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住人との遭遇

「ちょっと珠洲さん!いい加減この大量のバイク、処分してって言ってるでしょ!邪魔なんですよ、これ」

「うるさいガキだな。これは俺のじゃねぇって何べん言ったらわかるんだ。俺の知ったことかよ」


 階段に座り込み、二人のやり取りをこっそり盗み見てみる。するとそこには、ポニーテールを肩甲骨あたりまで揺らしている高校生らしき女の子と、180㎝はあるだろう高身長で少し長めの髪を後ろで一つにくくっている男が立っていた。


「じゃあ持ち主に言っておいてください。三か月前から何も変わってないですよ。この三か月間何してたんですか!」

「あぁ?修行だよ、修行。定期的に体思いっきり動かさないと死ぬんだよ、俺」

「体動かす前にバイクを動かしてください」

「そんなに邪魔なら自分で動かせばいいだろ。ま、できればの話だがな」


 女の子があんなに怒っているのに、それに動じないどころかむしろ煽っている男に、咲夜は畏敬の念を抱いた。

 そろそろ女の子の方も堪忍袋の緒が切れてわめきだすか、それとも泣いてしまうんじゃないか、と咲夜が要らない心配をし始めたとき。


「……わかりました。では、バラバラに分解してからどこかに捨てるとしましょう」

「な……分解?ちょ、ちょっと待て。そんなことされたら困る。それは俺のじゃないといっているだろう」

「あー、やっぱり捨てるのはもったいないですね。きれいに分解して、どっかのお店で買い取ってもらいましょう」


 女の子は怒りもせず、泣きもせず、笑った。

 しかも無邪気な幼い子が新しい遊びを考え出した時のような屈託のない、あの笑み。

 そしてどこから出したのだろうか、両手にはハンマーやインパクト、バラシバールなど、解体するための道具がしっかりと握られている。


「頼む。俺が悪かった。この通りだ、すぐ片付けさせるから今回は見逃してくれ」


 男の方もただの脅しではないことを察したのか、さっきとは打って変わって素直な態度を見せた。


「……はぁ、もういいわ。今日は私も疲れたからこの辺にするけど、今週中に片づけてくださいよ」

「おお、話が早くて助かるぜ」

「まったく……ん、これは」

「なんだ、どうした」


 女の子が道具をしまい、そのままその場を去ろうとしたとき、何かが目の端に映った。


「この自転車、珠洲さんのですか」


 どうやらバイクに埋もれて自転車があるらしい。

 そういえば、ここに引っ越してきた日に自転車を新しく買ったのであった、と咲夜は頭の片隅でぼんやりと思い出していた。


「俺じゃねぇ。自転車なんてここ十年間乗ってないからな」

「ですよね。私もまったく身に覚えがありませんし……はっ」

「どうした」

「まさか、不法投棄とかじゃないですよね」


(あ。そういえば自転車置き場がなくってどこに置いたらいいかわかんなかったから、適当にそこらへんにとめといたんだった……)


 さっきまでぼんやりとしか思い出せていなかったことが、一瞬にして鮮明に思い出された。


「他人の家に自転車を捨てるなんてありえないです」

「そりゃそうだが、捨てるにしては新しすぎやしないか」

「でも、ここには自転車に乗るような人は住んでいないんですよ?やっぱりこれは不法投棄です。近くの自転車屋さんにもっていって処分してもらいます」


 咲夜は嫌な予感しかしていなかった。冷汗がこめかみを流れる。

 女の子が男を押しのけ、自転車に手を伸ばそうとしているのを確認し、咲夜は反射的に飛び出していった。


「ちょっと待ったあああああ」


 いきなりの第三者の登場に驚いたのか、二人は口を大きく開けて呆然と立ち尽くしている。


「それ!その自転車、俺のなんです。どこにとめたらいいか分からなくて……その、すみませんでした」


 走りながら叫び、二人の前で深々と頭を下げる。今までの会話を聞いていたからか、初対面であるはずなのに恐縮せざるを得なかった。

 すると、まだ呆然としている女の子の隣で、男が口を開いた。目の前まで来ると、やはり高身長であるのがうかがえる。


「あんた……誰」

「えっと、三か月ほど前から201号室に引っ越してきました。橘咲夜と申します」

「えええええ!いま、たちばなって……」


 それまでただただ呆然としていた女の子がさらに口を開けている。男の方も形の良い眉をひそめてなんだか険しい顔をしている。

 微妙な空気に耐え兼ね、咲夜はおろおろと二人をみる。


「えっと、その」

「なんでこのアパートにきたんだよ」


 男が聞いた。依然、眉はひそめたままである。


「いろいろと事情がありまして……」


 うまく説明することができず、あいまいな答えになってしまう。

 それでも男は、ふんと鼻を鳴らしただけでそっぽを向いてしまった。


「あ!っていうか、私音お父さんから何も聞いてなーーい」


 意識が戻ったのか、女の子が叫びだした。


「え、お父さん?」


 さっきまでぽかんとしていた彼女がいきなり怒り出し、その無茶苦茶な感情の変化に戸惑っていると、「彼女、ここの大家さんの娘なんだ」と男がこっそり教えてくれた。


「大家さんの娘さん……あ、それじゃあ、102号室に住んでいる方ですか?」

「はい!私、大宮遥と申します。今年の春から大学生の、花の18歳です!よろしくお願いしますね、咲夜さん」

「こ、こちらこそよろしくお願いします」


 勢いに負けて、もごもごとしたあいさつになってしまう。咲夜はこういう積極的な女の人が苦手であった。


「んで、俺は202号室の珠洲冥利。君のお隣さんってことになるかな。今年で24歳だ」

「よろしくお願いします」

「うん、そうだな。何か困ったことがあれば俺に相談しな。顔は利くから大抵のことは手伝える」

「あ、ありがとうございます」


 さっきはなんだか怖い印象だったけど、案外いい人なのかもしれない、と咲夜は思った。頼れるお兄さんって感じだ。

 このアパートに引っ越してきて三か月が過ぎ、初めて住人と出会った。

 今まで顔を見ることもなかったのはなぜなのか。そんなことも気にならなくなるほど、二人はとても魅力的な存在であった。

 どちらの方が顔が利くか、ということでまた口げんかし始めた二人を半分あきれながら眺めていると、頬をあたたかい風がなでていった。

 咲夜の胸には、これからの新しい生活の輝きでいっぱいだった。

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