今日のお仕事~案内人~
目覚まし時計の音が鳴る。
7時半だ。
8時半出勤の俺はとりあえず目覚ましを7時半にかけている。
それを止める。
そして二度寝する。
もう一度目覚ましが鳴る。
7時40分。
お湯を沸かしながら着替えて適当に飯を食い、歯を磨いて荷物をもって出勤。
大体5分前に職場に到着。
7時半の目覚まし、意味あるかって?
それがないと7時40分にも起きられないんで。
さてこれが平日、朝の流れだ。
しかし、今日は違っていた。
7時40分に起きるところまでは同じ。
さてお湯を沸かすかと台所に向かうと、驚いたことに、テーブルには朝食が乗っていた。
これは小人さんが知らない間に作ってくれていた、わけではない。
「おはようございます」
セイナちゃ・・セイナはすでに身支度を整え、食事を食べているところだった。
「すみません、まだ食べ終わっていません」
なぜか謝りながら食事を中断しようとする。
「いや、食べててよ。というか俺の分まで用意してくれたんだ」
「はい、何がいいか聞くのを忘れましたので私と同じものですが」
テーブルに乗るのはパンとお茶を牛乳で煮だしたもの、野菜と卵を焼いたものだ。
うちには碌な食材がなかったはずだから、朝早くに市に行ったんだろう。
いつもお茶と焼き菓子だけ食べて出る俺からすれば、まともなもんである。
「いや、十分。ありがとう、いただきます」
席について食べ始める。
セイナはちょっとこちらをうかがったあと、行儀よくまた食べ始めた。
俺の方が食べるのが早いため、ちょうど同じくらいに食べ終わる。
「あ、片付けは俺がやるよ」
立ち上がり片付けようとするが、その前に手早く片づけを始められてしまう。
「今日はまだ学校もありませんし、こちらはやっておきます。ウルスさんはお仕事でしょうから」
寝起きで頭が働かない俺を余所にテキパキと片付けを終える。
こちらは飯の準備片付けがない分少し早く準備が整う。
これじゃどっちが子供なんだかな。
「今日はどうしてる?」
鍵は渡してあるし、最低限必要なものは昨日休みのうちに買いに行った。
今日はまだ学校の手続きがとれていないので、何も予定は無い筈だ。
「私は街を見学しながら仕事を探そうと思います」
そう言って一緒に家を出ようと準備している。
「そうか、夕方には帰ってくるけど、危ないところにはいかないようにね」
「はい」
「あと、ご飯は別に無理して俺の分まで作らなくていいよ。別にお手伝いさんとして雇ってるわけじゃないし」
なんか申し訳ないし。
「私も綺麗な部屋に住みたいですし、掃除やご飯の支度はついでです。材料費は折半していただきますし、その分家賃を安くしていただけるとありがたいなと」
可愛い顔でにっこりと微笑まれる。
そういうことね、しっかりしてらっしゃる。
家の前で別れ、職場へ向かう。
今日も良く晴れている。
予定されている仕事は、鉱山を見に中央からきている役人さんを、隣街まで案内すること。
鉱山の街はもっと先だがやや不便なため、中央から来た役人たちは、中間地点にある街に落ち着いて仕事をしている。
隣町までの道は整備されているため、晴れていれば朝に出ても昼過ぎには到着し、帰りは自分一人でもっと早く帰ってこれる。
車も手配してあるし、なんてことない仕事だ。
夕方までには帰れるだろう。
「おはよーございます」
出勤すると隣の席のハマドが既に座っていた。
彼はいつも早く来ていて、甘いお茶を飲みながら読書をしている。
背が高く、日に焼けた肌に琥珀色の目、ゆるく縮れた黒髪はやや長めだが手入れされており、筋肉質な体は背筋も伸びていて、服のボタンもきちっと上まで閉まっている。
読んでいた本から目を離すと、こちらを見てにやりと笑う。
「おはよう、今日はいつもより5分早いね。どうしたの」
ちなみにこいつは昨日後ろで余計なことを言っていたうちの一人だ。
うちの課、雑用課、もといシュトラス開発調整課で、仕事の調整や主に事務仕事のとりまとめや他課とのやりとりを担当している。
几帳面で仕事はできるが、適度に性格が悪い。
証拠に、乱雑な俺の机との境には、きっちりと壁を作られ、そこから別世界のようにきれいな机が広がっている。
「たまたまだよ。中央の人もう来てる?」
「いいや、まだみたいだよ。隠し子は置いてきたの?」
何か言われるとは思っていたが。
「なんか仕事探したいんだとさ。学校には行かせないとだから、今日俺いないし代わりに手続きしといてよ」
「引き取ることにしたの?!」
ハマドは嬉しそうに笑う。
半分面白がって、半分バカにしてるのが丸分かり、というか隠そうともしてないな。
「色々ありましてね。じゃ、頼んだよ。そんくらいはしてくれんでしょ」
「仕方ないから、してさしあげますよ。ついでに皆様にも事情を説明しといてやるよ」
「・・・職場に居られなくなるくらいのやつは勘弁してね」
ハマドは外に出る仕事は嫌いだそうで、手続きや事務、会議準備なんかは滞りなくやってくれる。
その代わり、外に出るような仕事はこっちに回ってくる。
俺も手続きとか面倒だし、良い住み分けなので文句はない。
学校の事は大丈夫だろう。
そうこうしているうちに始業時間となり、時間ぴったりに中央の職員が来る。
「おはようございます、今日案内を務めますウルス・ケイです」
「おはようございます、この度鉱山の開発担当となりましたアラン・スタインです」
とりあえず挨拶から。
来たのは40代くらいの男性だった。
背はそれほど高くなく、中肉中背、彫りの深い顔に白髪交じりの黒い髪、黒い目。
中央から配布されている制服をきちんと着ているが、ザ、偉い人、という感じはしない。
真面目そうなおじさんだ。
普通、護衛と案内人、最低2人が付いてくるはずだが、見当たらない。
「他の方は?」
「帰ってもらっちゃった。こちらで案内してくれるっていうし、大丈夫かと思って」
そういって、軽く笑う。
帰ってもらっちゃった、て。
案内人はともかく、護衛なしで来るとは思わなかった。
隣町まではそれほどかからないが、隣町自体が山に入ったところを開いて作ったものであり、そこに至るまでは森も通るし、道も細い。
勿論隣町から鉱山の町までは山である。
魔物も出るし、魔物より怖い人も出る。こともある。
実際は道からそれない限り、何もないんだけどね。
アランさんはぽかんとしていた俺の肩を叩き、うなづく。
「まあ、時間も惜しいし行きましょう。ちょっと所長に挨拶してきます。すぐに行きますので外で待っていて下さい」
そう言うと、行ってしまった。
悪い人じゃなさそうだけど、ちょっと変な人の予感。
言われた通り出発準備をして待つ。
護衛なしについては、あまりいいことではないが、すぐには誰も捕まらないし、最近隣町までの道では何も問題は起きていないし大丈夫だろうということになった。
俺は車を動かすことができないため、いつも運転を頼んでいる小柄で若い運転手、タミラと車の横でどうでもいい話をしながら時間をつぶす。
車を動かすことができるのは、もともと火や水、風などの適性を持ち、その力の量が一定以上あり、さらにその力を動力に固定した者だけだ。
タミラは火の特性を持ち、他の特性が乏しい代わりに、車を動かすのに十分な力の量を持っている。
大型のものは動かせないそうだが、役所の運転手として食っていけるので問題ないそうだ。
俺には車を動かすための特性がない。
なので単独で動くときは馬か、車の定期便を使う。
不便だが、仕方のないことだ。
「いやーお待たせしました」
アランさんが早歩きでこちらへ向かってきた。
大きな荷物を両脇に抱え、背中にも背負っている。
誰かに手伝ってもらえばいいのに。
「持ちますよ」
俺とタミラが荷物を受け取り、車に乗せる。
小さな車だったが、何とか荷物を詰め込み、閉める事が出来た。
「さて行きましょうか」
そうしてやっと今日の仕事が始まったのだった。
案内と言っても、タミラとも何度も行っているし、隣町までの道は迷うようなことはない。
やることは車の手配と管理、隣町の役所への引継ぎと滞在場所の手配、街中の案内と、簡単な護衛だ。
そのほか頼まれれば細かいことをこなして、後は帰って報告するだけ。
晴れていて、窓からの風が気持ちいい。
今日も楽なお仕事だ。
なんて思っていたのがいけなかった。
思いがけないことは、思っていないから起こるもんである。