5食目2皿
マリアにとって、酷く屈辱的だっただろう。
何せ、友を奪った力で自身も陥落しなければならないのだから。
男達に蹂躙されると思っているから、なおさら質の悪い敗北者だ。
「私は、お前らの思い通りにならないんよ! この変態ども!」
「お、おう……」
これにはザ・カシも戸惑った。
説得しようにも、意固地になって聞く耳を持たなさそうだ。
「……」「……」
タイランやシャオパイの冷たい視線が、背中に突き刺さってきた。
なお、二人はせっせと店内の片付けに勤しんでいる。
(そんな目で俺を見るなぁッ……!)
冤罪ではあるものの、戦闘開始前の発言に起因していた。
今回ばかりは、予定外過ぎてドワッコや筋肉まんとうも手助けはしてくれない。
当然だ。無駄な戦闘までもつれたのは、完全にザ・カシが身勝手だったからである。
そこへ助け舟を出してくれたが、一番期待していなかった人物だった。
「あの、ね……マリア?」
カールは膝の砕けた少女と視線を合わせ、ぎこちなく笑顔を見せた。
それを責めか嘲笑とでも思ったのか、マリアは顔を背ける。負けじとカールは顔に手を置き、自分の方を向かせる。
「キマシ……?」
何を思ったか、ドワッコが呟いた。
当の二人には聞こえていないようだ。
「ごめんね。私が弱い所為で、こんなことまでさせちゃって……」
慈愛のこもった言葉に、マリアはハッと息を飲んだ。
「謝るのは私の方なんッ。助けて上げられなくてごめんなのん」
「違うの。今、ここに居るのは私が望んだことなんだよ」
「えッ? それ、って……」
マリアの勘違いを正した。
だから、マリアは目まぐるしく視線を泳がせる。ちゃんとカール自身の言葉を伝えようとしているのがわかってきたのだろう。
「うん、少しでも強くなれれば良いんだけど。それができなくても、マリアやジャスがもっとゲームを楽しめるようになるはずだと思ったの」
カールは申し訳なさそうに言った。
それでも少し前までの計画が、最善だったのだとマリアに伝えようとする。
ただ、ちゃんと伝えられないのでは本末転倒だと思ったからザ・カシは戦いを挑んだ。
「そんな、ことないん! 十分ッ」「嘘付かないで!」
マリアの言いかけた言葉を、カールは語気を荒くして遮った。
これには友としての善意であったとしても、騙していたことを謝らざるを得ない。
「ごめんなん……。そんなつもりじゃなかったんよ……」
「うぅん。怒ってないし、嬉しかったのは確かだよ。でも、同時に悲しかったの」
漸く、二人の視線が同じになった。
ゲームは苦手で直ぐにパニックを起こすカール。
ゲームは得意で大抵は冷静に対処できるマリア。
どちらが自分の主張を納めても、それではゲームの一部しか楽しめない。
「ずっと第一の拠点に留まってくれて、ずぅっと私がゲームに慣れるのを待っててくれたよね。ここが気に入ったから、なんて嘘まで言って」
「いつまでも上手く動けないカールを、私は一生でも見守ってて良いと思ってたんよッ。別のゲームだって沢山あるのん。カールと一緒に遊びたいから……!」
「わかってるよ。ジャスも、同じように言ったと思う」
友達を傷つけないようにするために付いた嘘だったと、二人が互いに告白した。
意見が一致していても、同じ思いで歩めるわけではないということだ。どこかの誰かさん達に似ている。
気遣いの方向として、第一周辺活動拠点は確かに初心者向けと言える。
第二、第三も初心者が行って大丈夫だが、モンスターの性質に少し違いが出る。それでも、『外周2』以後に比べれば雲泥の差だが。
さて、詳細は本日の依頼を遂行する際にわかるため、今はこの場を収めようと思う。
「お取り込みのところ申し訳ないけど、俺からの弁明も聞いてもらえるか?」
ザ・カシが声を掛けると、二人は自分達の世界に入り込んでいたことに気づいた。
「あ……ご、ごめんなさい」「むぅ……。まぁ、聞いてやるんよ」
「では、お耳を拝借いたしまして」
ワタワタとカールが退いて場所を開けてくれた。マリアは、まだザ・カシのことを許せないようだった。
話す内容は、カールにしたものと変わらない。
ついでに、先の発言についてもちゃんと弁解しておいた。その時の驚き様と喜び方ったら、ちょっと尋常じゃない気がした。
「塔をここに建てよう」
ドワッコは何かほざいていた様子だが、筋肉まんとうの苦笑で流される。
「……まぁ、でも、わかったん。カールがこっちに来るなら、私もいさせて貰うんよ」
納得の上で、マリアの決意は堅いようだった。
あくまで彼女にとって、優先度は∀ジャスティス∀よりもカールなのだ。もちろん、もう一人の友を裏切る罪悪感がないわけではない。
「ジャスはなんとか説得するん。もし無理なら……」
「そう……だね。でも、例え一緒にゲームができないとしても、私達はずっと友達、だよね?」
二人の会話は、度し難く希望的なものだった。
「当たり前なん。ジャスのことだから、どうせ寂しくなって合流するんよ」
堂々とそう言えてしまうマリアの度胸は、ザ・カシも素直に称賛する。
「そうだな。あの娘も、それほど頭が堅いってわけじゃないだろうし。さておき、その当人は今どこに?」
流石にいつも三人でいるわけではないだろうが、揃ってないというのも落ち着かない感じがする。
カールの発言からして、マリアもゲームにログインしていないはずである。もしくは、カールが海狼娘々にいることなど知りようがないはずだ。
両方の可能性が大きい。
「小テストの結果が芳しくなかったので、再テストのため猛勉強中なんです……」
答えたカールの顔には、わかり易い苦笑が浮かんだ。
「そこそこ勉強はできるんよ。けど、サボると。うん」
「あぁ……。わかりみっていうのか、最近じゃ? 俺も似たタイプだったよ」
マリアのフォローに、ザ・カシはほんの少し前の自分を思い出して遠い目をした。
幅広く落第点を下回らないも、ゲームに熱中してしまうとガタガタに崩れるのである。
最初から一層清々しくドワッコのようにダメか、筋肉まんとうみたいな優等生であれば良いのだが。
「マリアが理数系が得意だから、今回は教えて上げてたはずだよね? どうして、インしてて私の居場所がわかったの?」
「……ッ!」
カールに問われ、マリアは再び視線を逸した。
ちなみに、カール曰く彼女自身は文系科目と暗記が得意だとか。
「マーキングだな」
ザ・カシが代わりに答えた。
「マーキングですか? 犬の?」
当然、そのニオイ付けではない。遠くはないが、所謂位置情報取得サービスである。
「“フレンド・マーカー”って課金アイテムだ。マリアに何か、念のためのオマジナイ、とか言われて体を触られたってことは?」
心配性な少女の言いそうなことを予想して、カールに訊ねた。
「あ、そう言えばありましたね」
「グッ……エスパーなん?」
ほぼセリフもやり方も図星だった。
(わかりやすッ!?)
件の課金アイテムについて、効力は割とシンプルだ。取り付けたプレイヤの位置をレーダーに表示してくれる。人工衛星など無いため、距離が遠くなるほど大雑把になる。
レーダーは微弱な生体電気を感知する仕組みだが、“フレンド・マーカー”を取り付けることで特殊な波長をキャッチできる。そういう設定だったはず。
“パラスダイト”とかいう『金属に寄生する生きた金属』の、生物学や化学をぶち破った設定ではないだけ良い。
いや、もちろん、その設定すらもザ・カシは気に入っている。
「おっと、ゲームの設定って語り始めると止まらないよな」
気付かない内に、あっちへこっちへ解説が跳びまくった所為か、聞いていた誰もが辟易している。
「そ、そうですね。遅くならない間に、依頼を片付けに行きましょう」
引きつった笑みのカールに背中を押され、ザ・カシは目的地へと向かうのだった。