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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編あつめ

甘くて苦くて鋭い刃

作者: 郁崎有空

 知らない他人のために何かを付き合おうという時ほど、つまらないものはないと思う。

 なのに、わたしはそれをいつも断れずにいた。

 無理やり口に放り込まれたチョコレートの風味に眉を寄せるわたしのことなど構わず、歌穂はずいとわたしに迫る。

「どう?」

「うん、不味い」

 歯に衣着せることなく、わたしは言い放った。

「……そっか」

「親戚から貰ったハワイ土産のチョコレートがちょうどこんな味だった。いや、それよりも酷いかな」

「と、言いますと?」

「しょっぱい」

「まじかぁ……」

 頭を抱えて本気で悩んだ様子に、もやっとした感情に襲われた。今までわたしの前でここまで深く悩んだことなんてなかったはずなのに。いつも近くにいたはずなのに、段々とわたしの知らない歌穂になっていくような、そんな気がしてならなかった。

普通チョコ食べてしょっぱいとかあるのかと思うだろうが、こいつを舐めてはいけない。「どうして突然そんな発想が出てくるんだ」と言いたくなるような突拍子のない発想で、こいつには何年も驚かされた。

 調理実習の時、「めんつゆは万能な調味料なんだよ!」と話しながら、カレーをスパイスの利いた肉じゃがにしたことがある。この話をすると大抵、「えっ、肉じゃがになってるだけまだ良くない?」とフィクションのメシマズキャラ基準で言われるが、「カレーっぽくない」と言いながら七味を入れようとした段階で止めたからまだマシだっただけだ。

 微妙に味がずれているというのは非常に反応に困る。さすがにわたしは慣れたからいいが、自分以外の人で変に気を使われているのを見た時はすごくハラハラした。こういうつまらないことで人間関係の軋轢が生まれるので、「わたし以外の相手に料理を振る舞わないように」と釘を刺しておいた。そのはずなのに。

 2月の初めあたりか、歌穂は「チョコ作るから手伝って!」と言い出したのだ。去年までは勝手にチョコを作ってきて、わたしがダメなところを指摘して終わったはずなのに。相手を聞いても恥ずかしがって言おうとせず、どこか必死なように見えた。前からどこかよそ見が多いと思っていたが、理由が分かったのはその時だった。

 わたしだって好きでこんなことに付き合っているわけじゃない。断ることができなかったのだ。わたしが断って歌穂が不味いチョコを渡して、勝手に傷つかれるのが耐えられないのだ。それでいいと思っているのに、わたしは歌穂の前でいい人のふりをやめられなかった。

 しょっぱいチョコをもそもそと齧る。困惑した表情で見る歌穂がどこかおかしかった。これ、あんたが作ったものなのに。

「どうせ食塩入れたんでしょ?」

「うん。スイカに塩かけたら甘くなるってよく言うし」

「あれ、別に甘みが増すとは思えないんだけどなぁ。とりあえず食塩とか変なもの入れないでレシピ通りにやって。不味いの渡して振られたくないでしょ?」

「……ごもっともです」

 あぁ、何やってんだろう。離れたくないのに、離れていくのを後押ししていくような。どうしたらその足を止めて、わたしに振り返ってくれるんだろう。どうしたらその感情を独占できるのだろう。そんな言葉をチョコとともに呑み込んでいた。



 材料が足らなくなったようなので、わたしがスーパーへ買いに行くことにした。歌穂が申し訳なさそうにしていたが、変な発想で余計なものを買って変なものを作られたらたまったもんじゃない。メモに書いてあった最低限のものを買って、あとは惣菜を買う。あの調子だとキッチンを夜まで占拠されかねないし、晩御飯が変な味のチョコだと思うと苦笑しか出ない。というか、味見ばかりしていたのでもう晩御飯はいいとさえ思っていたが、それでも歌穂の分が必要だった。

 揚げ物をいくつかとサラダとプリンをかごに入れる。プリンは二人分だ。たまにはちゃんとした甘味が食べたかった。あと、歌穂が喜びそうだったのもある。

 歌穂は実家暮らしということで、一人暮らしのわたしが自分の家のキッチンを貸している。なんでここまで付き合ってるんだろうと思わなくもないが、見た感じ楽しそうだからまあ、悪くはない。だから、どこに行っても構わない。そのはずなのに。

 そういえば、シャーペンの芯が切れそうなんだっけ。消しゴムだってそろそろ使いづらくなるほど小さくなってたような。ノートもそろそろページが終わりそうで、予備も無かったような気がする。

 唐突にそんなことを思い出す。なぜ急にこんなことを思い出したのだろう。

 まあいいか。買い物のついでに買っておこう。そうしたら手間が省けて、あとで買わなくて済んで、ただでさえ多すぎる悩みの一部分がぱあっと解消されるとかされないとかそういう感じに。だからわたしは文房具コーナーに急いだ。

 予定にないものまで買っている気がするが、これもまた運命だ。そうでありたい。わたしはきっと後悔しない。



 結局のところ、夜になっても美味しいチョコはできなかった。歌穂はそれでも頑張る様子だったが寝落ちてしまい、わたしがチョコを作ることになった。板チョコを刻んで湯煎してまたハート型に固めるだけなのに、なしてそこまで不味く作れるのだろう。そんなんなら、市販のトリュフチョコとかうんにゃらとかのほうが嬉しいのでは。そうは思うが、きっと多分違うのだ。

 理屈じゃなくて、他の人にはやらない特別をあげている。そういうことなのだ。

 でも、じゃあ今までのわたしへのそれはなんだったんだろう。

 ダメだ。そんなことを考えてはダメなはずなのに。

 それがわたしにとって正しくて、歌穂にとって正しくて、たとえ世の中にとって間違いでも、わたしたちの世界にはわたしたちしか入れないし入っちゃいけない。そう思うのだ。

 大きい一個じゃつまらない。小さい何個かのハートにしよう。そうしたら歌穂は彼に思いを遂げられる。

 ただチョコを固めるだけじゃ、やはりつまらない。歌穂らしくいこう。砕いたナッツか、ドライフルーツか、どっちもか。違う。無難だけど、歌穂らしくない。あれ、歌穂らしくない方がいいんだっけ。そうだった。

 でも、アレンジのないもので想いは告げられない。だからわたしは伝えるのだ。これがわたしのメッセージなのだ、と。

 刻んでいく。リズムとともにひたすらに刻んでいく。細切れになった星のような白い粒と、砕かれたいかにもそれっぽい黒く細長の欠片たち。少し大粒の銀色の欠片は、平行四辺形というか菱形いうか、星のようで綺麗だ。

 それら全てを、湯煎してどろどろになったチョコの中に入れ、しっかり混ぜ合わせる。うん、綺麗だ。これでいい。きっと、後悔しない。

 そしてこれを固めて、愛の形を作っていく。

 こうしてみると思うのだ。愛は薔薇のようだと。



 そしてバレンタインから次の日、事件は起きた。

 それは、サッカー部の人気ものと噂の先輩がカッターナイフ入りのチョコを食べたという話だった。もらう数が多かったために、それが誰のものかは覚えていないらしい。

 疑心暗鬼になった彼はそれ以来、学校に来なくなった。学校側も犯人を探しているらしいが、このご時世あまり大ごとにしたくないだろうし、あてにならないだろう。サッカー部の彼も、彼が好きな彼女らも、ご愁傷様という感じだ。

 まあ、当然だ。特別を特別と思っていない人間には罰が当たる。それでいい。こんなやつにはこんくらいやられて当然というか。

 枯れ葉が散り散りとした道を二人並んで歩く。歌穂はさっきからずっと泣いていた。まあ、よりによってチョコを送った相手がもう二度と来ないかもしれないからだ。

 しかし考えてみれば、あんなやつは最初から歌穂にとって遠かった。もっと近くに想う誰かがいるんだと、教えたい。

「まあ、残念だったね。最低なやつがいたせいで、多くの人の気持ちが踏みにじられちゃったってことで」

「今でも信じられないよ。本当に」

「いいじゃん。あんな物騒なものを誰かしらに渡されてたってことは、恨まれるようなことがあってことかもしれないし。もしかしたら、やましいことを断ち切るためにあんな嘘をついたのかも――」

「本当に信じられない!」

 歌穂がわたしの胸ぐらを思い切り掴む。唐突の出来事にわたしは視線をそらしてしまう。

「……は?」

「おかしいよ! 何考えてんの!」

「何のことやら……」

「信じてたのに! なんでこんな……!」

 歌穂がやるせなく手をほどいて踵を返す。

 かすかに聞こえた嗚咽が、歌穂が離れた後もしばらく続いた。



 コソコソと噂話が聞こえてくるんです。

 わたしがカッターナイフ入りのチョコを入れたのだと。

 違うのに。だって、そんな覚えがないんですから。

 しかし、そんなこと今更信じられるでしょうか。

 だって、わたしだってまだ信じられないんです。

 あくまでただの噂かもしれません。しかし、彼女を信じられないんです。

 だから信じたいのです。わたしは、それを確かめたくて。

 アパートの一室に急いで、部屋の前で合い鍵を取り出しました。ガチャリと開けて、中に入ります。

 キッチンを漁りました。綺麗に片付けてあり、調理をした形跡がありません。

 三角コーナーや排水口を探しました。それでもないのです。

 部屋のあちこちを探して、どこにもないのです。彼女がそれをしたという証拠が。

 ガチャリ、と扉の開く音がしました。

 振り返ると彼女がいました。わたしは驚いて、尻もちをついてしまいました。

「疑ってた?」

「あんたでしょ! あんたがチョコに――」

「違うよ。なんでわたしが歌穂にそんなことしないといけないの」

「あんたが先輩のことが好きで、それでわたしを!」

 一瞬、彼女の表情が曇りました。

 そして彼女は、一歩、一歩と、わたしに迫りました。尻餅をついたまま後ずさって、背中が壁に突き当たりました。

 彼女はわたしを追い詰め、両手を壁に突いて逃げ道を塞ぎました。それは、長いこと友達をやっていたわたしでも今まで見えなかった一面でした。

「わたしが好きなのは歌穂だよ」

「おかしいよ……最低……」

 憎悪や嫌悪や入り交じったものを込めて睨みつけました。彼女はわたしの身体にのしかかり、制服のポケットから細長いものを取り出しました。

 視界の端にしか見えませんでしたが、キリキリとした嫌な音ですぐにカッターナイフだとわかりました。 

「歌穂は騙されやすいんだから、他の場所なんか行っちゃダメなんだ」

 その刃は、わたしの首に沿って優しく撫でました。

 くすぐったいのか、おぞましいのか、鳥肌が立ったまま止まりませんでした。

「泣かないでよ。今までもこれからも、歌穂を離したりしないよ」

 壁にドスと刃が突き刺さるとともに、唇を塞ぐ柔らかいものがありました。それが何かすぐに分かるとともに、抵抗する力もすっと消えました。

 分かったのです。わたしが彼女を好きであり続ければ、もう悲しむ必要もないんじゃないかと。

 そしてわたしは、彼女のなすがままになりました。一瞬のようで記憶が曖昧ですが、それだけは確かでした。

まあ、行事ものに便乗するのも悪くないよね。という軽い気持ちで書きました。


ノートパソコンを買ったのでどうにかスマホ執筆を卒業できましたが、だからと投稿ペースが上がるわけもなかったのです。


今後は何を書こうかなぁ…と考え続けているのですが、まだよく決まりません。まあ多分百合関連だと思うのですが、まあ数年前のような作品もやるかもしれないですね。SFっぽいヒーロー(魔法少女)ものみたいな感じの。


まあ、ちょっと漫画も描きたいなと思ってるので、そんなすんなり書くかよくわかりませんが。


そんな感じです。それでは。

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