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今日のお仕事~案内人③~

「ん、こりゃ大したことねえな、すぐ終わら」

組合の修理担当者が手早く点検し、タミラに伝える。

シュトラスへ戻ると、トカゲを荷台に積み、車も引っ張って運べるほどの大きさのものだった組合の運搬車は、すぐに俺たちの車を修理工場へ運んでくれた。

修理担当者と思われる小柄で逞しい腕のおじさんがそれを引き受けると、おじさんの後ろからいくつもの腕のようなものがにゅにゅっと現れ、さっと車を持っていってしまい、軽々と、しかし丁寧に車を動かしながら、よく分からない道具を使い、あっという間に点検を終えてしまった。

あんな落ち方をした割に、損傷はほとんどなく、多少のへこみや傷もここで直せるとのことだった。

タミラはホッとしたような顔をしていたが、すぐにいつもの調子に戻り、修理のおじさんと色々話しているようだった。


俺とアランさんはそれを眺めているだけである。

修理工場には初めて来たが、こんなところだとは知らなかった。

車なんて運転しないし、適性を小さな動力にすら固定できない俺には無縁の場所だから仕方ないことだ。

「向こうの仕事は大丈夫そうでしたか」

アランさんに尋ねる。

「ああ、大丈夫ですよ。あそこは現場の各課長が優秀でねえ、僕がいなくても基本的には大丈夫な所だから心配ないんですよ」

手をひらひらさせてなんでもなさそうに笑っているが、それは何もない場合だ。

何があるか分からない、ということに今日は敏感になってしまう。

やだやだ。

「とりあえず今日はこちらで宿取っておきますんで、そちらに泊まってください。明日には行けると思いますので。ちゃんと護衛もつけて」

「あはは、そうだね。いや、すみませんでした」

ちゃんと謝ってるんだけど、あんまり悪いと思ってないような気がするんだよね、この人。


タミラは戻ってくると、少し興奮した感じで話し始める。

「組合の工場すごいすね。修理だけじゃなくて部品もここで作れるらしいすよ。適性も土だけでなく火の部品加工者がいるらしくって大体の機械が修理できるんだそうで。」

「へえ、こんな街にもそんな技術者が置けるなんて組合はすごいな」

「と俺も思ったんすけど、聞いたら、技術者が何処にいるかは組合では縛れないそうで、たまたま今は此処にいるんで色々出来るんだそうです」

なるほど。

雇われて上の指示に従い配属される役所と違って、組合はある程度の要請に従う義務はあるものの、一人一人が自営業のようなもので、そのつながりは緩い。

そうなると、時期によっては最低限しか機能しないこともあるということだ。

「でも壊れてなくて安心しました。給料から引かれるってことはないでしょうけど、ウチの役場ただでさえ車少ないのに、壊れても買う予算もなさそうすもん」


然り。

国も末端にまで回す余裕はないのである。そんなもんである。

いや、あるのかもしれないが、こちらの事情なんて中央にとっては重要度が低い。

それでもウチはましな方だという話だけれども。

「組合の人の給料ってどのくらいなんだろうなあ」

何となくタミラに呟く。

「まあ、人によるんでしょうけど、すごい人は俺らが一生かかるところを1年くらいで稼いじゃうんでしょうねえ」

「そんなにか」

「私はそういう人には一人しか会ったことがありませんが」

「うぉっ」

いつの間にかタミラとは反対側後方にセイナが立っていた。

全く気が付かなかった。

「どうですか」

「車?大丈夫だってさ。費用もほとんどかからないって」

「それは良かったです。こちらも大した罰金にはなりませんでした」

「そりゃよかった」

あんな危険なことをして稼ぎが無いんじゃやってられないよな。

「この子がセイナちゃんすか?さっきも思いましたけど、年の割にしっかりしてますねえ」

タミラが見下ろすようにのぞき込む。

セイナはぺこりと会釈するが、少し緊張するように後ろに一歩下がった。

うーん、ほらちゃんと、子供だと思うけど。

「あの二人は?」

「後で顔を出すと言っていましたが、まだ来ないと思います」

何か、今回の事でお叱りでも受けているのだろうか。


「おい、終わったぞ。今回の修理分の金はこっちが持つそうだ」

車の修理は本当にあっという間に終わり、おじさんが言うと同時に、車はあの腕に抱えられてタミラの前に丁寧に置かれた。

「わ、なんか、きれいになりましたね、もともとあった傷とかも治してもらっちゃっていいんすか」

「ああ、ついでに直しちまった。というか今うちにいる加工者がちょっと面倒な奴でな、こういうのも気になっちまうんだと。ただあんまり他のとこには言わねえでくれや。ほんとはこの分は金取んないといけねんでな」

帰ってきた車は朝乗ってきた時よりも確かにきれいになっていた。

汚れもそうだが、傷もなく、外見だけなら新品のようだ。

タミラは喜んでお礼を言い、早速車に乗り込んでいる。


「じゃあ、俺らもまだ仕事があるから組合の受付に行って役場に帰るよ。あの二人にはよろしく言っておいて」

セイナに言うと、頷いて戻っていった。

さて戻ろうか、というときになって気付く。

「あれ、アランさんは?」

タミラに聞くと、タミラもあれ?という顔をしてきょろきょろしだした。

知らないうちに何処かへ行ってしまったらしい。

困った人だ。

外に出たのかと顔を出してみるが、見える範囲には居ない。

「連れの役人さんなら事務所に入ってったぞ」

修理のおじさんが教えてくれた。

「ちょっと、俺探してくるから受付のとこで待ってて」

タミラに声をかけてから事務所に向かうことにする。

「はい、どこいっちゃったんすかねー」

ほんとに。

他人の組織の建物、しかも組合の建物の中に勝手にはいってうろうろする度胸に感心するわ。


工場から繋がる入口から入ると、やや狭いが長い廊下になっていて、向こう側に受付らしき広がりが見える。

当たり前だけど結構広い。

先に受付に行っただけだろうか。

そう思いそちらの方へ歩き出すと、急に横のドアが開いて、出てきた人とぶつかってしまった。

「いたっ」

「わ、すみません」

急いでいたようで、結構な勢いでぶつかったらしく、相手は後ろによろけている。

俺への衝撃が弱かったのは、ぶつかってきた人が細い女性だったからだろう。

「大丈夫ですか」

「ああ、こ、こちらこそすみませんでしたー。ちょっと急いでまして、すみません、ちょっと通ります」

女性は慌てて俺の横を通ろうとするので、道を開けるため一歩引く。

その時部屋の中から声がかかった。

「シャスラさーん!僕もう行かないといけないので、いいですよ!またそのうち来ますから」

あれ、アランさんだ。

「え、あ、いや、でも・・・」

シャスラと呼ばれた女性はアランさんを振り返り、困った顔をしている。

「ほら迎えも来ちゃいましたし、そちらにはよろしくお伝えください。すみませんウルスさん、ちょっと知り合いがいたもので」

アランさんは部屋を出てくると、シャスラさんの方を見て俺に話しかける。

「ウチの車のへこみやらなんやらを直していたのがシャスラさんですよ。以前中央にいらしていたことがあって、修理担当者の方が癖のある加工担当がいると言っていたのでもしかしたらと思いまして」

紹介されてシャスラさんは困惑した顔をする。

眼鏡をかけていて簡易的な作業着を着ているシャスラさんは、言われれば加工担当かも、という格好だが、女性にしては長身で細身であり、作業着が汚れのない、白に近い青なのと、後ろで束ねた黒くて長い髪と眼鏡のおかげで何かの研究員のように見える。

この人が金属の板を加工したりのばしたり、部品を作ったりするんだろうか。

「癖のある・・・ですか」

本人は不本意らしい。

猫背になって視線を落とす。

「頼まれない仕事までするので、向こうでも怒られていたでしょう」

アランさんに笑われてさらに丸まっている。

「あい、確かに・・・。」

よく見ると少しきつめの美人さんだが、丸まって肩を落とす様子は大きいネコみたいだ。

「ああ別に凹ますために来たんじゃありませんから。あ、一応紹介しますね、こちら役場のウルスさん。僕の案内をしてくれています。何かあれば頼ってみてください」

組合の技術者にしてあげられることはなさそうだけど。

「ウルス・ケイです、よろしくお願いします」

「シャスラ・フルタです。よろしくお願いします・・・えーと、お仕事は何を?あ、すみません、失礼なことを」

シャスラさんは俺をしばらく観察すると、尋ねる。

「あ、いやシュトラス開発担当とはなっていますが、まあ雑用です」

「雑用?」

「そういうのもいないと困るんですよー」

アランさんが口を挟む。

シャスラさんはアランさんと目が合うと、頷いてそれ以上は何も聞いてこなかった。

よくわからないけど、そういうもんなんだ、みたいな思考が彼女から駄々洩れている。

ちょっと抜けてる人らしい。

「さ、ウルスさん行きましょうか。しばらく隣のレトリアにいますから、また何かあれば連絡しますね」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

シャスラさんはお辞儀すると、部屋へ戻っていく。

俺達は廊下を歩いて受付へと向かった。

「彼女のような技術者がこちらにもいてくれると、鉱山開発担当としては助かるんですけどねえ、以前スカウトしてみたんですが、断られてしまいまして。ただ時々頼みごとをしたり、されたりで交流があるんですよ」

そういう経緯か。

役所と組合は表面上相容れない組織だが、個人的なつながりは結構ある。

特に能力があれば役所も欲しいだろうし、役所から抜けた人材が組合に流れることもある。

珍しいことではない。

あんまり大っぴらにできることでもないはずなんだけど。


受付にはすでにタミラが座っていて、俺たちは修理が終わった旨を告げると、組合を出た。

移動に時間をとられたこともあるが、なんだかんだで日は傾いていて、もうすぐ就業の時刻だ。

1日にできることって意外と少ない。

「さっき組合の通信を借りて宿取っておきましたので、先にそちらにおろしますね。今日はもう遅くなってしまったので、明日また迎えに来ます」

アランさんにそう告げて、そこまで車を回してもらう。

「お疲れさまでした。また明日お願いしますね」

アランさんは疲れた様子もなく、飄々と宿へ入っていった。

「あの人、体力ありますね・・・俺、今日なんか疲れました・・・」

タミラはちょっと気が抜けてぼやいている。

「俺も。・・・帰るか」


役場に戻って俺たちを待っていたのは、通信で報告した以外にも組合から報告を受けた上司からの、諸々の書類提出の指示だった。

何となく予想はしていたけど、報告書やらなんやら予想外の量。

「おかえり!大変だったね~、はい、これ頼まれてた申請書の、保護者記入の分よ~」

席に着いた俺に、隣の席のハマドが嬉しそうに書類を追加してくる。

え、こんなにあるの?

「保護者記入以外のとこはやってやったんだ、感謝しろよなー。あー俺っていい人」

「ソウネ、アリガトウ」


その日は仕方なく残業し、終業後も酒を飲むこともなく書類に向かうことになったのだった。

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