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4食目1皿~甘辛ミートスパゲティは優しさの味~

 緑髪の少女が、やや憤然とした様子で佇む。


 しかし、それだけだった。


「……」「……」「……」「……」


 四人でしばし見つめ合った後、何も争いが発生しないことを察する。


「悪党め、成敗してくれる! とかないんで?」


 ザ・カシが問う。


「なんで? “ソウル・フード”ってシステム自体はゲームプレイの一環として認められてるじゃない。事を起こしていないところで悪人扱いはしないわよ」


「なるほど。無理やり食べさせようとしていなければ、それはゲームシステムの範囲の行動と」


 二人はそのあたりのすり合わせをしていく。


 ∀ジャスティス∀の言い分は最もだが、やはり水を差すのはドワッコだ。


「ずいぶんと緩い正義だな」


「緩いも何も、明確な罪罰(ざいばつ)がないんだから正義の行いようがないじゃない。理由なき力の行使は暴力って言うのよ」


 不当な言い分に対し、これまた正論を並べる∀ジャスティス∀。


 MMOゲームにおいて、そういったゲームシステムとモラルのバランスは切っても切り離せない。ゲームジャンキーのザ・カシも、いろいろと体験したものだ。


 敵と戦い場所の通称『狩場』での、他プレイヤーからの横取り行為『横殴り』だったり。


 ファーストパーソン(FP)シューティング(S)に限らず各種シューティングゲームでの、倒したプレイヤキャラクターに対する追撃『死体蹴り』なる煽り行為。


 前者のように、不可能ではないもののマナーが良いとは言えないこともある。


 後者は、それでシステム面のペナルティがないまでも「お前が弱い」と挑発する意味が主だ。


 できるからと言って、他者が困ることをして良いわけではない。緑髪のヒロインはそれをわかっていた。


「ぐぬぬ……」


 言い返せず、ドワッコは悔しげに黙る。


 この間のように突っかかってきたら、返り討ちにしてやろうって腹だったのだろう。


 しかし、ここで引き下がっては邪魔されたことへの溜飲が下がらない。


「じゃあ、店の入り口に突っ立って動線を妨害するのはどうなんだ?」


 ザ・カシが代行で、∀ジャスティス∀をからかってやる。


「ご、ごめんなさい……。あッ」


 どうやら、自分でも邪魔をしていたことに気づいていなかったようだ。


 慌てて∀ジャスティス∀が店内側へと退く。


 ここで、ハッと何かを思い出したようにレジカウンタへと視線を向けた。


「なんだ、混血(・・)の連れかよッ。今更商品を置いてけとは言えねぇから、2割増しで良いぜ。あ? ザ・カシ、良い材料を降ろしてくれてありがとよッ」


 会計を済ませようとしていた∀ジャスティス∀の仲間が、店員の男【トコマト】から高値を吹っ掛けられた。


 店の敷居を跨いだことで、パーティーないしはクランという括りに∀ジャスティス∀が認識されてしまったのである。


 そして、“異星Chalice-0”では忌み嫌われる混血だと、場所によっては先のようなちょっとしたペナルティが発生する。その分、ステータスが少し高いという利点がある。


 反面、“ヒューマン”であるザ・カシはこの通りちょっとしたことでお礼を言われる。優遇されるようなことは無いが、人間様様である。


「あう~……。そんな扱い、酷いよぉッ。グスッ……」


 ∀ジャスティス∀は差別を受けて、悲しみのあまりその場にへたり込んでしまった。


 ポロポロと子供みたいに涙を流す姿は、決して演技などではない。


「うわッ。ゲームの設定でガチ凹みするのかよッ?」


「感受性が豊かと言いますか。不当な扱いなのは確かですけど」


 ドワッコのプレイヤとしての精神力は普通くらいで、この手の感情移入には耐性があるだろう。理解し辛いのもわかる。


 筋肉まんとうの言う通り、混血の社会的差別は単なる宗教に近いものだ。


(現実の宗教にも、血を食べるなかれ的な考え方もあるからなぁ。しかし、混血(ハーフ)とは……)


 ザ・カシは内心で感心する。


 混血が生まれるのは、キャラメイクが完了した時点で100000分の1の確率だ。


「ま、まぁ、そう落ち込むなよ。十万人に一人の確率に当たったんだから、誇るところもあるだろ? それで、何の混血なんだ?」


 ザ・カシが慰めようとする。


「そうなのん。一応、混血になった時の説明にも同意してプレイを始めたはずなん。後、さり気なく探りを入れないのん」


「チェッ」


 青髪の知性派女子が戻ってきて、溜め息混じりに言葉をかける。慰めているつもりなのだろうが、やや冷たい印象を受ける。


 ザ・カシの小癪な策はあっさりと阻止されて、彼は静かに舌打ちした。


「うぅ……わかってるけど、悔しいものは悔しいのよ」


 言いたい気持ちもわかる。


 差別という悪に正義の鉄槌を下したいと思っても、暴力に訴えればそれこそ罪になる。しかし、こんなところで『中央警備隊』のお世話になるわけにもいかないだろう。


 ゲームなので、NPCやPCを害して犯罪者になっても、ある程度の条件を満たすことで通常のプレイに戻れる。


 しかし、前科が残れば正義を志す∀ジャスティス∀の心に傷を残すだろう。


 差別から逃れる手段がないわけでもない。そういった組織や活動拠点(まち)を作り、自治を敷くのである。


 ただ、種族ごとでさえいがみ合っている社会の上に、平等の町を建てるのは至難だ。


 果てしなく、時間と力を要する。


「自分で選んだ道である以上、サービス終了まで泣くんじゃないん」


「えっと、落ち込まないで?」


 カール女帝もやってきて、流石にそろそろ復活する。


「うん……ごめん。ありがとう」


「ちょっとくらい足が出ただけなん。足りたので問題なしなのん」


「そ、そうだよ。これくらいまた稼ぎ直せば大丈夫だからッ」


 ∀ジャスティス∀の精神状態も安定し、知的少女やカール女帝も上手くフォローする。


 ケンカもないようなので、ザ・カシ達も買い物をして帰る。


 しかし、彼女らが第一周辺活動拠点にいるということは、これからも邪魔が入るということである。


「次こそは、あなた達をギャフンと言わせてあげるわ。色々と借りもできたしね」


 完全復活した∀ジャスティスの捨て台詞を聞いて、ザ・カシ達は辟易(へきえき)するのだった。


(別の活動拠点へ行った方が良いかな……?)


「ハハッ……お手柔らかにお願いします」


「いつでも来やがれ! 返り討ちにしてやんよッ」


 約一名を除いては、何度も出会いたくないといった様子だ。


 人に向けて中指を立てるのは止めなさい。


 挑発的で要求不満な態度は、ザ・カシには如何ともし難い。


「大変な相手を敵に回しましたね」


「なんだかんだで、こちらの買い物の内容は覗き見しなかったよな」


 今の時点では敵ではなかったため、彼女らも手の内を見ようとしなかった。


 ある意味、公平で公正なところは助かっている。


「そんなことしようとしたら、ちゃんと邪魔してやったから大丈夫だってぇの」


 ドワッコは言う。


 一昨日のことを怒っているにしては、妙に執拗な態度である。


「さり気なく弾倉(マガジン)を頭に落とした時、普通に痛がったから倫理セキュリティはそこそこ低くしてるみたいだ」


(あぁ、やっぱりあれってわざとだったのか……バレバレだったと思うぞ?)


 ドワッコのわかり易い障害罪に、ザ・カシも呆れを隠せない。


 買い物の途中、ちょっとした事故があった。いや、意図的に落とした物体なので正しくは『一種の暴行』があった。


 普段は温厚なザ・カシも、兄として、保護者として見過ごすことができない。先の通り、ゲームとは言え許されないこともあると思う。


 なので、手招きしてソォとお店の隅へと誘導する。


「あ? なんだよ? グッ!?」


 ゴツンッ。


(いっ)たぁ~ッ! 何す……」


 かなりの強さで、妹の頭にゲンコツを落とす。


「お兄ちゃん、そういうことはしちゃいけないと思うな。洒落やじゃれ合いでもない暴力を振るう妹は嫌いだ」


 ザ・カシは怒る。


 これまで、ほとんどの誰もが見たことのないような剣幕だ。


 ドワッコでさえ、これには表情を強張らせるぐらいに怯んでしまう。


「あ、あ……人を、傷つけてごめんなさい……! だから、嫌いにならないで!」


 怖がっている原因は別にありそうだが、ザ・カシがそこに気づくことはまだ先だろう。


「謝る相手が違うだろ。今度会ったら、ちゃんと謝れるな?」


「う、うんッ。謝るッ。謝るから!」


 殊勝なほど態度が子供っぽくなっている。


 十分に反省していると見て、ザ・カシはそこで叱るのをやめる。あまり怒り過ぎるのも良くないし、人前で叱りつけるような辱めもしない。


「よし、それじゃあもう一件行って、帰ろうか」


 気を取り直し、“パラスアームズ”に乗り込み“メディカルキット”などの売っている店へと向かう。


 しかし、ドワッコはまだ不安が拭えていない様子。


 ザ・カシに訊いかける。


「もう、怒ってないのか……?」


「怒ってないさ」


 いつもと同様に答えた。


 また聞いてくる。


「嫌いに、ならない?」


「もちろんだとも」


 平然と答えるのだった。

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