《中学1年生編》
「うん、最近なんとか形になってきたんだよ。クリアさんの都合が良ければ、今日もご指導お願いしたいんですけど…」
「…………………」
あ、あれ…?
すぐに返事が返ってくると思ってたのに、クリアさんは俺じゃなく俯いたままの美空君を見てる。
「……俺は、そんな事をさせたい訳ではない…クリア、俺の味方なら…やめ……」
「無理ですね。桐生君が、望んでいる事ですよ?僕は、本気でない者を指導したりはしません」
美空君の言葉を遮って、クリアさんは強めの口調で言った。
指導者として、凄い人なんだと思う。
俺なんて2ヶ月前まで、瓦も割れなかったのに…
今では、それなりの数を割れるようになった。
自分の成長が目に見えて分かるから、もっともっと教えてほしくなる。
「美空君は、どうして止めさせたいと思うの?始めた時は、散々だったけど…大分、形になってきたんだ。道場に、見に来ない?」
俯いたまま、手を握り締めていた。
そんなに、道場に来るのが嫌なの?
「……暴力では、何も解決しない…」
小さな声で囁くように言われた言葉に、何も知らない俺が何を言ったらいいのか分からなかった。
「僕が桐生君に教えてるのは、暴力じゃなくて護身術ですよ。大和が空手部に入るのはあんなに喜んでて、どうして桐生君は駄目なんです?」
そういえば、高木先輩が試合に出たら見に行きたいとまで言ってたな。
「……桐生に、怪我をさせたくない…」
高木先輩は、いいの…?
それに…本当の理由は、どこか別にあるような気がする。
その理由を、クリアさんは知ってるような気もする。
「ごめんね。心配してくれて、ありがとう。よかったら、道場に見に来てよ」
コップに残ったジュースを飲み干して、立ち上がる。
「今から、道場に行くのかい?僕も、行くよ。朔也様は、どうなさいます?」
「……行かない」
美空君を東屋に残して、俺とクリアさんは道場へと歩き出した。
ーー16時30分・屋敷内道場…
体操服に着替えて道場に入ると、クリアさんは正座をして俺をまっすぐ見据えてきた。
「指導を始める前に、君の疑問に答えようか。朔也様の態度を、不思議に思ったんだろ?」
まだ何も切り出してないのに、この人はどうして分かるの?
「あの!美空君は、何を怖がっているんですか?」
「随分と、単刀直入だねぇ…朔也様はね、トラウマを抱えてるんだよ。誰かを失う事が、とても怖いのさ」