休日の訪問者②
腰まで掛かる黒くて長い三つ編み。
いい年したおばさんのくせに背が俺とそれほど変わらず、肩から掛けるだけの外套と丈夫な山歩き用の靴を着用しているため、後ろから見れば男にも間違えられる体格。
黙っていると怒っているような、年を取って更に何考えてるか分からなくなったきつい顔。
こうやって笑っていれば全然怖くないんだけどな。
まあ、俺の母親だ。
一瞬固まってしまったが、いつもの事なのでそれほど驚きはしない。
それより、セイナに会わせなければ。
「やあ、じゃないだろ、なんでこのタイミングで。あ、ちょっと待ってて。会わせなきゃいけない人がいるんだよ。出たばっかだから多分間に合う」
部屋を出ようと母親の横を通り過ぎようとすると、がしりと腕を捕まえられた。
「え、何?」
母親はニコニコしながら腕を離そうとしない。
山仕事をしているからか、細いくせに力も強いんだよな、この人。
「まあまあ。事情は大体知ってる。わざわざいない時狙ってきたんだから」
「はあ?!」
何を言っているんだこの人は。
「せっかくお母さんが来たんだから、お茶でも飲みましょ?」
そういうと俺の背中を押し、テーブルまで促す。
さっさと外套を脱ぎ、手際よくお茶を入れ、お菓子を物色して設置し、椅子に座ったので俺も仕方なく座る。
まあセイナが帰ってくるのを待てばいいか。
「いやーごめんね、世話させちゃって」
申し訳なさそうに笑う。
世話・・・あんまりしてないけど。
「・・・まあもういいけど、あの子誰なの」
母親の様子からすると知り合いだったみたいだけど、ちゃんと誰なのかは聞いておかないと。
母親はうーん、と少し考え込んでから口を開く。
「セイナ・ロッシ。モネア出身の女の子で、成績は、優秀。親は、戸籍の登録無し。多分モネアでの貧困層もしくは犯罪集団の人間だね」
「え、親が同業って話だったけど」
全部本当のことを言っていたとは思わないが、じゃあどこに接点があったんだろう?
「外れものっていう点では同業だけど・・・はは、そうじゃないか。うーん、何て言えばいいのかな。多分同業なのはあの子の親と私じゃなくて、あの子と私。ただ、姿を見たのは今日が初めてでね。あんな子供とは」
言っている意味がよく分からない。
「知ってるけど会ったことは無いってこと?」
母親は頷いてお茶をすする。
「まあそういうこと。ただ、私の方でまだ連れていけない事情があってね、できればもう少しここで面倒見てやってくれないかな。別に怪しい子じゃないし、何かあれば来るから」
確かに、何かあればこの親は変なタイミングで来るのだ。
とりあえず何か引っかかっていた一部が取り除かれ、ほっとする。
「・・・わかった、預かるよ」
母親は意外そうな顔でまじまじと俺の顔を見る。
「いいの?もっと渋るかと思ってた」
「うーん、学校も決めちゃったし、家の事もやってくれて手もかからない。なんか適性も容量もすげえあって、自分で金稼いでくるし、今のところいても困ったことはないんだよね。それに・・・」
そう言って母親を見ると今度はなんだかろくでなしを見るような呆れた目つきをしていた。
「あんたあんな子供に働かせて家の事まで・・・」
「いやいやいや、金はとってない!・・・食費以外は。それに家事もやんなくていいって言ってるんだけどやってくれちゃうんだもんよ」
まあさっきの言葉だけ聞くと確かにそういう誤解を招くな。
うん、俺が悪い。
「ならいいけど・・・。可愛いからって変なこともしてないだろうね」
頬杖をついてとんでもないことを言うもので。
普通息子にそんなこと言うか?
「するわけないだろ!10歳だぞ」
「冗談でしょ、何真面目に怒ってんの」
再び呆れられる。
我に返り、そうだよな、と思う。
最近同僚(主にハマド)に「幼な妻は元気か」だの「ロリコンおじさん」だのとからかわれるので、ちょっとむきになってしまった。
「まあそういうことでしばらくよろしくね」
いつまで?と聞いても返って来る親じゃないので聞かない。
「わかった。で、今日は泊っていくんでしょ?そのうちセイナも帰って来るし」
母親はお茶を飲み干すと立ち上がり、うーん、と困ったように笑うと
「そうしたいんだけどねえ、今回は無理矢理こっちに来ちゃったからすぐ帰らないといけないのよ」
確かにこの間、と言ってももう3か月前だが一度顔を見せに来ていた。
昔から仕事のことは詳しく話さない母親だが、一人で俺を育てながら暮らしてきた以上、結構忙しいのだろう。
「ああ、そう。じゃあ来たことはセイナに伝えておくよ」
「ほんとは隠しておいてほしいんだけど、そういうわけにもいかないだろうからねえ。」
言えば会わせなかったことを残念がるだろうし、引き取ってもらえないことも不安がるかもしれない。
まあしばらくという話だし、俺が面倒を見ればいいだけか。
面倒というほどみてないとはいえ。
俺の表情を読んでか、母親は言い足す。
「ああ、違うのよ。あの子は多分、私の仕事の・・・うーん、弟子?みたいなものになりたがっててね、どうしようかと思って来てみたんだけど、あんな子供じゃまだ将来決めるには早いし、ちょっと決めかねてるの。来たのに連れていかないとなれば、断られたと思ってがっかりするかもしれないでしょう?」
そっちか。
「でも大きくなるまでウチに来てないなんて誤魔化しもできないだろうに。大きくなるまで待っててとか言えばいいんじゃないの」
母親は少し間をおいて、困ったようにため息をつく。
「それがそういうわけにもいかない事情があってねえ。会えば連れて行かないといけないし、そうするとあの子は中央に監視されて自由に生きられなくなるのよ」
母親は本当にお茶を飲んだだけで帰っていった。
セイナに言うかどうかは任せるが、もし言うなら私の事は他人には絶対言うなとセイナに釘をさせ、と、無責任なことを言いはなって去っていったが、無責任は今に始まったことじゃないのでどうするか考える。
母親がやむを得ない事情で(本人はこうとしか言わない)職を引き継いだのは十代の前半だったと聞く。
俺が物心つく頃には家に役人が定期的に来ていたし、重要な会議とやらに出かけて留守番させられることもあった。
街に自由に買い物するにも必ずどこかに連絡し、多分監視が付いていた。
それほど重要な何かを栽培しているのかどうか、俺には良く分からないが、多分監視が付くほどには重要なもので、その職につけばそういう不自由があるということは確かだ。
本人がやりたいってんだから連れてってやればいいとも思うが、もしかしたら途中でやめられない類のものなのかもしれないしな。
そうだったら可哀想だ。
「さて、どーするかなー」
独り言をつぶやいてみる。
で、面倒くさくなってきたし、どうせしばらく面倒をみることには変わらないので、今は黙っておくことにした。
別に言ってもセイナなら黙ってそうだけど、無駄にがっかりするなら言う必要もないかもしれない。
しばらくって言ってたし、またその時でいいや。
短時間にバタバタしたせいで、何かする気分を完全に失った俺は、寝室に帰り。
そうして全く意味のないだらけた一日を満喫した。
その後。
「ただいま帰りました・・・」
夕方ぎいとドアを開けて少し疲れた声で帰ってきたセイナは、アンナちゃんにより、見事な変貌を遂げて帰ってきた。
どうやらアンナちゃんも俺と同じ事を思っていたらしく、普段着る洋服や靴をいくつか選んでくれたらしい。
アンナちゃんとはまた違う、セイナらしい、けれど年代にあった、可愛い女の子に仕上がっていた。
が、あまりの変貌ぶりに俺が変な顔をしていたらしい。
「やっぱり変ですか?」
セイナはため息とともに諦めたようなつぶやきを吐いてしまった。
しまった。
「いやいや、可愛いよ。普段から普通に着ればいいのに」
急にほっとしたような、嬉しそうな顔になったのでこちらもホッとする。
「そうですか?でも、仕事には不向きなので・・・仕事のない日に着ます」
そう言って部屋へ入り、ごそごそと音がしたかと思うと、ぴたりと音がやむ。
どうやらベッドに倒れこみそのまま眠ってしまったようだった。
相当疲れたんだろう。
俺は起こさないように夜の街に出かけ、休日の残りを酒場で過ごすことにしたのだった。
何て有意義な休日。