第二話 「契約完了!」
明日香さんが満足気に話し終えると、紫織さんがカバンから一枚の紙を取り出し僕の前に差し出した。
話についていけない僕は必死に頭を働かせるがこんな事が理解できるはずが無かった。バイトの紹介をしてくれると思ったら女子校に入学しろと言われたなんて誰も信じないだろう。
「ちょ、ちょっといいですか?」
たまりかねた僕は頭の中で思った言葉をそのまま口にする。
「僕はバイトの話をしに来たんですよ!?
それが何で女子校に入ることになるんですか!?
そもそも僕は男です!!
そんな学校入れるわけないじゃないですか!!」
混雑しているファミレスの中で周りの事なんか考えず不満をぶつける。何人かのお客さんがこちらをチラッと見たがすぐに視線を戻した。
「君が男なんて事は分かっているさ、だからこその君なんじゃないか。
詳しい話は紫織にしてもらおう。」
そう言われると、紫織さんはカバンの中からポーチを取り出し僕の横に移動してきた。
「男が女子校に入れないのならば女になればいいんです。
動くと危ないので気を付けてくださいね。」
そう言うとポーチの中から化粧道具を取り出し僕の顔に化粧を施し始めた。突然の出来事にびっくりした僕は蛇に睨まれた蛙のように体を動かせなくなった。
「安心したまえ、紫織にはいつも私の化粧をしてもらっているから腕は確かだよ。
まあ私の場合元が良いからあまり化粧する必要がないんだけどね。」
自慢気にそう言って曇りなく笑う明日香さんの表情は年相応の少女らしさが窺えた。
「さあ、軽くですが出来上がりましたよ。ウィッグがあれば良かったのですが、あいにく本日は用意できなかったので仕方ありませんね・・・。」
化粧道具をしまいながら残念そうにつぶやく。普段は持ち歩いてるということなんだろうか・・・。
片付け終わった紫織さんが手鏡をこちらに渡してきた。化粧した自分なんて想像もできず恐る恐る覗いてみる。
しかし鏡の中には自分の姿が見当たらない、鏡の中には一人の少女がこちらを覗き返しているだけだった。僕はしばらくの間鏡の中の少女と見つめあっていた。
「ああ、やっぱり私の予感は的中したね!
君はどこからどう見ても女の子にしか見えないよ!」
明日香さんの言葉でフッと我に返り顔を上げると二人が満足そうな表情でこちらを見ていた。
「こんな美少女なら学院の生徒たちにも怪しまれないだろう。
これなら寮での生活も安心できるな。」
今、明日香さんの口から不穏な言葉が聞こえた。
「寮・・・?」
「そうだよ。ちゃんと言っておいたじゃないか。
君の住む家も確保してあげようって。」
明日香さんはキョトンとした顔で答える。
「そんなのできるわけないじゃないですか!
ただでさえ女子校に男子が入るなんて問題になるようなことをするのに、さらに寮で寝泊まりするなんて・・・。
こんなのほぼ犯罪じゃないですか!!」
明日香さんには悪いけどこのバイトは断らせてもらおう。だいたい何で明日香さんがこんなことを勝手に決めることが出来るんだ・・・。
「大丈夫大丈夫!私の学校なんだから私が何やったって許されるさ!」
「私の学校・・・?」
「ああこれは言って無かったか・・・。
私が星蘭女子学院の理事長をやっているんだよ。
ほら、これなら安心して入学することが出来るだろう?」
さらっととんでもないことを言われてしまった。目の前に座る年齢が二つしか違わない女性が学校の理事長だって?
「まあ補足しておくと私の祖父が去年の今頃に亡くなってしまってね・・・。
そのころから私が代理で学校を任されるようになったのさ。つまり理事長代理ってことだ。
普段は生徒として学校で生活させてもらってるよ。」
先ほどまでとは違い、明日香さんの顔にはかげりが見えた。理事長と学生としての多忙な生活を彼女は送っていたんだろう。
「そうだったんですか・・・。
あ、あの、ほんとに僕が入学しても大丈夫なんですよね?」
「ああ!君が男子だとバレそうになったら全力で君を守ろう。」
明日香さんの目はまっすぐに僕の目を見ていた。その言葉を聞いた僕は迷うことなく契約書へサインした。
「いいのかい!?君はこれから毎日女の子として生活しなきゃいけないんだよ?」
突然サインした僕に驚いた明日香さんは念を押すように確認をしてきた。
「これからの生活に困っていた僕にとっては、女子校だったとしても高校進学できるっていう事が十分すぎる条件なんです。
しかも住む所まで用意してもらえるなんてこれ以上ない贅沢なことです。
それに・・・。」
「それに・・・?」
「僕は明日香さんが笑っている顔が好きです。
だから僕が入学することで明日香さんの笑顔が増えるならとてもうれしい事なんです。」
言い終わると明日香さんが顔を手で覆っていた。指の隙間から顔が真っ赤になっているのが見て取れた。
「君はよくそんな恥ずかしいことを平気で言えるな・・・。」
僕と明日香さんを交互に眺めてにやにやとしていた紫織さんがこちらを向いた。
「それでは近藤さん、これからの三年間どうかよろしくお願いしますね。
ああ、そういえば近藤さんのメイクに使った口紅はお嬢様の使いかけを使わせていただいたんですよ。」
向かいの席からボンっという音が聞こえた気がしたが僕は顔を覆っていたので確認できなかった。