嵐の前に
雨の日の中傘をさして僕は例の仮面屋に向かった。日本の中心の東京といえど人気のない場所は存在する。その仮面屋はそういう場所にポツンと建っている。ここが地下の闇カジノに繋がる扉になっている。周りに誰もいないことを確認して鞄から仮面を取り出して顔に着ける。ここに入る時は仮面で顔を隠すのがルールらしい。
仮面屋に入り奥に入っていくと60代くらいの店主らしき男がレジ前に座っている。合言葉は?と聞かれたので僕は〝狼の衣〟と答えた。
店主はベルを鳴らす、そして奥の扉が開きエレベーターが現れる。どうゆう仕掛けなんだか・・・
僕はエレベーターに乗って地下へ降りる。
地下に着くと相変わらずの広さとギャンブラー達の熱気で賑わっていた。そんな彼らを無視してプレイヤー専用の部屋に向かう。この広い地下のさらに奥側にある。そこはプレイヤー以外は立ち入り禁止と書かれていた。見た感じは漫画喫茶を彷彿とさせる。部屋が沢山あるからだ。
僕は空と表示されている部屋を見つけて入る。
周りにはチラホラと満と表示された部屋もあるので他のプレイヤーも現在進行形でゲームを楽しんでいるんだろう。部屋にはベットとゴーグルらしき機械が1つ。これを被ればゲームの世界にダイブすることができる。
僕はベッドに寝転がってゴーグルを着けた。
welcomeと表示され視界が眩しく光る。
宙に浮いた感覚になりふとどこかに立っている感覚を感じる。視界が徐々に回復していき目の前に街が広がっている。ここが人狼ゲームというゲームの世界。またここに来たのだと実感する。
ゲームに参加するには転送柱と呼ばれる物がある場所に行かなければならない。転送柱はゲームが始まる前の待機部屋に繋がっている。部屋によって人数や役職が違うのでどの部屋に入るかは自分で決めることが出来る。とりあえず1番人数の多い16人部屋と表示された部屋に入ることにする。
役職は人狼4予言者1霊媒師1騎士1村人9
転送柱に入るとまた視界が眩しく光る。
しばらくすると視界が回復する。
教室くらいの広さの白い部屋。中心には今いるプレイヤーの人数らしき物が表示されている。
13と表示されている。
周りを見渡していると知っている人がいるのに気づく。向こうも僕に気づいたようで近づいてくる。
「よう」
「どうも」
圭汰さんだ。この間のゲームで僕が騙してしまった人。正直とても気まずい。
「そんな顔をするな。この間のことは気にしてない。今度は同じ陣営になれることを願うよ」
パンパンと背中を叩かれる。
「そうですね、今度こそは圭汰さんと同じ陣営がいいです」
しばらくすると2人のプレイヤーが出現する。
周りの空気が張り詰めた空気に変わったのに僕は気づいた。この部屋にいる全員の視線がその2人に集中していた。ひそひそと話す者もいる。
1人は黒髪の、もう1人は緑色の髪のプレイヤー。
どちらも同じくらいの身長でイケメンだ。まあ大体のアバターは造形が整っているけど。
2人は友達なのか周りのことには気づいていないようで喋りながら奥に入っていく。
「さっきの2人・・・結構注目されてましたけど有名な人なんですか?」
「あぁ、黒髪の方はHarth、緑の方はSchwein。2人ともかなり強いプレイヤーだ。特にSchweinは有名だ。〝ゾディアックシリーズ〟を持ってるからな」
「ゾディアックシリーズ?なんですかそれ」
「そうか、アキは初心者だから知らなくても当然だな。一から説明しよう」
「お願いします」
「まだこのゲームが始まって間もないころ人狼側の勝利が多くて村人側の勝利なんてほとんど無かったんだ。人狼の特殊能力が強すぎてな。俺達がプレイしているのをギャンブラー達が賭けているのは知ってるだろ?それで人狼側の勝利が多すぎて賭けにならないと苦情が殺到したらしい」
「なるほど」
確かに数の不利はあれど人狼が使える特殊能力は強力な者も多い。サシの勝負なら村人が負けるのも頷ける。
「そこで運営が出した対策は人狼に対抗できる武器やアイテムの開発。88星座をモチーフにした〝エトワールシリーズ〟これによって村人と人狼の勝率が半々くらいにはなったらしい。ちなみにエトワールはフランス語で星って意味だ」
「それってもう人狼関係ないですね」
「まぁな。でもエトワールシリーズはフィールドで超低確率でしか出ないから持ってるプレイヤーはそんなに多くない」
「そのエトワールシリーズって人狼側は使えるんですか?」
「使える」
「え、それって結局意味がないような」
エトワールシリーズと人狼の特殊能力を使ったらもう人狼側が圧倒的に有利に思える。
「このゲームの世界観は人狼に襲撃された村人達が人間に化けた人狼を見つけて戦うっていう世界観だ。村人達は人狼に対抗するために星座をモチーフにした武器を作った。エトワールシリーズは人狼にも使えるがエトワールシリーズと人狼の特殊能力を並行して使うことは出来ない。だが、村人側はエトワールシリーズと村人側が使える特殊能力を並行して使うことが出来る。例えば予言者の能力を使いながらエトワールシリーズを使うことも出来るってわけだ」
なるほど。村人側がエトワールシリーズを持っていたらそれなりに有利になるってことか。
「ただ、そのエトワールシリーズも万能ってわけじゃない。使いこなせなければ欠陥品でしかない。が、エトワールシリーズの中でもチートレベルで強いのもある。それが〝ゾディアックシリーズ〟12星座をモチーフに製作されたシリーズだ。さっき言ったSchweinが持ってるのがそのチートレベルの強い武器なんだよ」
「なるほど・・・」
「とは言ってもゾディアックシリーズはフィールドで手に入れることは出来ない」
「どうやって入手するんですか?」
「〝ある一定の条件〟を満たしたプレイヤーに運営から送られるらしい。その条件も詳しくは分かっていない」
「長々と説明してくれてありがとうございます」
「気にするな、初心者には優しくだ」
ともかくそのエトワールシリーズを手に入れれば多少は有利にゲームを運べるってことか。
そう思った矢先16人目最後のプレイヤーが現れる。すると周りの空気がさっきとは比にならないくらい張り詰めたのを感じる。さっき来た2人のプレイヤーも話すのを止めた。
そのプレイヤーは女性だった。水色の髪、氷のような冷たい目、襟で首や口は隠れていた。
「アセナだ・・・」 「あいつこの時間にもいるのかよ」
周りのプレイヤーがひそひそと話しているのが聞こえてくる。
聞こえているのかいないのかアセナと呼ばれたプレイヤーは部屋の1番奥の隅の方に壁にもたれかかって目を閉じた。ゲーム開始前のタイマーが動き出す。
「あの人もかなり有名なんですね」
「お前も運がないな」
「運がない?」
「アセナはこのゲームの世界で最も強いプレイヤーだ。敵陣営になったらまず勝ち目はない」
「そんなに強いってことはゾディアックシリーズでも持ってるんですか?」
「あぁ、持ってる。同じ部屋に2人のゾディアックシリーズを持った奴が集まるとは・・・今回は荒れるかもなしれないな」
2人で話しているとSchweinはアセナに近づいて話しかけていた。全員がこの2人に視線を向ける。
「これはこれは、現状最強のプレイヤーのアセナさんじゃないですか~」
「貴方・・・誰」
アセナは目を開けてSchweinを睨みつけた。Schweinは臆することなく話し続ける。
「えー?俺のこと知らないの?同じ12星座に選ばれた者同士仲良くしようよ~。まぁ、敵になって君が負ければ嫌でも俺の名前を覚えるさ」
「そうね、私も是非貴方とは別陣営であることを願うわ」
アセナがそう言うとSchweinは満足したのかHarthの元に戻っていった。
圭汰さんが言ったように今回は荒れるかもしれない。