なんとか無事に乗り切れたところで、ザ・カシがアイコンタクトで皆の状態を確認するよう指示を出す。
ドワッコ、筋肉まんとう両名は無傷でこの場を凌いでいた。
返ってくるサムズアップに軽く頷き返す。
「おぉ、こりゃまた……いや、邪魔は、な」
振り返ったドワッコが、残る二人の状況を見て声を漏らした。が、直ぐに見てみぬフリして“ラー・グリモワール”を展開した。
男二名も触れるのは野暮と思ってか同じくNPCを呼んで素材の回収に励む。
なにせ、マリアがカールの唇を奪って薬を流し込んでいたからである。鎧に包まれた体を、必死に優しく引っ張り出して飲ませている。
目を閉じていなければ、画面が一人称に切り替わっていたことに気づいたことだろう。
(カールは? まぁ、治療行為として受け止めているなら良いか)
カールが何ら反応を示さないのは、これもまた一種のパニックを起こしているからだと考えた。
コクリと喉が鳴って、全てを飲み干したのがわかる。
最後に首筋を流れる雫を舐め取り、その過程でマリアも服用できたようだ。
それほど時間も開かずにNPC達がマタンゴの素材を回収した。そこでカールは自らの力で手足を動かす。
「カール……なんともないのん? 動いても大丈夫なん?」
「マリア、大丈夫、だよ。ごめんね、色々と……。あ、ザ・カシもご迷惑をかけてすみません」
無事を確認できたので、マリアはホッと胸を撫で下ろした。
カールが何もできなかったことを謝ってきた。
「なぁに、気にしない、気にしない。ちゃんとあの状態でも、指示が聞けるんだから大丈夫だろ」
ザ・カシはそれを軽く手を振って受け取る。友人に対する言葉には、何か浅い悔恨めいたものを感じたが気の所為だろうとあえて追求しない。
(ゲームだからノーカンだ。ノーカン)
「あの……申し訳ないついでなのですが、ちょっとだけゲームを出て良いでしょうか……?」
「別に構わないけど?」
気を取り直して先に進もうとしたところで、カールがうつむき加減に申し出てきた。
所用でログアウトしなければならないようだ。
ザ・カシもこうした経験はあるので、悩まずに答えを出す。
「あ、やっちゃったん?」
「うん……ごめんね。皆も、ごめんなさいッ。直ぐ戻りますからッ」
友人同士で少し会話をして、ドワッコ達にも軽い断りを入れてログアウトしていった。
それを聞いたドワッコは、何かに気づいた様子でマリアを横目で見る。
「まぁ、これでも減った方なんよ……」
さらに肯定する意味で視線を返す。
「わかる、わかる。親から用事を頼まれたときの面倒くささったらね。俺も、ゲームしてるときは可能な限り用事を頼まないで、って言うわけよ。けど、妹も代わりにやってくれないし」
ザ・カシは別の理由に行き着いて、見当違いの同意をした。こういった部分でどうしても、経験に基づいてしまうところがあるのは彼の悪いところだった。
つらつらと体験談を愚痴のように話す。
ログイン状態は保てるものの、視界を確保しなければならないのでゲームプレイは中断する必要があるのが難点なのだ。
「ハァ~ッ」「こうでなければ、譲っても良いのんよ……」
そして女の子二人に呆れられてしまうのだった。
更には、ドワッコに念を入れられる程である。
「絶対に何があったか聞くなよッ? 絶対にだぞ!」
「お、おう……。さすがに、俺だって家の用事を聞くのは野暮だってわかるさ」
声を荒げてまで注意してくる妹に、兄は困惑して期待したであろうものとは違う答えを返す。
その様子を見ていた筋肉まんとうは、ただただ苦笑を堪えるのだった。
「それで、待ってる間に依頼のことちょっと確認しとくんよ」
この話題を続けても仕方ないと思ったのか、マリアがこのマタンゴ討伐の依頼に付いて切り出した。
わざわざ書類をU.Iに表示してまで。
(ま、そりゃ気にするわな)
ザ・カシも質問の内容が予測できるのか、肩の力を抜いていつものおどけた態度をとった。
「マタンゴ討伐、依頼料1500ブラド、期日は今日中、場所が1番地下水道。ここまではわかるんよ」
「あぁ、そこまでわかれば問題ないんじゃないか? 報酬が低いのは、マタンゴの素材がたっぷり入るからな」
何週間かに一度、掃除として発注される依頼だった。場所が場所だけに、受けるプレイヤが少ないためザ・カシが専有していた。
一応、パソペのこともあって気をつけては居る。
「なんで、第一コロニーの管理者から依頼が来るん?」