《中学1年生編》
【朔也side】
ーー30分前・東屋…
「美空君は、どうして止めさせたいと思うの?始めた時は、散々だったけど…大分、形になってきたんだ。道場に、見に来ない?」
『どうして止めさせたい』か…
理由は分かっているが、それを桐生に伝える事は躊躇ってしまう。
あの事件の事は、桐生には何の関係もない。
無意識の内に、自分の手を握り締めていた。
「……暴力では、何も解決しない…」
あんな思いは、もう嫌だ…
「僕が桐生君に教えてるのは、暴力じゃなくて護身術ですよ。大和が空手部に入るのはあんなに喜んでて、どうして桐生君は駄目なんです?」
空手部は、部活…
部活はスポーツであって、規定のルールもある。
だが…桐生が身体を鍛えるのは、部活の為ではない。
「……桐生に、怪我をさせたくない…」
高木が『攻撃はしない』と言った以上、勝負の際に桐生が怪我をする可能性は限りなく低い。
無理な特訓さえ、しなければ…
「ごめんね。心配してくれて、ありがとう。よかったら、道場に見に来てよ」
道場に行けなくなったのは、いつからだろうか…
思えば、あの事件の直後だった。
道場は元々、高木の父親が管理し師範を務めていた。
いなくなった事を自覚したくなくて、いつしか行けなくなっていた。
「今から、道場に行くのかい?僕も、行くよ。朔也様は、どうなさいます?」
聞かなくても分かっているはずなのに、どうして聞いてくるんだ…
「……行かない」
俯いているせいで、桐生とクリアがどんな表情をしているか分からない。
顔を上げて確認する事も出来ないまま、2人の足音が遠ざかって行った…
コップの中の氷が溶けてカランと音がして、ようやく顔を上げる。
自分以外いなくなった東屋で、聞こえてくるのはセミの声…
それが暑さを助長し、身体が喉の渇きを訴える。
クリアが作ったレモネードの冷たさが、渇きを潤し身体に染み渡っていく。
『道場に、見に来ない?』
『大和が空手部に入るのはあんなに喜んでて、どうして桐生君は駄目なんです?』
理由は、至極簡単…
高木が部活をするにしても試合に出るにしても、それはこの家の道場で行われる事ではないからだ。
今でもまだ、あの人達を思い出してしまうんだ。
高木の父親と、水無月の父親…
俺を守る為に闘って、殺された人達…
道場は、あの人達と過ごした思い出があり過ぎる。
だから、まだ…行けそうにない…