第一話 「契約するよね!」
公園から出て一分ほど歩いた所に彼女の車は停められていた。彼女の見た目には似つかわしくない、この辺では見かけないような高級車だった。
高級な物に耐性の無くただただ呆然としていると、車の運転席からスーツに身を包んだ女性が出てきて彼女の事を出迎えた。彼女がスーツの女性に何かを話すと車のドアを開き僕に向かって優しく微笑みかけた。
「さあ、早く中に入りなさい。この時間だとまだまだ寒いだろう。」
彼女に促されるまま後部座席に座ると彼女も僕の隣に座った。高級車特有の座席の質にそわそわしていると彼女が話しかけてきた。
「そういえば自己紹介がまだだったね。
私の名前は清宮明日香だ。君なら明日香と呼んでくれても良いよ。」
「僕の名前は近藤晴です。
と、ところで明日香さん、何で公園で僕に声をかけたんですか・・・?」
もっと早くに、車に入る前に聞いておくべき事を今さらになって聞いてみる。
「ああ、晴か良い名前だね。これからの生活に困らなくて住みそうだ。」
聞かれた質問には答えず、ニコニコと僕の顔を見つめている。その瞳からはイタズラ小僧のようなギラギラしたようなものを感じた。
「ところで君も大変だねまだ中学校に入ったばかりだろうにバイトをするほどお金に困っているなんて・・・。」
「・・・僕はもうすぐ中学を卒業しますよ。」
「えっ、そうなのかい?その身長だからまだまだ子供なのだとばかり思っていたよ・・・。それじゃあ来年からは高校に通うことになるんだね?」
明日香さんは心底驚いたようで目をパチクリさせたが次の瞬間にはさっきまでのニコニコした顔に戻っていた。人の気にしていることを突いておきながらその顔にはまるで悪意が無く、こちらも怒るに怒れなかった。
「いえ・・・。実は親が僕の事を置いて家から居なくなってしまって・・・。高校に行こうにも今はご飯を食べるお金にも困ってるほどなんです・・・。」
あらためて自分の置かれてる現状を思いだしてしまい背筋がじんわりと冷たくなった。
「なんと・・・。そんなことがあったのか・・・。
だが安心したまえ!私が君に紹介するバイトを受けるのなら高校にもちゃんと通えるようになるぞ!
さらに住む家も確保してあげよう!」
「ほ、本当ですか!?そんな好条件で雇ってもらえるなら是非そのバイトをやらせてください!」
棚からぼたもちの様な話に僕は身を乗り出し、明日香さんの方を見た。明日香さんは先ほどまでと同じニコニコした顔をしていたがその口元からはこれから起こる事への期待がにじみ出ていた。
「お嬢様、目的地へ到着しました。」
運転手の女性が明日香さんに呼び掛けた。やっぱり明日香さんはどこかの令嬢なのかと思いながら運転手さんが開けてくれたドアから外に出ると冷たい風が吹きつけた。
ごく一般的なファミレスの駐車場には不釣り合いな車を後にし僕と明日香さんと運転手の女性はファミレスへと入った。
食事時のせいか店内は中々混雑しているようだった。僕らに気付いた店員が席へと案内してくれてようやく一息つくことができた。
席についてメニューを開くと最近ご無沙汰だった肉料理が目に写り思わずよだれが垂れそうになった。今日は明日香さんがおごってくれるんだからたくさん食べるぞ!
と思っていたがいざ明日香さんに何を頼むかと聞かれると今になって女性におごられると言うことに罪悪感を感じてしまい安いセットメニューを頼んでしまった。
料理が運ばれるまで暇になってしまった僕は明日香さんにいろいろと質問してみることにした。
「あの、明日香さんっておいくつなんですか?」
聞いてから女性に対して年齢を聞くことが失礼なことだと気付いたが、明日香さんは表情一つ変えず答えた。
「君よりたった二つ年上の女子高生さ。」
彼女の答えに開いた口が塞がらなかった。確かに言われてみれば彼女の顔は化粧が施されているがどこか少女のようなあどけなさが残っていた。
「なんだい?もっと年上にでも見えていたかい?」
「だっ、だってそんな口調をしているし、大人びた服を着ているから・・・。」
「まあ、この口調は立場上仕方ないことだからね・・・。
休日だからこんな服だけど私だって制服を着れば女子校生に早変わりなんだからね!」
そう言われて明日香さんの制服姿を想像してしまい思わず口元がにやけてしまう。
「近藤さん、お嬢様の事をそのような不純な眼で見ないでもらえますか?」
「まあまあ紫織、そう言ってやるなって。
晴くんだってまだまだ思春期の真っ最中だよ?」
運転手の女性に注意されてしまったが明日香さんが優しくフォロー(?)してくれた。紫織と呼ばれた女性も納得したかのようにクスッと笑った。
「そうだ、紹介するよ。彼女の名前は一条紫織。普段は私の秘書のような仕事をしてくれているんだ。彼女の事も紫織と呼んであげてね。」
そう紹介された紫織さんは軽く会釈をして笑顔を向けた。
そんな話をしていると待望の料理が運ばれてきた。温かそうな料理を目の前にして僕の目は飢えた狼のようにギラついていた。
「さあ、いただこうじゃないか!」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに僕はご飯を食べ始めた。いつぶりかも分からないような肉の味に感動を覚えながら食を進めた。
必死に食事をする僕の姿を見てあまりにも哀れに思ったのか彼女たちから憐れみの視線を感じた。
「さて、そろそろバイトの件について話をしていこうか。」
食事を終えたところで明日香さんが真面目な口調で話始めた。
「まず何故私が君に声をかけたのかを説明しよう。
君のその透き通るような白い肌、華奢な身体、二重でパッチリとした眼、そして君の持つ小動物のような雰囲気!これらを見たときにピンと来たんだ!」
まくし立てるように喋られ、誉められているのか貶されているのか分からずに困惑する。
「そして君のバイトを探しているという発言で私はこういう結論に達した。
『君には我が星蘭女子学院の生徒になってもらう。』
さあ、理由も分かった事だし契約書にサインを頼むよ!」
今はここまでです。