出張終わり!
「お母さん、本読んで!」
畑で草取りをしている母親が、顔だけ振り向いてむすっとしている。
若いときから愛想のない顔だ。
「ちょっと待っててよ。真面目にやらないと、大変なことになるんだから。というか、外にまでその本持ってこないで。汚れちゃうからしまっといて」
「やだ!お仕事終わりにして!」
「あんた自分で読めないの?」
「まだ少ししか読めないの!だから読んで!」
母親は立ちあがると仕方ないな、というような顔で自分についた汚れを払う。
「分かったよ、少しだけ付き合うからさ、違う本にしようよ。それ読みづらくって」
「やだ。これ読んで」
「・・・じゃあ一回だけね」
俺は嬉しくて本を持ったまままとわりつき、また怒られる。
手をつなぎ、2人で家に入ろうとすると後ろから男の声がする。
「おーまたママに甘えてたか」
「ママじゃない」
母親が男に向かって投げるように言う。
「そうだよ、ママじゃないよ!」
俺も真似して言う。
背が大きくて帽子を被った男の顔は良く見えない。
・・・誰だっけ。
父親?
じゃなかったような、そうだったような・・・。
「?」
目を開けると、天井の灯りが目に入った。
朝?夜?
屋上にいた記憶はあるけど、その後どうしたんだっけ。
起きようとすると、頭が痛む。
触れば小さな瘤。
頭打ったのか。
「起きたな」
隣から女性の声がする。
目をやれば、あ、タミラと来るときに同行した護衛の方?
外套を着ていないと、小柄な女性だということが分かる。
すみません、男だと思ってました。
女性は俺が起きたのを確認すると立ち上がり何処かへ行ってしまった。
まだ頭痛いし眠いし転がっていよう。
多分ここはさっきの会議室だ。
しばらくするとぱたぱたと走ってくる音がして、
「ウルスさん、大丈夫ですか?」
セイナが入ってきた。
隣に座ったので、体を起こす。
「えーと、どうなったの?」
起きると頭が痛むので、さすりながら聞いてみる。
「終わりました。今皆で帰る準備をしています。ただ、全員乗れる車がないので朝まで待つそうです」
「みんな無事だったってこと?」
「はい」
そういってにっこり笑うところをみると、確かに大丈夫そうだ。
ちょっと眠そうにも見えるけど。
「夜明けまでどのくらい?」
「もうすぐですよ」
あらら。
そりゃ眠いよね、子供だし。
ん、よく見れば顔に跡が。
寝てたんだね・・・。
俺も寝てたけど。
もう夜が明けるというので外に出てみれば、確かにもう薄明るくなっていた。
大きなカラスは広場に落ちたままだ。
皆特にすることもなく、広場の花壇のふちに座ったり玄関にある椅子に座って、飲み物を飲んだりしている。
バードとアレスは若干汚れたり、小さなけがをしていたりしたが、問題はないらしい。
どんな感じで戦っていたのかは良く分からないが、まだ青い顔をしたアランさんが
「聞いてはいましたが、本当に2人でやれるとは思いませんでした」
と言っていたので、お強い人達なんだな、ということは分かった。
セイナの護衛についていたのはさっきの女性で、シェンリーさん。
一応お疲れさまでしたと声をかければ
「セイナの火力が強すぎてほとんど何もしていない」
とのこと。
「あの3人が規格外なんですよ」
とアランさんは言ったが、結界がなければ最初の襲撃で街は壊され、あのカラス?が放った一撃で壊滅しただろうし、結界に気を取られていたからいいものの、狙われたのがバードやアレスだったら2人とも死んでいたらしい。
ただ、そうすると、そこにいた魔物諸共、ということになるから、そんなことはしなかっただろうと。
「もう一回あれやられたら、俺達も死んでましたよねえ」
俺が言うとアランさんもうなづく。
「確かに。2度は出来ないんでしょうかね?」
2人で首を傾げていると、アレスが説明してくれた。
「魔物には、単に区別としてですが、魔物と魔族という呼び方があります。魔物は動物に近い、あまり複雑な行動はしないものの事を指し、魔族は知能が高く、魔族同士で意思の疎通を図り、指示したりされたりしながら行動していると思われるものを指します」
ほうほう。
アレスは落ちているカラスに目を向けて
「これは魔族だったのではないかと。1度目は結界の確認とあわよくばその破壊を目的としてやったんでしょうが、その後の行動は、結界の元を確かめに来たのでしょう」
結界の元。
アランさんと機械を確認しに来たと。
「上に報告する為でしょうかねえ」
アランさんはまた顎をさすりながら言う。
髭があるわけじゃないのに、癖なのかね。
「わざわざ近くまで寄ってきたのは、アランさんとウルスさんに自分を害する危険はないと思ったからでしょうが、セイナの火力を見誤っていたのもあるでしょう」
ちらとセイナをみれば、またウトウトとして隣に座っているシェンリーさんにもたれていた。
「すごい子ですね。あれだけやった後なのに、容量の減りはほとんどありません」
アランさんは苦笑している。
適性や容量に関して実感として分かることはないが、エマ先生から見せられた表を思い出す。
全適性で異常なまでの容量。
どういう仕組みになってんだろうな。
お菓子を食べたりジュースを飲んだり忙しく、珍しく大人しかったバードが立ち上がり、ごそごそしだす。
「あ、もうすぐ来るってさ。忘れ物ないね~?」
口にはお菓子のかすがくっついている。
子供か。
ほどなく大き目の車が到着し、全員が乗り込む。
退避していた人たちもその後から来た車で帰ってきていた。
小さな街とはいえ、おそらく何往復かはしなければならないだろう。
帰りは順調に行き、少し早い時間にシュトラスへ到着した。
流石に俺以外は車内で眠っていた。
まあ、俺は寝てた、というか気を失っていたからね。
もう少しでシュトラスの役場、というところで、一番前に座っていたアランさんが後ろを振り向き、目を覚ましていた皆に告げる。
「お疲れさまでした。さて、まずはこのまま病院へ行きます。予約はしてありますのでもう少しお付き合いくださいね」
「ええ~!ヤダ~!」
バードが反射的に言う。
俺もあんまり行きたくないなー。
帰りたい。
「ウルスさんも、頭打ってるんですから行きましょうね」
「はい・・・」
そうして俺は人生初の病院へ行くことになったのだ。