今日のお仕事~案内人②~
シュトラスの街から1時間も走ると、山のふもとに広がる広い森の道に入る。
この森の中を通る道は、整備はされているがやや細く、森に入ってから隣町の田畑に抜けるまで止まることができない。
車を止めて休憩するような場所がない、という意味である。
止めてしまうと完全に邪魔になってしまうし、安全でもない。
なので、その手前で皆休憩をとる。
運転手も長時間の運転は疲れるし、特に森の中では神経を遣うだろう。
誰が最初にこの道を通したのかは知らないが、大きな森に一本だけ整備された道が通っているだけで、その道から外は深い森になってしまい、道と空だけが開けて見える状態だ。
手入れされているわけでもない木々は良く茂り、山へ入っていく地形もあって、横を見ても向こう側に森以外は見えない。
普通の人間はそこに入ろうとは思わないのだが、まれにそれを利用して悪さをする人間や、うっかり出てきてしまった魔物たちに出くわすことがある。
この辺のうっかりさん達はそれほど問題なく、勝手に逃げていくか、運悪く襲われても護衛がいれば問題のない程度の危険度だ。
意図的に攻撃してくる人間の方がたちが悪いと言えるが、それも最近はあまり聞かない。
だから森に入る前にしっかり休憩して、一気に抜けてしまえばまず大丈夫だということだ。
休憩場所になる森の手前は、そういった人達が集まるため、ちょっとした集落になっている。
酒場や休憩所があり、ちょっとした買い物もできるようになっているが、時間のせいかそれほど賑わってはいない。
「じゃ、ちょっと何か飲みますか」
買出しに行こうとすると、
「あ、俺が行きます。お腹も空いちゃったんで。2人は何か食べます?」
タミラが車を止め、いち早く降りる。
「俺はお茶だけでいいや。アランさん何か食べます?」
「僕も、お茶だけで」
そう言うと、タミラは頷いて屋台の方へ歩いて行った。
あいつ、おやつに肉食う気だ。
タミラが行ってしまうと特にすることもなく、車から降りて近くの日陰に入る。
「ウルスさんはここが地元でしたよね」
「はい、地元枠就職なんで」
「ん?ああそうか。じゃあお母さんも安心だ」
「やー、どうですかねえ・・・」
しみじみしているところを見るとアランさんにも心配な子供でもいるのだろうか。
歳的には大きめの子供がいてもおかしくない。
「何か飲むにしろ食べるにしろとりあえず座りましょうか」
アランさんは近くの休憩用の椅子に座る。
屋台の方を見ると、タミラが串に刺した肉と飲み物を抱えて戻ってくるところだった。
休憩を終え、再び出発する。
肉、頼んどけばよかったな。
人がうまそうに食べているのを見ると食べたくなるもので。
鬱蒼とした森の中に入っても、小腹が空いて隣町で何を食べようか、なんてことしか考えていなかった。
「ぅわっ!」
突然タミラが叫び、同時に運転席の方向から何かが飛び出す。
身体が横に振られ、車が急に止まる、かと思ったら何かにどん、とぶつかった感覚があった。
「いてっ」
ゆられた勢いで軽く頭をぶつける。
事故?
こんな森の中でこの衝撃は、うっかり出てきた魔物がぶつかったか、もしくは悪い人が攻撃してきたか。
どちらでも厄介だ。
「タミラ、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。すみません」
「あーこっちも大丈夫です」
全員無事。
車から降りずにぶつかったものを確認する。
「わ・・・」
斜め後ろを確認すると、黒い、頭と胴体部だけで自分たちが乗っている車と同じ大きさのトカゲが、こちらを向いているのが目に入った。
森の奥に普通にいるというオオトカゲだが、普通はこんなところに来ない。
そして、こいつらは、うっかりさんと違って、こういう時、逃げてくれないらしい。
弱いもの、縄張りを荒らすものには襲い掛かって来る、らしい。
気性も荒いらしい。
初めて会ったので、すべて人から聞いた話である。
「なんでこんなおっきいのがいるんすか」
「タミラ、動かすなよ」
「わかってますよ」
ここで車を出せば、間違いなく追いかけられる。
かといって、じっとしてても飛び掛かられそうだ。
どうしよう。
護衛なしはダメだったか・・・。
俺ら、冒険者やら兵士やらじゃないんだから戦うなんてことも無理だし。
どうしようもなくただじっとしてトカゲを見つめる。
このままどっかいってくれないかな・・・。
そんな願いもむなしく、トカゲさんは車に飛び掛かってきた。
ガゴン。
車の後部が齧られ、爪が上部を押さえつけている。
「うあぁぁあああ」
タミラは遠慮なく叫んでいるが、俺は恐怖で声が出ない。
もう、こんなんで死ぬなら肉食べとけばよかった!
アランさんに関してはもう気にかける余裕もない。
トカゲは車を齧ったまま首を振り上げ、持ち上げた。
投げられる。
この勢いで投げられれば木にぶつかって潰れるだろう。
もうだめだ。
短い生涯だった。
昨日もっと高い酒でも飲んでおくんだった。
諦めて目を瞑った。
痛いのが一瞬でありますように、と祈ったが、何の衝撃も来なかった。
恐る恐る目を開けてみると、まだ車は持ち上げられたまま傾いている。
「あれ?」
助かった?なんか助かった?
と思ったらぐらりと視界は揺れ、俺たちの乗った車はトカゲと一緒に地面に叩きつけられたのだった。
「うぎあぁぐああ」
車はひっくり返った状態で落下。
俺たちもひっくり返った状態で頭から落下した。
幸い誰も死んでなかったし、怪我もなかった。
頭の打ちどころもよく、ちょっとくらくらするだけだ。
車は思ったより潰れてはおらず、ドアも開いたので、何とかそこから這い出す。
「なんだったんだ・・・」
服を叩いて顔をあげると、森から何人かの人がトカゲの周りに近寄って来るところだった。
多分彼らがトカゲをやっつけてくれたんだろう。
トカゲは首と胴体ががきれいに切り離されていた。
まるで血抜きするみたいに体液も一方向に流れていた。
それを横目にタミラとアランさんも引っ張り出し、立たせる。
「いやーえらい目に合いましたなあ」
アランさんは笑って頭をさすっていた。
そんなちょっと転んだみたいに言える神経がすごい。
タミラは少しの間放心していたが、すぐに車の心配をし始めてあれこれ見ている。
「俺、ちょっと話してきます」
「あ、僕も行きます。お礼言わなきゃね」
アランさんと助けてくれたであろう人達の所へ向かう。
多分討伐依頼を受けた冒険者だろう。
歩きながらその人たちを確認し、話しかける。
「すみません、助かりました。ありがとうご・・・ざいました?」
そこにいたのは3人。
2人はいかにもな冒険者風の男性。
だがもう1人は、セイナだった。
セイナは俺を確認すると、あれっ?という顔でこちらに向かってきた。
「こんなところで何してるんですか?」
いや、それは俺が言いたい。
「仕事。というか、何をやってんの」
「私も仕事です。ちょうど今日の夕方までに済みそうなものがあったので、参加させてもらいました」
「セイナちゃん、知り合い?」
セイナの後ろから金髪の若い男が顔を出す。
軽装だが背中に銃と布の袋を背負っており、腰にもいくつか袋を下げている。
「はい、私の保護者です」
「え、お父さん?」
「実の父ではありませんが、身元を引き受けてもらって、部屋に住まわせてもらうことになったんです」
「へえ・・・」
金髪の青年は胡散臭そうにこちらを眺める。
まあ、親でもないのに女の子引き取って一緒に暮らすだなんて、そういう目で見られても仕方ないけどね。
それよりセイナだ。
「いくらお金が欲しくてもこんな危ない仕事・・・死んだらどうすんの」
いくらなんでも子供が受けていい仕事じゃない。
そもそも依頼の管理をしている冒険者の組合は何をやってるんだ。
あんまり親しくないとはいえ、子供に死なれては気分が悪い。
当のセイナは一瞬ぽかんとした後、何かに気付いて荷物をごそごそしだした。
「すみません、心配かけてしまいましたね。でも、大丈夫なんです」
そういってカードを一枚、こちらに寄越す。
冒険者組合の登録カードだ。
そこには、セイナが魔術師として冒険者登録されていることが記されていた。
「魔術師?!」
後ろにいるアランさんと声がかぶってしまった。
「すっごいでしょー?セイナちゃんはなかなか強いんだよー」
何故か金髪が偉そうに胸を張っていた。
「その年で魔術師かあ~。国は喉から手が出るほど軍に欲しいでしょうに、スカウトされなかったの?」
アランさんが感心したように尋ねる。
魔術師は普通、軍の養成所から出るのが殆どだ。
理由は才能と訓練の両方が必要だから。
魔術師は、タミラのように仕事や生活で利用する適性の容量ではなれない。
なおかつ、容量が多くても、訓練でそれを魔術師用に固定しなければならず、それが難しいらしい。
よって戦力となる魔術師は訓練を受けさせて養成しているが、たまに軍から出た魔術師や冒険者になっている者が、才能を見出した弟子に教育を施し、それが魔術師となることがある。
適性を攻撃に利用することは、危険でもあるわけで、そういった場合国または冒険者組合に強制的に登録することになっているのだ。
ちなみに、魔術に限らず、適性を兵力として使える力に固定する場合も国、または冒険者組合に登録しなければならない。
セイナは返してもらったカードを荷物に戻し、頷いてこたえる。
「ありましたが、私が冒険者登録をしてからでしたので、その辺は組合と軍で話し合ってくれたようです」
「なるほど。組合が渡さなかったわけだね」
組合の方でも数少ない魔術師は欲しいに決まっているため、引き渡さなかったのだろう。
戦えない俺からすれば、セイナがどれだけ強いのかは知らないが、それでも子供がこんなことをするのはどうかと思う。
それが顔に出ていたようで、金髪の青年は俺に話しかけてくる。
「大丈夫だって。こんなん雑魚だから。今だってセイナちゃんが一発でやっつけちゃったんだよ!首をすぱっと」
「バートが追い込む方向を間違えて公道に出てしまったからだろう」
金髪の向こうでしばらく黙っていたもう一人の冒険者が口を挟む。
こちらは薄茶色の短髪で、ややガタイのいい若者だ。
皮でできた鎧を着ているため見た目重そうなのだが、動きは普通の服を着ているのと変わらない。
「すみません、挨拶もしませんで。セイナさんの保護者の方だったのですね。こちらはバート、私はアレスと申します」
皮鎧の若者は、バートの金髪をぐしゃっとつかみ、前に出した。
その後右手を差し出されたので握手する。
「セイナさんには少し前に手伝ってもらったことがあり、今回はたまたまこちらでお会いして、お金が必要だということだったのでお誘いしました。本当ならば森の中の指定の位置で仕留める予定でしたが、少し予定が狂いましてここまで出てきてしまいました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
真面目な顔で謝られ、何からどう言ったらいいか考える。
トカゲに襲われたのは謝られて然るべきな気もするが、今話をしていたのはセイナのことだったような。
「まあ誰も怪我しなかったし、いいんじゃないかねえ。こういうミスだと君らも報酬は減らされるんだろうし、次から気を付けてもらうってことで」
アランさんが代わりに答える。
なんか、どうでもいいことを一人で気にしている気がして同意することにした。
「そうですね」
そういうとアレスはこくりと頷いた。
話をしている間に車を点検していたタミラがこちらに向かってくる。
「ウルスさーん。故障ってわけじゃないけど、帰って点検してもらわないと駄目っぽいです。このまま森抜けて、また帰ってくるとなるとちょっと」
持ち上げられて地面に頭から落ちたのだから、無傷というわけにはいかないだろう。
何があるか分からない、ということも分かったし、今日は引き返した方がよさそうだ。
「じゃあ、戻るか。動くには動く?」
「はい、多分。動かしてみないとわかんないすけど」
「とりあえずひっくり返ってるのを戻さないとな・・・俺ら戻るけど、そっちは」
3人に顔を向けると、彼らは何やら話し合っている。
まあ、邪魔しちゃ悪いかと思っていこうとすると、すぐにこちらを向き、アレスが俺たちを呼び止めた。
話し合っていたのではなく、誰かと通信していたようだ。
「待っていただけますか、今組合からの迎えが来ますので。役所の車を壊したということで、後で面倒なことになると困りますし、一緒に来ていただけると助かります。車も運べますし」
確かに後でもめるのは面倒くさい。
俺たちも3人で顔を見合わせた後、タミラが言う。
「それならお願いしたいです。見た感じは大丈夫そうでもどれだけ走れるかちょっと心配なので・・・。修理の方も出してみないとわからないですし」
「じゃあ、皆運んでってもらいましょうよ。今日は行けないって連絡もついでにしてもらえると助かるんですができますか」
アランさんがバートに向かって言う。
通信することができるのはバートのようだ。
「何処に?ああ、レトリアの役場?ちょっと待ってね、はい、繋がったよー」
パートとアランさんは少し離れた所で通信し始める。
「便利なもんだよなあ」
ふとつぶやくと、下からセイナがじっとこちらを見ていた。
「な、なに」
目力強いなこの子。
「ウルスさんは何のお仕事をしているんですか?」
何かと思ったら。
「役場の職員だよ。地元枠の雑用係みたいなもんだけど。今日はそこにいる中央の職員さんを無事隣のレトリアまで連れて行くのが仕事だったんだけど、今日は無理そうね」
「すみません、邪魔してしまったようで・・・」
「いや、こういうことは時々あることだし、皆怪我もないし気にしなくていいよ。こっちも気が抜けてて護衛もつけてなかったわけで」
「そうですか・・・あの」
「セイナちゃーん、ちっちゃくするから手伝って~」
通信はすぐ終わったようで、バートがセイナを呼んでいる。
あれ、あのこはちゃん付けでもいいんだ・・・おじさんは気持ち悪いってことでしょうか。
「はーい、すみません、行ってきます」
「あーい」
セイナは小走りで行ってしまった。
冒険者3人組は迎えが来るまでに簡単な解体まではしてしまうつもりらしく、慣れた様子で皮を剥ぎ始める。
やり方も手伝うことも出来ない俺たちは、ぼけっとその様子を眺めていた。
「あんなんもやるんすねえ、ちょっと俺、あっち行ってます・・・」
タミラは匂いと解体の様子に気持ち悪くなってしまったらしく、少し離れたところで座り込んでしまった。
「僕も座ってようかな、ウルスさんはどうします」
「俺はーそうですね。興味もあるし、ちょっと見てます」
皮の剥ぎ方も、バートを中心に、力のいるところはアレスが、道具の洗浄や小さくなったものの片付けをセイナが担当し、手際よく片付けていた。
アレスは大分重いものでもひょいと持ち上げるような、異常なほどの力があるところを見ると、適性をそちらに回して戦う冒険者なのだろう。
結局組合の迎えが来る頃には大まかな解体は終わり、俺たちはその迎えに乗っかってシュトラスまで帰ったのだった。