遭遇-Encounter-
修正:5/7 サブタイの英語の頭文字を大文字に変更
遺跡を這い出した信久を迎えたのは満天の星空だった。現代の都会ではお目にかかれない心を圧倒する素晴らしい光景だ。信久はしばし呼吸を忘れ夜空に魅入った。
しばらく空を眺めてから歩き出す。視線を下ろした時に森の奥に明かりを見つけたからだ。ある程度の知識は11人の英雄の追体験で得ている。そうそう文化が変わることはないだろうと希望的観測の元に村へ行き情報を入手しようという算段だ。
真っ直ぐ明かりの見えた方角へ突き進む。下手にグネグネ進もうものならきっと森で遭難するだろう。木につき当たればゆっくりと真反対まで移動してから進む。地道な努力を続ける信久の前方からぽつぽつと光が見えてきた。おや、と首かしげる。村まではまだ距離があるはずだ。
「狩りか?誰かが行方不明とか?」
有り得そうな事を呟き、まあ関係ないかと結論づけ歩き出そうとしたところで前方から貧相な服を着た二足で走るトカゲ人間が走ってきた。所々鱗が欠け血が滴っているのは後ろから追い立てる松明の持ち主達のせいだろう。頭部から伸びる立派な双角は片方が半ばより無残にへし折れている。しかしこれはこれで歴戦の戦士の様な風格がある。格好が貧相な服でなければの話ではあるが……。
何をするでもなくただ見つめる信久に不審そうな視線を向けたトカゲ人間だったが、それよりも後ろから迫り来る松明の方が脅威であり目の前の信久は脅威ではないと判断。速度を落とすことなく駆け抜ける。対し信久はいまいち理解はしていないもののトカゲ人間は何らかの理由で逃走しているのだろうと当たりをつけ、興味が湧いたこともあり彼に理由を聞くべく走り出した。
なぜその巨体でそこまで速く走れるのかと疑問しか出ないがトカゲ人間は信久よりほんの少しだけ速い速度で森を駆け抜けている。それは単に森などの悪路で走り慣れているか否かが影響しているのだ。
なんとか並走出来るようになったところで信久は意を決して声をかけた。
「なあ、なんで逃げてるんだ?」
突然声をかけてきた信久にトカゲ人間はギョッとして横を向いた。汗だくで息を切らしながら並走する信久に唖然としたが少し考え鋭い牙の覗く口を開いた。
「脱走奴隷なので」
「奴隷?ここ奴隷制度なんてあるの!?」
今度は信久が驚く番だった。
「お静かに。彼らにバレてしまいます。こちらへ!ひとまず隠れます付いてきてください」
素早く判断したトカゲ人間に素直に従い信久は森の奥へ足を進めた。
シャ・リザールは自分の後ろをついて来る青年に首を傾げていた。自分が奴隷であることより制度に驚き蜥蜴人族であるシャ・リザールに素直に従っている人物。余程の世間知らずか阿呆だろう。まさしく世間知らずなのだがそれを知る由もない。
先程までの森と様子を変え巨木が乱立する森の中、巨木のうろへ体を滑り込ませるとシャ・リザールは手近にあった蔓や枯葉でうろを隠した。少し手狭だが身を隠すには充分だろう。
「1つ伺いたい」
「なんも知らないからほとんど答えられないと思うけどいい?」
「簡単なことですので大丈夫でしょう。何故私を捕まえようとしないのですか?」
低く落ち着いた声色だが視線は鋭い。信久は知らず後ずさった。
「なんでって奴隷とか知らなかったしあんたが困っているように見えたから話を聞こうと思ったんだ。なんも知らないからな」
真っ直ぐに嘘偽りなく信久は告げる。何も隠すことは無いしメリットもない。信用してもらい色々とこの世界の事を教えて貰わなければならない。
「あんたを追いかけてた連中から逃げ切る手伝いをしたら色々教えて貰えるかな?」
「構いませんが、いいのですか?脱走奴隷は犯罪者ですよ」
犯罪者の単語にぴくりと反応した体を押さえ信久はシャ・リザールの目を見た。どちらかと言えば邪魔者を遠くへやりたい感情が見え透いているが気づかないふりをして答える。
「それこそ知ったこっちゃない。偶然身なりの貧相なトカゲ人間を助けただけのことだろう?」
口悪く言ったがそういうことにしてしまえばいい。通用するかは二の次だ。信久の言葉にシャ・リザールはまた驚かされた。この国の人族はどう言って居ようが根本では他種族を下に見ている。この奇特で不思議な人族の言葉を信じてみようとシャ・リザールは思った。
「分かりました。貴方を信じましょう」
「え!?あ、信じてくれるの?自分で言っといてなんだけど怪しいだろ?」
不思議そうに聞く信久にシャ・リザールは自然と笑みをこぼした。
「貴方から他の人族から感じる悪感情を感じません。しかも助けるとまで言ってくれる。最初は確かに信用していませんでしたが少し信頼してみようと思っただけです」
そんなもんかとあまり納得していないが信久は頷いた。そして、これからどうするのかとシャ・リザールに聞いた。
「先にひとつだけ教えて欲しいのですが、武器はお持ちで?」
「んー、あるっちゃあるよ。ほら」
右手に粒子が集まり形を形成する。黒い宝石が柄にはめられている以外装飾のないショートソードだ。武器なんて中学校の体育で剣道をほんのちょっとかじった程度の経験しかないのだから無難なチョイスだろうと信久は思った。竹刀より短いのにずしりとした重さが伝わり頬が強ばった。
「えっと……どうかしたか?そんなに人の顔じっと見て」
「……いえ、なんでもありません」
観察する様に信久を見つめていたシャ・リザールに聞くが隠されてしまい信久は首を傾げる。もしかしてバレてしまっただろうかと緊張したが大丈夫なのだろう。剣を消し気になっていた事を聞く。
「それであー……あんたは武器は持ってないんだよな?」
「逃げるだけですからね。必要ありません」
「なるほどなるほど、んじゃあ俺はあんたに続いて逃げつつ剣で威嚇すればいいんだな」
腕を組みうんうん頷きながら言うが、
「ええ、出来れば手傷を負わせればもっと逃走は楽になりますけどね」
シャ・リザールの言葉に固まった。
「貴方の様子から剣を振ったこともないことは分かります。威嚇だけで大丈夫です」
「そ、そっか。うん、悪いな色々と初めてなんだ」
笑い飛ばそうとしたところでシャ・リザールに口を塞がれ静かにとジェスチャーをされた。驚きながらも頷きシャ・リザールの視線につられ信久もカモフラージュの草の隙間から外を見る。
かさりと落ち葉を踏みしめる音と松明の明かりが近付いてくる。
「あのトカゲめ!出てこい!今なら片目で許してやるからよォ!」
信久より少し小柄な男だ。猟師なのか背には弓を背負っている。忙しなく辺りを見回し腹立たしそうに傍の木へナイフを突き立てた。
弓を持っていることや追手の態度に信久はビクリと怯える。まさかここまで殺気立った人たちに追われているとは思いもしなかった。出来るだけ近付かれることなく矢も防げる方法などあっただろうかと必死に頭を働かせるが出てくる案などジグザグに走るくらいだ。ひとつだけ可能だろうが扱えるかは不安が残る。
「いいですか。私がこの木で彼の頭を殴ります。そのまま走り抜けましょう。後ろの威嚇は頼みますよ」
「わ、分かった」
猟師の意識が別の方角へ向いた時、シャ・リザールは木を片手に躍り出た。巨体から想像できない静かさで猟師に近寄り後頭部へ渾身の力で殴りつけた。猟師は声も発さず倒れ殴った木はへし折れた。慌てて信久もシャ・リザールに続く。
初動は上手くいき2人はひたすらに走る。まだ明かりの集まりは悪いが着々と集まりつつある。そろそろ信久の出番となってしまうだろう。単純にシャ・リザールに助けを申し出た数十分前の自分を殴って止めたくなる。バクバクと暴れる心臓に嫌な気分になっていると風切り音とともに顔の横を矢が通過していった。さっと血の気が退く。ひゅんひゅんと足元に突き立つ矢に四の五の言っている場合ではなくなった。渇いた口を唾液で湿らせ右手に力を込める。翠の剣が手の中に現れる先程の剣と色が違うのみだがそれで終わりではない。腹に力を込め叫んだ。
「嵐刃解放!」
変化は唐突だ。シミターの様な曲剣になり羽や風を表す意匠の装飾がなされた物へと見た目を変えた。
「グッ……」
服がぬるりと湿るのを感じ歯を食いしばる。背後に厚い風の壁をなんとか発動させシャ・リザールから遅れながらも走る。
正直想像以上だ。痛いし苦しいし辛い。湿った服も気持ちが悪い。やっぱりさっきまでの自分を殴りたくなる。
「もう少しです。ここを抜ければ里へ着きます。そこへ入れば彼らも手出しはできないでしょう」
「ああ」
短く答えなんとか思考する。自分が彼らだったならばどうするだろう。逃げ込む場所を知っていればそこに着くまでになんとかしようとするだろう。出来なかった場合は?ああ、ちくしょうと信久は内心罵倒した。待ち伏せするに決まっている。もう大丈夫だろうと安堵したところを狙ってくる。そうに違いない。
なんとかしてシャ・リザールと並走しなければ!
(やるって言ったんだ。やりきってやる傷つけないなら俺だって出来る。やってやる!)
壁に使っていた風を少しだけ自分へ向け吹かせる。ゴッと想定より強い風に弾かれシャ・リザールの数歩後ろへたどり着いた。霞む目に鞭を打ち探す。
どこだ?どこにいる?辺りに目を光らせ相手を探す。
視界の隅でキラリと何かが光った。視線を向けると猟師は既に弓を引き絞っており今にも放たんとしている。どうするか悩んだ。現状でギリギリの風壁を削るわけにも走る速度を上げる為の風も余所へ回す様な余力は残っていない。信久が悩んでいる間に猟師が矢を放った。全身に力を込め目測で剣を矢との間へ入れる。
「飛び込め!」
シャ・リザールの声に一瞬迷った事が致命的であった。飛来した矢が鋭く腿へ突き立った。頭で新たな痛みが爆発する。歩調を乱し体勢が崩れる。
(クソッ!)
あと数歩足らない。更に集中が乱れ風壁の制御が甘くなり効力を弱めた。殆どの矢が手前で落ちる中、3本が風を抜けシャ・リザール目掛け飛来する。考えるより早く体が動いた。
「風よ!」
風壁を解除しシャ・リザール目掛け体を吹き飛ばす。これならば一石二鳥だろう。シャ・リザールを守れ自身も彼の里へ飛び込める。正直なところそろそろギリギリだったのだ。これで約束は守れた。
(なんとかなったかな)
衝撃を受け信久は意識を手放した。
後ろからの衝撃に吹き飛ばされたシャ・リザールはひらりと着地し振り返ると体に3本の矢を受けた信久が転がっていた。門は閉じられ火矢対策として泥の塗られた防壁の中へと戻ることに成功したのだ。と、不自然な事に気がついた。矢傷にしては信久の出血が多い。慌てて近寄り信久の服を脱がせる。全身にある11の古傷と一つだけ矢傷ではない傷跡に目を見開いた。
「ヒュ・プラン長老を呼んでくれ!早く!」
シャ・リザールの大声に白い髭の老人が駆けつけた。
「どうしたシャ・リザール。それにこの者は?」
「恩人なんだどうか助けてくれないでしょうか」
ふむと頷き信久の傷を見る。矢傷を素早く止血し縫合してしまうと問題の大きな傷を診る。鋭く目を細めヒュ・プランは動きを止めた。
「長老?」
「シャ・リザール、彼はどこからともなく剣を出さなかったかい?」
「出していましたが……どうかなさいましたか……?」
止血を済ませると縫合はせずに包帯を巻く。
「この傷だけは縫合できない。血丸があったじゃろう。あれを水で溶いて飲ませなさい。それがワシらに出来る限界じゃ」
それだけ言うとヒュ・プランは背を向け家へと戻って行ってしまった。他の者たちは信久を遠巻きに見るだけで、シャ・リザールは結局1人で信久を自宅のベッドへ運び込み信久が目覚めるまでの4日間彼の世話をすることとなったのだった。
ヒロインかと思ったかね。おじさんじゃよ!!