バスと老人
その日はひどい雨だった。
「バスと老人」
私は家に帰る途中、バスの中で何度も何度も携帯を見た。何の連絡もない。きっと喜ぶべきことなのに、なんだろう。この気持。
今日は部活を休んだ。それも誰にも言わずにこっそりと。きっと由美子が心配している。もしかしたら、みんなで探し回ってるのかもしれない。
でも、誰からも連絡はない。
練習が嫌だったとか、友達とケンカしたとか、そんなことは何もなかった。朝から授業を受けて、休み時間には由美子と昨日のテレビ番組の話とかして。何も変わらない1日だった。何もない日だった。
それなのに、なんでだろ。先生の話が終わって鞄を持って教室を出る。みんなが体育館に流れていく中で、私は一人昇降口に向かった。
ピーと甲高い音が鳴って、バスの扉が開く。杖を突いた黒い人影が見える。
あっと思ったら、満面の笑みで私のそばに座った。
「こんにちは、学生さんかな?」
おじいさんは私に気軽に声をかけた。なんて言ったらいいのだろう、と考えながら軽く頭を下げた。
「学校の帰りなのかい?今日は雨で残念だったね。」
何が残念だったのだろうか?私は不意に、汗を流して筋トレしているだろう由美子を思った。
「今日は雨だから、外で練習できないんじゃないかい?」
老人の言葉で私はやっと理解した。私はテニスのラケットを背中に背負っているのだ。私がテニス部員であることは馬鹿だってわかる。
私は「そうですねえ」と曖昧に返事をした。
空はいよいよ暗く、雨音は激しい。きっと傘をさしたって、肩もつま先も濡れてしまうだろう。
もう一度携帯を見る。誰からも連絡はない。
どうして?今まで一度だって部活を休んだことなんてなかったのに。私が休むなんて一大事なのに。
どうして誰も心配してくれないの!
「ひどい雨だなぁ。こんな日は早く家に帰らんとな。」
老人のつぶやきが、闇の中で眩しすぎるバスの光の中に消えた。
私はゆっくりと携帯を開く。
何のメッセージも届いていないそれに、「ごめんなさい」と打ってみた。