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4食目2皿

 歩いていく三人の姿を、見つめる視線があった。


 しかし、ザ・カシ達はまだそれに気づかない。


 買い物をしている間も、追跡者が熱い視線を送っていた。


 でも、気づかなかったのである。


 普通にアンダースーツのまま歩いて居たのなら、逆に目立って気づいたかもしれない。しかし、公道を車で尾行されて気づける者が何人いるだろう。


 ザ・カシも、ほぼ誰も気づかないと思う。


「あ、あのッ」


 買い物を終えて、『海狼娘々(はいらんにゃんにゃん)』へ戻ってきたときだ。


 熱烈なストーキングをしていた人物は、意を決してザ・カシ達に声を掛けてきた。とても緊張しているのが伺える、上擦った声音だった。


「ぅん?」「あ?」「はい?」


 三者三様、声に応えて振り返った。


 心臓の鼓動を抑えるように、手を胸に置いている。そんな人物は、先程のカール女帝である。


(この子……。いったい、何の用なんだ?)


 流石に、ずっとついてきていたのかと内心で驚いた。


 平静を装って用件を聞こうとしたところで、先にカール女帝の口を開かれた。


「あ、あ……」


「ああ?」


「す、すすす、しゅみませんでしたッー!」


(噛んだ)


 何かを言いかけたと思ったら、謝って走り去ってしまうのだから如何ともし難い。


「って、お、おいッ……?」


「ちょっと、謝らせろって!」


「あれぇ?」


 何か失礼があったのかと、ザ・カシ達は慌ててカール女帝を追いかける。


 ドワッコが∀ジャスティス∀に意地悪をしたせいで、怖がってしまったのかもしれない。


 ドシドシドシッ。


 重機が三つも四つも、町中を走り回るというのはなかなかの光景だ。


 周囲の目や被害を気にせず走ったなら追いつけたかもしれないが、ザ・カシ達だってそこまで傍若無人ではない。


 そもそも、街1ブロック分も走ったところで姿を見失った。


 少し探し回ったあたりで、ログアウトしてしまったのだろうということに気づいた。次にログインしてくるまで待つのも、何かが違うような気がする。


「何だったんだ……?」


「さぁ、俺のファンとか?」


「寝言は寝て言えよ」


「はい……ぅん? あれは?」


 ドワッコとザ・カシの漫才はさておき、次に出会うまで答えを知る手段はなさそうだ。


 カール女帝が、非常にパニックを起こしやすい性格なのはわかった。


 しかし、そんな暴走が思わぬ再会をもたらしてくれた。


「プハァーッ。美味い! 美味すぎるッ!」


 お酒とツマミを手に、少し早い目の晩酌をしている金髪美女が居た。脳内メシで晩酌というのは始めて聞いた。


 それはそうと、言わずと知れた女流騎士だった。思い返せば、以前もどこかの飯屋の前で出会ったはず。


 屋台の前で長椅子に腰を下ろした姿。


 アルコールでほんのりと上気した肌が、日暮れの明かりと合わさる。


 串焼き肉の脂が付かないように結い上げた髪の、向こうに見える(うなじ)が僅かにしっとりと湿っていた。


 お皿を落とさないよう美脚をピッタリとくっつけているから、余計に肉のラインが際立ってしまう。


 ムチムチではなく、ムッチムチッとでも言う感じだ。


「ゥング……」「グッ……」


 男二人は、思わず固唾を飲んでしまう。


 以前の飢えた表情に対して、ギャップが凄まじいと感じた。


「ゴルァ!」


「痛ッ」「ご、ごめんッ」


 そして、ドワッコにケツを蹴り上げられて正気に戻る。


 「この男共は……」と、毒突かれても仕方ない。


 そんなやり取りに、女流騎士も気づいたようで視線を向けてくる。


「やぁ、この間の」


 お酒の入ったグラスと特製ダレの焼き肉を掲げて、事もなげに言ってみせる。


 まるで、先の争いなど晩酌の前ではただの余興とでも言わんばかりの態度である。


 大人の余裕かもしれない。プレイヤの年齢や性別など誤魔化しようはあるが、その女性は嘘を感じさせない。


「あ、あの……」


 ザ・カシなど、少し緊張してしまうぐらいだ。


「うん? もしかして、欲しいのか?」


 優しく微笑み小首とグラスを傾ける仕草に、またしても男達の胸がドキリと跳ねる。


(良いな。上目遣いが……あ、いかん、いかん)


 ついつい余計な考えが脳裏を過るが、それを振り払って用件を口にする。


「あの、もう一度俺達と手合わせお願いできませんかッ? この通りです!」


 ザ・カシがバッと頭を下げて、再戦を請う。後の二人も、それに倣って頭を垂れた。


 一度は3対1で挑戦したのだから、難しいだろうことはわかっている。


 それでも、ここでの再会は運命のように思えたからだ。


「ふん……」


 思った内容と違ったからか、ジャングル産果実の蒸留酒を口に運び鼻を鳴らす。


 この前も、こうして特訓を装って戦いに持ち込んだので、警戒するのも当然わかる。それどころか、鼻で笑って断られてもおかしくはない。


「そうですよね。ダメ、ですよ……」


 ザ・カシが諦めかけたその時、女流騎士が串をカランと皿に投げた。


 一瞬の隙間に、言葉を挟んでくる。


「良いよ」


「わかりました。諦めます」


「少しお酒が入っているが、構わないなら付き合おう」


「すみません、お時間を取らせました」


「程よい腹ごなしになるだろうしね」


「それでは失礼します」


 ザ・カシは言葉の応酬(おうしゅう)の後、諦めて踵を返す。


「今回も町の外で良いかな?」


 女流騎士も立ち上がって、停めてあった“パラスアームズ”へと乗り込む。


 当然、断られると思っていたザ・カシは状況を飲み込めない。


「え?」


「え?」


 話が噛み合って居なかったことに気づかなかった女流騎士も、同様だった。


「あ、外で大丈夫です。受けて頂いてありがとうございます」


「本当に良いんだな? 前と変わらず3対1だぜ? 泣きべそかいても許してやらねぇんだからな」


 代わりに、筋肉まんとうとドワッコがフォローしてくれた。


 一部、フォローになっていないような気がしなくもないが。


 さておき、無事に約束を取り付けて四人は町の外へと出ていく。


「あぁ、それで構わない」


 ここまで、まさかの快諾である。


 たぶん、女流騎士にとってゲームを楽しむことが重要なのだ。敵か味方かなんてこと、二の次どころか百の次ぐらいである。


 ザ・カシが途中で調理のために抜けたとは言え、善戦したのは事実。


 しかも、3対1で。


 その実力は、ザ・カシも認めるところである。


「“マッティア”は、やっぱり使わないんで?」


「そうだね。あまり好かないから」


 更には、前回同様に支援用キャラクタも使わないときた。


 もし使われていたら、もっと押し込まれていたことだろう。


(まさか、噂に聞くプロゲーマーとか? いや、それなら相当手を抜かれてたってことだ……。単なる、場数とかが良かっただけのはず)


 もし雑誌や運営のゲーム情報に乗るような人物が、まさかあんなやられ方をするとは思えない。


 ザ・カシぐらいの経験があるのに加えて、種族“ヒューマン”と職業の“魔騎士(マジックナイト)”の組み合わせが優秀なだけだろう。


 そして今回は、最初から調理を始めて女流騎士の“ソウル・フード”を作るというハンデもある。


「大丈夫か、二人共? 俺が参戦も指示もできない中、20分は抑え切らなくちゃならないぞ」


 “レシピ・グリモワール”でかなりの手順を省略できるとは言え、コロッケを作る作業はカップラーメンのそれとは違う。


「へっ、私を舐めないでくれよ。一度戦ったことがあれば、対処法くらい考えられるよ」


「いつまでもザ・カシさんに頼ってばかりではいけませんからね」


 まだまだだと思っていたが、いつの間にか頼りになる存在になっていた。


 二人共ゲームセンスはあるのだから、時間が解決してくれたということだ。まだ一月(ひとつき)ぐらいのものだが。


 いや、一日1~2時間くらい実践(プレイ)とは言え、小型重機の扱いをまっさらな状態から習熟したのである。そう考えれば、如何に凄いかわかるだろう。


「わかった。頼んだぞ!」


「おうッ!」「えぇッ!」


 三人は気合を入れ直して、女流騎士へと立ち向かう。


 悠然と金髪の乙女が佇む。


 ニコリと吊り上がった艷やかな唇から放たれた言葉を、残る三人が唱和する。


「では、ステータス!」


「ステータス!」「ステータス!」「ステータス!」


 口元に着いたタレを舐め取るため、ペロリと舌なめずりした。

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