6食目2皿
「俺だって、NPCで良いから一緒に戦える奴が欲しいって思うのよ」
寂しさとは、それだけでは死なないまでも毒である。
もちろん、ソロの方が効率が出せるモンスターやイベントを良く知っている。どっちが良いか悪いかでは語れない。
「そん時、NPCに“ソウル・フード”を食べさせたらどうなるかって、試したわけ」
ポツポツとザ・カシが語っていく。
結論としては、“ソウル・フード”を食べさせても命令権があるか否かの差しかなかった。言うことを聞いてくれるNPCは聞いてくれて、反抗的な奴は反抗的なままだった。
“ソウル・フード”云々の単語を聞いて、冷たい視線を向けてくるマリア。
「……ジトォ」
「べ、別に、変な命令はしてないからな? 後方支援部隊として待機して貰ってるだけだからッ」
一応弁明を行ったが、そのままでは言い訳に聞こえたことだろう。その場の誰もが、そういうことができるのを知っているからだ。
ちなみに、後方支援部隊というのは要するに、大きな争いになった時の兵站を備蓄運送する担当。“サポート・グリモワール”というものを用いることで運用できる待機部隊だ。
NPCを前線に出しても戦力としてあてにならない。しかし、雑務に関しては任せてこれほど頼りになる人材は居ないだろう。
もう直使う予定はあるかも知れないので、詳細は一旦置いておく。
「ま、今回もそういうサポート担当の一人ってわけだ」
ザ・カシはざっくりとまとめた。
そしてマンホールの蓋を持ち上げ、顔を少し突っ込むようにする。
「ドナドナ、ドーナ、ド~ナ~、仔牛をの~せ~て~」
「なんでその歌なんッ?」
急に歌いだしたので、これにマリアが突っ込む。
「ドナドナ、ドーナ、ド~ナ~、荷馬車が揺~れ~る~」
ちゃっかりマンホールも返歌をくれる。
穴が深い所為か、地獄の底から聞こえてくる亡者の叫びみたいだ。
「だから、なんでその歌なんよッ?」
「いや、なんとなく……。その場で思いついた合言葉みたいなのがこれだったから?」
ザ・カシも、はっきりした返事ができない様子だ。
そうしている間に、カンカンと梯子を上ってマンホールから出てくる人影があった。
小さな体を古ぼけたパーカーとコクーンスカートに包み、口元をボロ布で隠している。
「ホームレスの女の……うん?」
ドワッコが言いかけて、その真実に気づいた。
残る三人の内、マリアとカールはそのまんま女の子だと思ったらしい。
「女の子なのに、酷い声だったん」
「こんなに汚れて、病気にでもなったら大変だよッ」
二人が勘違いする程度には貧相で幼く見える。髪も伸ばしっぱなしになっていて、顔も隠れている範囲が半分以上だ。
髪の隙間から僅かに目が覗いているのが、人によってはホラーかもしれない。
「いや、普通に男の子だろ? 耳が後ろに出てるからエルフか?」
「へ?」「マジなん?」
流石は筋肉まんとうのガールフレンドなだけはある。
勘違いした二人は、まじまじとホームレスの少年を観察する。
「やっぱりですか。僕も、間違われやすいのでなんとなくは」
筋肉まんとうもこれに便乗して、少年に同情の眼差しを送った。
当然、出てくる疑問にはザザ・カシが答えていく。
「こいつは【パソペ】。時折、こうして地下の案内をお願いしてるんだ。声は、確かに病気の所為でやらかしたんだよな? 今回の支払いで病院行くんだぞ?」
「ザにぃ、パソペ病院行った。治らない言う。喉もう痛くない。このままで良い」
「そ、そうか……。それなら、まぁ、うん……」
「……」「……」「……」「……」
ザ・カシは心配して気遣うが、返って来た言葉は非情なものだった。
諦めているなら、なんとかしてやりたくてもどうしようもない。バツが悪いと、嫌な沈黙が流れる。
「な、なんで、パソペは男の子なのにそんな格好をしてるん?」
そんな空気を払おうと、マリアが話題を変えようとした。
その疑問は尤もだ。
ただ、面白おかしい答えが返ってくると期待したのだろうが、大外れだ。
宝の地図かと思って目印の場所を掘り返したら、自分で昔に埋めた黒歴史が出てきた時ぐらいの地雷だ。
「お医者さん高い。お金貯める。服買えない。あるもので我慢する」
世知辛い世の中の事情を、子供の口から聞くというのは心に来る。
「うぐっ……」
「マァリィアァ……」
迂闊な質問をした策士を、珍しくカールが責める。
「私は悪くないん! 何か質問しろって空気が言ったんよ!」
「空気の読み方間違えてるよ! エアーじゃなくてエラーだよぉッ!」
これには流石の二人も、ちょっとばかり険悪な状態になる。
「お二人とも、言い争っても解決しませんから……」
(お、おう……。なんか、拙いことになったな……。すまん、筋肉)
余計な仲裁までしなければならない筋肉まんとうの苦労が忍ばれる。
本気の喧嘩まではしないまでも、せっかく本当の友情を理解したというのにもったいない。
しかし、僅かな一言がピリピリした空気が吹き飛んだ。
「ザにぃ、この格好気に入ってる。パソペ、この格好まま良い」
少年の屈託のない笑顔に当てられて、誰もが黙らざるを得なかった。
その逆に、何か別の空気感が覆い尽くしてくる。
ザ・カシの“パラスアームズ”の指先にかかる、小さくて弱々しい感触が妙にリアルだった。
「ザ・カシ、流石にその趣味は引くぞ……」
「あの、俺も最初の頃、勘違いして褒めたってだけだからね?」
「……」
「筋肉、なんで無言で後ろに下がるの?」
「私は、まぁ、人のことは言えないんよ。応援はしてやるん」
「何のこっちゃ?」
「わ、私は負けませんから!」
「何と戦ってるのさ?」
四者四様の反応に、ザ・カシは翻弄された。
勘違いなのか、それともわかっていて遊ばれているだけか。
「そんなに困っているなら、ザ・カシが養ってやりゃ良いじゃん」
ドワッコの意見は、もしかしたら正しいのかもしれない。けれど、もしかしたら間違えているかもしれない。
「言ったろ。手を差し出し過ぎれば、自分達で立ち上がる方法を忘れる。俺達だって、ずっとゲームができるわけじゃないんだ」
少しだけ、悔しさを噛み殺すように言った。
ザ・カシ達がゲームを止めても、NPC達の暮らしはこのまま続いていく。家が無いだけで、パソペにだって家族がいる。
働き方を教えるぐらいが、ちょうど良い距離感なのだと思う。思って、諦める。
さておき、いつまでもそんなことをしていたら日が暮れてしまう。それに気づいてくれたのか、パソペがザ・カシの手を引っ張って歩き出す。
早くザにぃの役に立ちたいというわけだ。
「と、とりあえずしゅっぱーつ!」
人の、ましてや子供の力で引っ張れるものではないため、ザ・カシも倣うようにゆっくり歩いた。
歩行の速度でも、生身の人間とぶつかれば大怪我だ。
皆も後ろをついてきて、エレベータに乗り込む。
ワイワイと、パソペへの報酬を幾らにするかだとか、服の値段だのと話し合う女性陣。
エレベータがゴウンゴウンと動き出したあたりで、これまた当然の疑問を持ち出す。
「パソペ君は何も装備してませんけど、大丈夫なんですか?」
カールの言う通り、パソペは“パラスアームズ”どころか武具になりそうなものなど一切身につけていない。
マタンゴは小学低学年くらいの大きさだ。一匹一匹は大した強さでなくても、数に物を言わせて攻めてくることが多い。
成人男性でも、生身で囲まれれば殴り殺されることもある。
それ以上に危険なのが、毒の胞子だ。これのスリップダメージが本当に厄介なことこの上ない。
ただ裏を返せば、接近さえさせなければ武具の有る無しなど大きな問題にならないということだ。
「数の多そうな場所では、手前で待機させる。仲間が死なないようにするぐらい、イージー、イージー。そんなのイージーさ!」
ザ・カシは当然のように、笑って言ってのける。
「ペソパ、ザにぃ信じる。今まで二人やってきた」
ギュッと手を握ってくる。
「わ、私も負けませんからッ」
「だから、何と戦ってるの!?」