ぐぅの音
彼女は料理好きだった。創作意欲は溢れんばかり、部屋を訪れる度に振る舞ってくれる。が、好きこそものの上手であれば。
「いいから座ってて」
手伝おうすると追い返される。スナック菓子は取り上げられる。空腹のまま待てということ。クロスが掛けられたテーブルを前に、座り心地のよい座布団を下に。トントントンと包丁が刻み、ジュッジュッジュッとフライパンが焼く。音が漏れてくる。時間は落ち着かない。長引いてしまうと尚さら。かといって、アドバイスをしようにも、まあまあまあということで。
「任せておいて。口が酸っぱくなっちゃうよ」
はぐらかされる。返せない。彼女は、彼女のやり方でやりたくて仕方がないのだ。
普段口にすることのないような食材を独特に加工。こんがり炭化と激レアがハーモニー。火加減、それはセンス。じゃりっとした混ざり切らない欠片、むにゅっとした煮え切らないブロック。取り合わせ、それもセンス。彼女の思うまま。だけど、私を選んでくれたのもその感覚だから。
「さあ、召し上がれ」
目の前にはとびっきりの笑顔。見とれる照れた桜色、とてもかわいい。言葉が出ない。翻って、目下には面妖な食べ物。見逃せない照かる警戒色、とても注意。言葉も出ない。
「お腹空いたでしょう。いっぱい作ったから、たくさん食べてね」
愛を感じ、愛は試される。蓋が開かれた鍋から沸き立つ、できたての如何とも芳しき香り。理性で抑え込む。覚悟を決める。勢いをつけよう。箸を伸ばそうとして、微笑む彼女は悪戯っぽく。
「隠し味もあるの」
口は何も発しない。ぺしゃんこのお腹だけ、ぐぅと鳴った。