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初めての夜ご飯

 終業時刻の鐘がなる。

 今日は外での仕事とセットの事務仕事なので、大したこともなく、これで今日の仕事は終了となる。

 俺の仕事は元々地元の人間の中から選ばれる雑用係で、山の案内や、そこで行われる国の事業の手伝いが主な仕事である。

 のはずなのだが、中央から行ったり来たりする役人さんたちの生活初めの手助けや、前任者の引継ぎの手伝い、街中や農地の些細な問題への対処等、果ては水道修理まで、何故か雑用と化している。

 その代わり、大して責任のある仕事をしているわけでもないので結構自由にやらせてもらえるわけだ。

 つまりは鐘が鳴ったらこうやって帰れるとかね。

「お先に失礼しまーす」

「はーい、お疲れ様ー」


 そもそも田舎の役所では、仕事もそれほど忙しくない。

 先に帰ろうと誰も気にもしないし、残業も大してない。

 中央は大変なんだそうだが、こちらにはあまり関係ない。


 さて今日は帰りに酒場にでも行こうかな、明日は休みだし、いつもの奴らも飲んでるだろうしな。

 いつもの流れのまま荷物をもってそのまま出ていこうとして思い出す。

「あ、そういえば・・・」

 迷子、いたんだった。

 引き返して休憩所に戻る。


 休憩時間と同じ場所で、きちんと座っている黒い外套。

 待ってる時間何してたんだろ、この子は。

「おーい」

 声をかけると驚いたように振り向く。寝てたのだろうか?

「とりあえず帰るよ。飯無いから近くの酒場へ行くけどいいね」


 家の近くには食事だけ出すような店はない。

 この国では、庶民向けで食事をするところは酒場と呼ばれ、何処も酒を置いており、食堂も兼ねている。

 食事がメインか酒がメインかは店によるし、出す食事も店による。

 一応看板なんかに出す料理を掲げているところもあるが、それは大きな店だけだ。

 大体は入ってから今日出せる品が書き出された紙が出され、その中から選ぶ。

 食事は一品だけ、という店すらある。

 金持ちが行くような店は料理屋と呼ばれ、酒も出すが、お上品なものばかりだ。

 あんまり俺には関係ないので行ったこともない。だからよくわからない。


「なんか食べたいものは?」

 一応聞いてみる。

 迷子は戸惑った様子で考えて、答える。

「なんでも構いませんが、それほど高いものでないほうが助かります・・・」

 子供のくせに自分で払うつもりでいたのか。

「今日は食わすからいいよ。何でもよければとりあえず俺んちの近くで食べよう」

 まあ、小さいところだが酒場の店長に何か出してもらえるだろう。


 職場から家までは歩いて15分程。

 まだ明るい街の中は、夕飯を食べに行く人や買い物をする人達で溢れている。

 街自体が大きいわけではないから、ここに来るしかないとも言えるが。

「はぐれないように気をつけて」

「あ、はい」

 声をかけると、セイナちゃんは慣れた様子で人混みを歩いていた。

 うん、俺みたいな田舎者ではなさそうだ。


 しばらく歩いても不快に汗ばむことはない。

 内陸にあるだだっ広い平野の端であるこの地の湿気は少なく、季節もあまり変化がないため年中薄手の長袖で事足りる。

 隣を歩いている外套はやや厚着かなと感じるが、本人は汗をかくこともなく歩き続けている。

 訊きたいことはあるが、まずは夕飯を食べて落ち着こう。

 そう思ったところで酒場に着いた。


「此処に入るよ、ついてきて」

 酒場アルシア。いつも夕飯を食べにくる店である。

 小さいが、それなりに繁盛しているようだ。

 三角屋根の木造の建物の中に入ると、左手にカウンターがあり、その他のスペースに丸い机と椅子がいくつか置かれているだけのあっさりした店内が目に入る。

 まだ客はそれほど入っていない。

 壁には色々な情報が書かれた紙が留めてあり、其れを眺める冒険者や広告を張る店員がうろついている。

「こんにちは」

 カウンターにいる店長のシジラさんに挨拶してカウンターの前を通る。

 いつもは一人なのでカウンターに座り飲むが、今日はそういうわけにもいかない。

 シジラさんはセイナちゃんに気付くと穏やかに声をかける。

「あれ、今日は可愛い子を連れているね」

 言葉よりも、冷やかされている感じはしない。

「はい、2、3日うちで保護することになりまして」

 少し横によけると、セイナちゃんはシジラさんに小さくお辞儀をした。

 シジラさんは小柄で細く、中性的な顔をしているが男性で、年齢は不詳である。

 自分よりも年下に見えることもあるが、さすがにそれは無い筈だ。

 店では店員を2,3人雇っているが、基本はお酒も料理もシジラさんが作っていて、どれも美味しい、と思う。

 いつ見てもにこにこしているシジラさんを見て、こんなに細くて弱そうな店長で酔っ払いが何か起こしたとき大丈夫なのだろうかと心配したが、常連曰く、問題が起こる前に対処するし、何か起こっても実はとても強い、とのこと。

 まあ、実際にその強さを見たことはない。

「そうかー、ゆっくりしていってね」

 相変わらずのほんわかぶりだ。


 奥の方のテーブルに座る。

 メニューをセイナちゃんに渡し、自分は飲み物を頼む。

 酒はやめておこう。

「決まった?」

「はい、これにします」

 今日の夕食メニュー。

 芋と肉と野菜を油と塩で煮込んだものだ。

 自分も同じものを頼み、待つ。


「で、セイナちゃん、どうして俺の事を知ってたの?」

 まずは訊かないと怖くて家に入れられない。

 セイナちゃんはちょっとバツが悪そうにしている。

「すみませんでした。実は、私、ルスラさんのお母さんと、同業というか、なんといえばいいのか・・・知っていますか?」

 何故か逆に聞かれた。

 母親の職業は農家、だが特殊なものを栽培している。

 薬の原料になるものを山から選び出し、栽培して増やしているのだ。

 そういった職業の人間は珍しく、そういった知り合いであれば直接知っていても納得はいく。

「俺の母親が何の商売をしているかも知っているということ?」

「商売?ああ、そちらは薬草や香草、山菜の栽培だとか・・・」

 小声でささやく。

 母親が何をしているか知っている人は少ない。

 街外れの山の管理をする住人は国の保護を受けており、誰が何を売るのかを外に漏らさない。

 また、調べに来てもすぐにはわからないようにされているそうだ。

 売る際にも、信用のおけるところに流し、誰が売ったか、どこで作ったか等はわからないようになっている。

 この情報は、役場でも登録されていないのだ。

 もし不必要に情報を漏らすと、大変なことになるらしいが、何が大変なのかは知らない。

 どうやら完全に同業ではなさそうだが、それを知っているということは、関係者の可能性が高い。

「ああ・・・そういうこと。うちの母親の知り合いだったのか。最初からそう言ってくれればよかったのに」

 しかし息子の変な情報を他人に流さないでほしいもんである。

 あのクソばば・・いや、なんか思うだけでも呪われそうだからやめとこう。

「いや、知り合いというわけでもないのですが、でも居場所が分かったのはルスラさんだけだったので、なんとかならないかと・・・」

 親同士が知り合いだったということだろうか。

「そうか・・・でも、多分、実家の方では引き取れないと思うよ。それに知っているかもしれないけど、今俺でも家には帰れない」

 18の時に追い出されて以来、向こうから会いに来ない限り母親には会えない。

 こちらから行こうとすると、迷うのだ。

 希少なものを扱う商売柄なのか、女一人の防犯なのか、多分、迷うように何かの術が施されている。

 他の近所の家はそこまでしていない。

 息子まで締め出す親ってどうなの、と当時は思ったが、意外と不便はない。

 突然定期的に母親が来る方が、結構不便だ。

「はい、そうだと思います。なので、ルスラさんの家においてほしいんです」

 うーん、なんか完全には信用できないけど、うちに置く流れになってきた。

 もし本当に母親の知り合いなら、一度会わせないといけないだろう。

 問題は、いつ母親が来るのか分からないことだ。

「まあ、あの人ふらっと来るからな・・・大体1年に1、2回は来るんだけど、こないだ来たばかりだからしばらく会えないかもしれないよ」

「はい、それまで待たせてください」

 しっかりと居座る気だ。

「はあ、まあ、仕方ないか・・・。わかった。うち汚いけど部屋は知っての通り余ってるから使って。日中は仕事でいないんで、鍵渡すよ。セイナちゃん学校は?」

 セイナちゃんは途端に変な顔になる。

「行ってないです」

 普通に字も読めているし、行っていたのかと思っていたが。

「じゃ、来週手続きしとくわ」

「え、あの、行かないと駄目ですか」

 落ち着かないようにそわそわしだす。

「行っといたほうがいいと思うけど、行きたくないの?」

「いや、行ったことがないので・・・それに仕事もしたいなと」

「それを理由に学校行かせないとか、俺職場で怒られそうなんですけど」

 そういうとセイナちゃんは渋々と承諾した。

「仕事ったって何するの?」

「一応、今までも簡単な事務や家事の仕事とか、農業の手伝いとかをして稼いでいたのでなんとかなるかなと・・・」

「なるほど」

 学校にも行かせずに働き手としていたということは、親も貧困層だったのだろうか?

 商売がうまくいっていなかったのか、ろくでもない親だったのか。

「仕事はしたければ学校に行ってから何かすればいい。別にお金を請求しようとは思わないし、学校だって午前中で終わるしね。それでいいかな」

「はい・・・」

 あ、しゅんとした。


 ちょっと気まずくなったところで食事が来る。

 いいタイミング。流石シジラさん。

「じゃ、食べようか」


 とりあえずこうして共同生活が始まることになったのだった。


「あ、あの、ちゃん付け、なんだかちょっと気持ち悪いので普通に呼んでくれませんか」

 とりあえずしょっぱなからクレームがついた。

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