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牛頭の鬼-Minotaur-

サブタイにいつも悩む

 自身を衛兵の部隊長だと名乗った男に頼まれた依頼のため、信久とシャ・リザールは街から数キロ離れた森へ来ていた。蜥蜴人族の里があった巨木の森とは違い樹木の高さはそれほどはないものの代わりに鬱蒼としており身動きが取りづらい状況に信久は苛立ちを覚えていた。

「ここまで身動きが取りづらいと頼まれた牛頭の鬼(ミノタウロス)の討伐も難易度が上がりそうだな」

「そうでもないかもしれませんよ。牛頭の鬼は体も大きく彼らの武器も大ぶりの物です。それらを考慮すれば我々にいくらか有利と思うべきでしょう」

 シャ・リザールの意見に頷き未開放の嵐刃で草を刈りながら進む。他にも何種類かの刃はあるがどうしても最初に使った風の剣に頼りがちになってしまっていることに信久は理解出来ぬ面白さを感じた。

 試しに水の剣を出してみる開放しない限り宝珠以外差異はないが、何となく気分は違うように感じる。

 しばらく歩いたところでシャ・リザールが声を発さず止まるよう合図を出した。それを見て動きを止め姿勢を低くする。ゆっくりと物音を立てぬようシャ・リザールへ近づくと茂みの向こう――木の伐採された空間――に大きな茶褐色の巨体が立っていた。筋骨隆々とした人間の様な胴体、膝から下は牛の様な形状をしている。首から上が雄牛で捻れた角はバイソンのように鋭利だ。突進を避け損ねただけでただの人である信久などたまったものではないだろう。

 だがその異形よりも目を引く物があった。丸太のような腕で打製石器の様な石を割り加工された原始的な大剣を持っていた。石というより岩と表現するべき大きさだ。信久は正直勝てるのかと不安になっていた。いくらシャ・リザールの馬力が強かろうと相手は彼の2倍はある大きさだ。それに自身は後々の事を考え開放なしで戦おうとしている。里を守った時や逃げた時よりも体が震えている事に気付き情けない表情になった。剣の力があって初めて戦力として見ることができるレベルなのだから、下手をするとそのへんに居る一般人より下なのかもしれない。1度深呼吸をして落ち着かせる。

「私が先に行きます。出来れば隙を見つけ攻撃して下さい。ご無理はなさらないよう」

 シャ・リザールはそれだけ言うと戦斧を構え勢いよく牛頭の鬼へ踊りかかった。初撃は石器の大剣に防がれ甲高い音をあげた。やはりと言うべきか膂力の違いでシャ・リザールが押されている。何度か切り結び徐々に牛頭の鬼の背中を信久側へ向けさせ競り合い動きを封じさせた。

 信久は慌てて走り出しエルセフィーナを振りかぶる。あと少しの距離となった時に、はたと気付き両手で持ち直す。

「とぉりゃぁああ!」

 声を上げ自らを鼓舞しエルセフィーナを振り下ろした。

 全力での一撃。

 脇腹を断つとまでは言わないもののある程度負傷させられると思っていたが、硬い体毛と厚い筋肉に阻まれ刃は2センチ程くい込んだところで止まった。

 ここで1つ信久は致命的な判断ミスを犯した。消して1度離れ手元に再召喚すればよかったものの、それをせずエルセフィーナを引き抜こうとして離脱が遅れた。

 信久を襲ったのは恐るべき衝撃だった。

「ガッ!?」

 何度か転がり全身から伝わる痛みを堪え立ち上がる。霞む目を叱咤し牛頭の鬼を探す。

 居た。

 こちらへ背中を向け鬼と相対するシャ・リザールの姿といくらか傷を負い血を流す牛頭の鬼だ。立ち上がり痛む箇所の骨が折れていないことを確認すると信久は再び距離を詰めた。細かいことを考えているとまた同じ目にあうだろう。ならばと考えずその場の感覚に、エルセフィーナの中にある知識に頼ることにした。

 シャ・リザールの脇をすり抜けふくらはぎ目掛け剣を振るう。刃は浅く肉を裂き骨にぶつかり止まる。信久はそのまま剣を消し転がりながら通り抜けると切り返しまた剣を出す。半ば振り返ってはいるが、まだ間に合いそうだ。続いて腿を裂きついでにと右手に出し変えた剣で脇近くを切りつける。そのまま信久は安全圏まで離れた。軽傷は負わせられたが、派手に動き回っての攻撃はデスクワークばかりでスタミナや筋力の落ちた体に響く。プラスアルファで緊張から変に力を込めていることが要因となっているのだろう。

 シャ・リザールは数度切りつけ荒い息をしている信久へ視線をチラリと向けた後、するりと牛頭の鬼の間合いへ侵入した。信久に意識を移していた牛頭の鬼の反応が少し遅れた。それを逃さず長柄で大剣を持つ右手首を打ちつけ担ぎ直した戦斧で肩口へ体重をかけた重い一撃を放った。戦斧の刃は肋を砕き鬼の体深くまで刃を進め、致命傷を与えた。

 重要な臓器を潰され大量に吐血すると牛頭の鬼は最後の抵抗にと左手をシャ・リザールへ伸ばすがその手は届くことなく力を失いその場へ崩れ落ちた。

 緊張が切れその場へへたりこんだ信久に戦斧を引き抜いたシャ・リザールが手を伸ばす。

「やっぱり、まだまだなんともならないなぁ」

「そうでもありません。2度目の攻撃からは幾分かマシになっていましたよ」

 革の水筒から水を飲み口の端から零れた分を袖で拭うと信久はため息を吐きながら嫌そうに言う。

「高校の時より体力も筋肉も落ちてるから、基礎トレーニングが必須だよ。やらなきゃすぐバテて終わりさ」

 強かに打ち付けたり擦りむいた場所を眺め表情を歪める。傷薬代わりに薬草のエキスを染み込ませた包帯を軽く巻き付け縛る。打撲箇所にも湿布代わりの薬草を貼りたいが動き回るタイミングではすぐに剥がれ落ちてしまい勿体ないだろう。本当に必要な最小限度の応急手当を終え立ち上がる。牛頭の鬼を討伐した折には角を持ってくるよう言われている。シャ・リザールの戦斧でも折る事は可能だが、エルセフィーナで切り取った方が物として有効だろうとシャ・リザールの談だ。

「根元から切り取ればいいんだよね?」

「はい。皮で包まれているギリギリのところで切り取ってください」

 絶命した牛頭の鬼へ近づき角を切り取ろうとした時、最初に信久たちが潜んでいた草むら辺りが揺れた。びくりと立ち上がり緊張した面持ちで草むらを睨む。エルセフィーナは順手で真っ直ぐ草むらへ切っ先を向け構える。

 素人なりの臨戦態勢だ。息を飲み相手の出方を伺っているとシャ・リザールが口を開いた。

「出て来なさい。争う為に来たようではないとお見受けしますが?」

 しばらくガサガサと動く音がしたかと思えば草むらから銀色の毛に包まれた三角形の耳がひょっこり顔を出した。犬や狼のような獣だろうかと信久は思っていると蜂蜜色の瞳と色白の顔が現れた。

「それ、貰える?」

 草むらから出てきた獣耳の少女は牛頭の鬼を指差し無表情な瞳で信久を見つめた。

「えっと、角以外ならいいけど?」

「角が欲しい」

「申し訳ないけど、俺たちも必要なんだ。別のミノタウロスから取ってくれ」

 少女はしばらく考え込むとおもむろに腰に差した短剣を引き抜き構えた。右手に握る短剣は逆手。左腕は美しい装飾のされた篭手がはめられている。

「勝負。勝ったら頂戴」

 真剣な眼差しで信久を見つめる少女に困り切った顔でシャ・リザールへ視線を投げる。

「頑固なようですよ」

 肩を竦め言うシャ・リザールに見りゃわかるよと内心吐露し、向き直る。

「あー、なんで必要なのか聞いてもいいかな?」

「街に入るのに交換条件で出された」

(この子も獣人だ。同じような条件を出されたんだろう)

 信久は構えを解きエルセフィーナを虚空へ消す。少女はその行動に小首を傾げた。

「俺たちも同じ理由なんだ。どうだろう、パーティを組んでいたと言う体で行けないかな?」

「なんで?」

 考える時間もなくすぐに返ってきた疑問に信久は頭を抱えた。それくらい理解して欲しい。

「牛頭の鬼の角は一対で2本ともないと意味がない。この前提は大丈夫だよね?」

 こくりと少女は頷く。

「それで俺とシャ・リザールさんのパーティ、君。お互いが角を欲しがっていて、同じ街へ入りたがってる。1を2じゃ割れないわけだ」

 正確には割るが条件と合わなくなってしまう為この際は割愛する。

「なら、2人も3人も一緒だし、最初から3人パーティでしたってことで君も俺たちも得をする。それじゃダメかな?」

 しばらく反応がないまま時間が過ぎ、そろそろ反応してくれないかなと信久が口を開きかけた時にやっと少女が反応した。

「分かった。お前のパーティに入る」

 頷き短剣を鞘へ納め近づいてきた。信久を通り過ぎシャ・リザールの前まで行くと、素早くしゃがみシャ・リザールの顔を見つめた。

「ルウナ。よろしく」

 華麗に通り過ぎられた信久は何とも言えない表情で二人のやり取りを見つめ肩を落とした。

「私は蜥蜴人族のシャ・リザール。ノブヒサ殿の奴れ「友人!」……友人です」

 じろりと睨む信久にシャ・リザールは肩をすくめる。ルウナはそのやり取りを見つめた後、信久の方へ向き促す様に見つめた。

「俺は菊池信久。ある人を探してる」

 ゴソゴソとポケットをあさり紫の宝石のはまった指輪をルウナに見せた。

「この指輪の持ち主を探してるんだ。何か知らないかな?」

「見たことないし知らない。名前は知らないの?」

 困った表情で首を横に振る。

「残念ながら手紙と指輪しか情報はないんだ」

「面倒なことしてるねキクチ」

「自分でもそう思うよ……あ、菊池って苗字なんだ。信久でいいよ」

 信久の言葉にルウナは首を傾げる。そういえば、この世界に来てから苗字を聞いた覚えがないことを思い出しなんと説明するべきかと頭を悩ませる。そういえばと日本史の教科書での一文を思い出した。

「分かりやすく言うのなら何とか村の誰々みたいなもんかな?昔は偉い人しか苗字がなかったそうだけど」

 信久の説明にシャ・リザールはなるほどと頷きルウナは首を傾げている。

「えーっと、つまり信久って呼んでくれる方が嬉しいかな?」

「分かった」

 頷くルウナに、本当に分かってもらえたのか少々心配になったが問題ないと判断しとやかく言う事はやめた。

 ルウナの同意を得て手っ取り早く角を切断し回収。3人は首都へ向け移動を始めた。

 日が陰りゆっくりと夜の帳が辺りを包み始めた頃、首都に到着した。かなりの強行軍ではあったが宿で寝た方が身体に負担が掛からないだろうとシャ・リザールの言葉で急いだのだ。

 門の前ではそろそろ閉めようかと支度をしている衛兵たちが3人に気づいた。

「今日はもう閉めるぞ。明日にしろ」

「衛兵部隊長に言われて牛頭の鬼の角を持ってきたんだ」

「衛兵部隊長?」

 衛兵の2人が首を傾げる。

「えーっと、白髪で長い髪をオールバックにして後ろで結ってて、腰に白で金の装飾した鞘。割と幅広の剣だったかな?」

「……少し待て、確認をとる」

「手間かけるね」

 ブツブツと独り言を呟きながら去っていた1人の衛兵から残った衛兵に視線を移し世間話に挑戦してみる。

「だいたいこれくらいの時間にいつも閉門なの?」

「そうだな。夜は魔物が活性化するからいつもこれくらいの時間だ」

 肩を回し首を回す衛兵に信久は苦笑する。どの世界でもこの時間帯まで働いている人間は同じようなことをするようだ。

「となるとこのあとは食事をしてゆっくりと?」

「酒もだな」

 ジョッキを煽る様なジェスチャーをする衛兵に、信久も笑い同じジェスチャーをする。

「噂では酒がよく売れるよう店は外より少し暑めにしてるんだとか」

「おお!だから家で飲むより美味いのか!!」

 酒の話で衛兵と盛り上がっていると先ほど離れていった衛兵が上質な服を来た老齢の大男を連れてきた。

「待たせてしまったな。どうだ、牛は狩れたのか?」

 角を出し衛兵部隊長に渡す。

 最初の反応は目を軽く見開き驚いた表情。続いてその瞳は鋭く細められた。びくりとルウナは反応しシャ・リザールの影に隠れる。

「なるほど、この角を回収したのはそこの蜥蜴人族の戦士かな?」

「俺だけど、どうかした?」

 あっけらかんと信久は告げ衛兵部隊長を見返す。天然パーマに整ってはいるが少し垂れた目尻がどこか頼りなさを感じさせる顔、戦いに向いた体つきでもない。だが、その表情や言葉端から嘘の気配はせずシャ・リザールとルウナにもそういった様子はない。衛兵部隊長は信久の言葉を信じることにした。

「……分かった。帝都へ入ることを認めよう。ようこそ、ファルマール帝国首都ミリシアへ」

 へ衛兵隊長がそう告げると重々しく門が開くーー訳もなく脇の小さな兵士用の部屋を通された。6時を回りそろそろ魔の刻。モンスターが跋扈する時だ。そのような時刻に主門を開けるわけにはいかないのは当然だろう。駐在所を抜け街へ入った信久は息を飲んだ。これまでの道すがらなどからそこまで治安は良くないのだろうと思っていたが、想像よりもしっかりと管理の行き届いた表通りは見事な景観出会った。統一感のある石造りの建物と、主要路のみだが舗装された道は帝都の繁栄を体現していた。

「ほほう、これは素晴らしいですね」

 目を輝かせるルウナと、いつもより少しだけ落ち着きのないシャ・リザール。結局のところ反応に差異はあるが、3人とも帝都の様子に飲まれていた。

 気を取り直し牛頭の鬼の素材を換金できる場所を探すことにした。現状、無一文の信久達に宿などない。とりあえずと若い衛兵に聞いたところ、大通りを真っ直ぐ進み中層区画へ入ってすぐ右にギルドが運営する買取店があるらしい。若い衛兵に礼を言い中層区画へ向かう。南東側の区画は武具や薬などの冒険者向けの店が多く、宿も彼ら向けの店が多い。

「さてと、たしかここらへんに……」

 宿屋を挟みその奥2件目に目的の店が見えてきた。まだ営業しているのか灯りがこぼれている。なんとか宿無しは回避できそうだと安堵した彼らがそれに気づくよりそれは早く起こった。陶磁器の割れる音が宿から響き次いで木製の扉を砕き男が吹き飛んできたのだった。

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