今日のお仕事~一般向け廃品回収と機械修理の日~
「はい、ちゃんと分別して置いてくださいね~」
「あ、それはここでは受け取れないのでまた連絡してください」
「はいそれこっち置いて大丈夫ですよ」
今日は、廃品回収日、兼、小型機械の修理日だ。
役場近くの広場にて、壊れてしまったものや、処分したいものを住民が持ち寄って、俺達職員が直したり回収したりする。
修理は無償ではないし予約制で、月1回しかないが、安い。
機械類は生活上便利なものなので、ある程度お金のある人はこれを待たずに普通に修理屋に持っていく。
機械類は貴重で、直すことは出来ても、いちから作るのは資源・技術共に難しい。
昔々はそれも簡単に出来ていたらしいが、人が魔物や諸々の理由により減ってしまったり、資源自体が取りに行けなくなったりしたため、なるべく直して使っているのだ。
直す、と言っても、適性を修理に割り振って専門とする職員が直した物は、ほぼ新品のようによみがえる。
毎回ほれぼれするくらいだ。
俺も適性があるなら、修理屋になりたいくらい。
まあ無理なので、人の整理や物の分別、良く分かってない人の対応やら手続きのお手伝い等々いつも通り雑用をこなしている。
「ウルスが補助の時は修理に専念できるから助かるわー」
そう言って俺をこき使うジジイ、いやすいません、役場の修理屋はトシオさん。
年相応に小太りだが、つながった白髪と白髭は小奇麗に整えられていて、眼鏡も良く似合っている。
作業着は嫌だそうで、修理だけに専念出来る日は制服のズボンに白いシャツを着て修理を行っている。
「ソーデスネー、トシオさんの指示が的確なもんで人数も減らされましたしねー」
処分品の整理を行いながら言ってみるが、トシオさんはそりゃ良かったじゃないかと笑うだけだ。
「ほれジュン、なんかお前が働いてないって文句言ってるやつがいるぞ」
「え」
急に話をふられてびっくりしている若者はジュン。
年老いたジジイの後任として仕事を覚えている青年だ。
髪がサラサラ、くそがつくほど美青年。
こちらは作業着で雑用の合間に仕事を教わっている。
急に無理矢理な話を振られても困ったように笑うだけで、返答に困りながら作業を続けるジュン。
なんかゴメン。
「ほら、お前のせいでジュンが困ってるぞ、っと待て、それそっちじゃねえ」
意外な事に、俺に軽口を叩きながら横目でジュンの作業も見ている。
すると、仕事に入ってこちらなんか見向きもしない。
「あ、すみません。この世代から型が違うんでした?」
「そう、そこにあるのとそれもだ。間違えんなよ。分かんなかったらすぐ聞け」
「はい」
手元で部品を正しいものに交換し、すでにトシオさんによって綺麗にされバラバラになっている部品をジュンが組み立てる。
部品は一瞬浮かんだように見えるが、多分適切な位置で次々と組み合わさり、元の機械に戻るのだ。
他にも何かしているようだが、仕組みも内容も分からない俺にはそう説明するのが精いっぱい。
ちなみに、彼らが修理できるのは自分の力で持てるくらいの機械のみ。
もっと大きいものになると、また専門が別になるそうだ。
「あ?ほらお前もジュンに見とれてないで仕事しろ」
その言い方。
しかし仕事はしないと終わらないので再開。
勉強にもならない(とトシオさんが判断した)修理はトシオさんがササっと終わらせ、ジュンが俺の仕事を手伝う。
同僚のナナミさんも来てはいるが、彼女は元々総務部の下についているので、手書きで受け付けたものの管理や処分品の手続き、事務との連絡等に忙しい。
実際のところ今日は仕事量がそれほどあるわけではないので、整理がついたら運搬用の車を回してもらって処分品を乗せ、片づけて終了だ。
その間ジュンは呼び出され修理をし、ナナミさんは大体終了時間ぎりぎりまで広場にあるテントの下で事務仕事をしている。
ナナミさんにはその間話しかけると睨まれる。
うーむ、今日も滞りなく終わりそうだ。
「ウルスは容量はないが要領はまずまずいいからなあ」
それ、上手いこと言ってるつもり?
今日の分の受付も終わり、人も途切れたところでトシオさんが一服しながら休憩している。
ジュンが残りの修理を行っているようだ。
修理担当はウチの役場にはトシオさんだけで、毎月行う一般向け修理の日に必ず俺が指名される。
理由は使い勝手がいいことともう一つ。
「ウルスさん!ちょっとお願いします!」
ジュンに呼ばれる。
「お、久々にきたな」
「はあ・・・そうですね」
トシオさんとふたりで向かうと、そこにあったのは綺麗に修理された機械、今回は自宅用の通信用機械だった。
これがあれば風に適性が無くても中央の施設を利用して通信できるが、高価なため此処に運ばれることは少ない。
「おお、珍しいじゃねえか」
「農家の共同所有だそうです。例のごとく、だと思うのですが・・・」
「どれ、まずみせてみな」
ジュンが修理し終わった機械をトシオさんに渡す。
トシオさんは椅子に座るとそれを自分の前に置き、あちこち触りながら確認している。
特に何をしているのか分からないが、多分、ちゃんと修理できているか診ているのだ。
トシオさんの焦点は見えるはずのない機械の内部にあてられている。
しばらくたつと
「んーむ、そうだな。よし、ウルス、やってみ」
そういって席を立つ。
問題はないらしい。
そう言われたとき俺がやることは何かというと。
「んー・・・じゃあやりますね」
ダシッ。
俺は適当な力で機械を横から叩く。
あんまり力強くたたいて壊れると困るので、何となく揺れるくらい。
なんでこんなことをやることになっているかというと。
何年か前、俺とトシオさんで廃品回収と修理の日を担当していた時、修理後の機械がどうしても動かず、理由も分からない、ということがあった。
修理後の機械が動かないということは珍しいことではなく、たまにあることだそうだ。
そういった機械はどうしようもないので、処分。
ちなみにまだその時は持ち回りで雑用当番をしていて、たまたまその日の当番が俺だっただけだ。
持ち込まれたのは音楽を聴くための機械。
持ってきたのは綺麗な身なりをした女性だ。
聞くことが出来る音楽は限られているが、それでも代々引き継がれてきたそうで、どうしても直したい、直らないなら処分せずそのまま持って帰るとのこと。
他の修理屋でも直らず、色々なところに持って行っていたらしい。
トシオさんはそれを引き受けてはみたが、どこも悪くない。
動くはずなのに、動かない。
こりゃいつも通りのやつだな、と思っていたそうだ。
俺は通りがかり、トシオさんに声をかけた。
「直らないんですか」
「ああ、まあこれは直らんな」
「そうですか」
「あの嬢ちゃんも可哀想だが、諦められんのだろ」
ふと見ると向こうに見える美人が不安そうな、諦めたような顔をして立っていた。
金色の髪がふわふわしていて、白い肌にはそばかすがあり、可愛らしい美人。
多分どっかの金持ちなんだろうと思った。
どうせ直らないし、持って帰るとかいう事情を知らなかった俺はなんとなく
「ほら、動け、壊されるぞ」
そういって、ベシンとその機械を叩いた。
ほんと、ちょっと叩いた、くらいの力で。
その時のトシオさんと女性の顔は今も思い出せる。
女性はすごい勢いでこちらに向かい、俺の顔をぴしゃっと叩いた。
「ぃてっ!」
「何するんですか!」
余程大事なものだったらしい。
「すみません。こいつなんも分かってないんで」
トシオさんは俺の頭を押さえつけて謝っていた。
俺もそんなに怒るとは思っていなかったので、素直に謝った。
すると、その横で機械が動き出したのだ。
女性は目を見開いてそれをじっと見つめ、次に俺を見上げた。
トシオさんも同じ行動をしていた。
「え、いや俺じゃないでしょ」
「いやでも今のはお前だろ」
予想外の出来事に、2人で若干引いていた、というのが正しい。
「・・・何をしたんですか?」
女性は訊くが、答えられるはずもない。
叩いただけなんて。
その後トシオさんが再び確認すると、正常に動いていることが分かったため、持ち主が持って帰ることとなった。
女性はオリビアといい、都市部で物品の移動と売買をしているユーパニス家の者だと名乗った。
大層喜んでいたのはいいが、お礼も多く払おうとしたので、止めた。
料金は俺らで決めることではないからだ。
一律、規定通り。
ていうか、何もしてないしね。
それ以来、トシオさんはそういう機械があると俺を呼びつけ、叩かせる。
そして、何故か直る機械がある。
全てではないけれど。
そして今回はというと。
「あ、動いた」
ジュンが呟くと同時に起動し始めた。
「よし、見せてみろ」
トシオさんは毎回こうやって確認している。
なんとか“何が起こっているのか”を確かめようとしているらしい。
今のところ、成果はないそうだ。
トシオさんが納得いくまでは、しばらく待機。
「あ、ウルスさん、セイナちゃんですよ」
トシオさんの横に立っているジュンが、学校帰りのセイナを見つけて手を振る。
気付いたセイナはトコトコとこちらに向かってきてジュンに挨拶をした。
「おかえり。もう終わったのか」
「はい。今日は仕事も無かったので、これから市場で買い物をして帰ろうかと」
セイナに気付いたトシオさんは顔をあげ顔を緩ませる。
「おお、セイナちゃん。なんだウルスの飯なんか作らされてんのか。おまえが作んなきゃダメだろうがよ」
「いや、作ってますって。・・・いつもほぼおんなじもんだけど。あ、今日ご飯食べて帰るから」
廃品回収の日はトシオさん達とご飯を食べて帰るのが習慣だ。
「はい、私も用事がありますので少し遅くなります」
セイナは時々、多分仕事がらみだろう、夜に出かけたりする。
干渉しあわない感じで暮らしているが、時々大丈夫かなと心配にもなったり。
まあ、あの強さじゃ問題もなさそうだけど。
その会話をトシオさんは呆れたように聞いている。
トシオさんには娘がいたそうだが、一緒に暮らしてはいないそうだ。
亡くなっているという話もあるが、誰も詳しくは聞いてはいけないような感じで、本人からは聞いてはいない。
そのせいなのか、元々子供好きなのか、セイナの事は気に入って会うと嬉しそうにしている。
「修理、終わったんですか?」
セイナが動いている通信機械をのぞき込んで言う。
珍しいのだろう、触らずに周りをくるくると観察している。
「おー、今ウルスが直したんだよ」
「ウルスさんが?」
いや、直したっていうか、叩いただけだけどね。
そもそも俺に直せるわけないじゃん。
「不思議ですよねえ。実はね」
ジュンが簡単にセイナに事情を説明すると、セイナは少し考えるように瞼を伏せると、トシオさんを見上げて
「トシオさん。もしかして直るのって旧世代のものばかりではないですか?」
「ん?ああ、そうだな。新しいもんは叩いても直らん」
「もしかしたら、機械の故障の問題ではないかもしれません」
「あ?」
「製造の技術はもっていますか?」
「ああ。持っている。どういうことだ?」
「ちょっとこちらで見てみてもらえますか」
セイナとトシオさんは2人で機械の前に座ると、何か良く分からない話をしながらトシオさんが機械の上の方をじっと見つめている。
俺には、見えないけどね。
「トシオさん、何やってんの?」
ジュンに聞いてみるが、ジュンも良く分からないようだ。
「僕は製造の技術は取っていないので何をしているかは良く分からないけど・・・内部の詳しい情報を見ているみたいです」
「修理とは違うの?」
「はい、僕らの“修理”は直すことは出来ますが、作り変えたり作り直したりすることは出来ません。製造まで持っていると内部の構造まで変えることが出来るのでそれができます。ただ、そもそも製造の技術を持っている人は殆どいません。持っていても、それだけでは何もできないそうです」
「へえ」
良く分からないが、トシオさんはそんな技術ももってたのか。
1分もしないうちにトシオさんが叫んだ。
「あ!そういうことか!こっちは考え付かなかったわ」
「何かわかりましたか?」
「おう。わかった。こっちの一部が書き換えられている。しかし、なんでこうなるんだ?」
「私も機械に詳しくないのでよくわかりませんが、旧世代機械の原因不明の故障が、製造技術の情報を書き換えることで直ったという話を読んだことがあったので」
「機械の参考書か何かか?」
「いえ、神話です」
「神話?!」
「はい・・・何か?」
トシオさんとジュンと俺は顔を見合わせて、その後トシオさんは笑いだしてしまった。
「あっはっは。そうか、神話か。そりゃ思いつかないわけだ。俺、読んだことないしな」
笑われてセイナは少し憮然としている。
「神話は全部が嘘じゃないんですよ」
「いや、分かってるよ。おかげで今日は気分よく飯が食えそうだ。ありがとう」
「お役に立てて良かったです」
セイナはぺこりと頭を下げると、市場のほうへ歩いて行った。
残された大人たちはそれを見送ると、その方向を見ながらジュンとトシオさんが呟く。
「セイナちゃん、頭のいい子ですよねえ」
「んなの最初っから知ってただろうが、なあ、親戚のおじさん」
「さてさて片付けて帰りましょ」
面倒な小言を察知した俺はそそくさと片付けに戻った。
今日のお仕事終了。
余談だが、あの修理に来たお嬢様、オリビアとはたまに行き会う。
というのも、商売の関係でしばらくこの町に滞在しているからだ。
滞在と言ってもあっちこっちと他の場所に行き来しているため、毎日いるわけではない。
「おおーねえちゃん、久しぶりじゃねえか」
「あら、トシオさん!元気でした?」
会う場所は、酒場。
彼女は見かけとは裏腹に、大酒呑みだ。
おとなしいお嬢様かと思いきや、ユーパニス家の娘たちの中で唯一結婚もせずに、ここらでの商売を取り仕切っているらしい。
実は年も俺と大して変わらなかった。
「私もこっちで飲んでいいかしら?」
彼女は有無を言わさず開いている席に座る。
「ええ~」
「おういいぞいいぞ、おーい、一本追加!」
オリビアは商売上飲む機会も多いそうだが、彼女が潰れたりひどく酔ったところを見たことがない。
頬が赤くなり、やや機嫌が良いように見えるが、それも周りに合わせているように見える。
「修理の日だったんですね。今日もありました?」
「おお、あったぞ。しかも今日は収穫ありでな・・・」
トシオさんと楽しそうに話しながらこちらを横目で見る。
「不思議ですわよねえ、適性も容量もないなんて嘘なんじゃないかしら」
そうならどんなにいいか。
「俺にも分かりません」
「ま、細かいことは今はどーでもいいだろ。飲まんのか」
「飲みます、ジュン、今日はトシオさん奢ってくれるってよ」
「ええっ・・・」
「あっ馬鹿何言ってやがる」
「ふふ、さー何飲みます~?」
そうして何故か短時間に大量に飲まされ、すぐフラフラで帰宅することになったのだった。