《中学1年生編》
申し訳なさそうに頭まで下げる桐生君を見て、自然と笑みがこぼれた。
「桐生君。こういう時は、ありがとうって言ってくれた方が嬉しいな」
「あ、はい…すみません……あれ?えっと…あの、ありがとうございます…」
言い直した桐生君の慌てっぷりに思わず吹き出してしまって、桐生君だけでなく朔也様にも不思議そうな視線を向けられた。
「ごめんね。悪い意味で笑った訳じゃないから、気にしないでね。大和、早く乗りなさい」
気まずさを取り繕うように、後部座席のドアを開けたまま突っ立っている大和に声をかけた。
「はい」
ーーーバタン…
ーーガチャ…
後部座席のドアが閉まってすぐに、助手席のドアが開いて大和が乗り込んだ。
ーーーバタン…
助手席のドアが閉まったのを確認して、車のエンジンをかける。
安全確認の為と心の中で言い訳しながら、左手でルームミラーを触る。
僕から後部座席が見えるように調節して、車を発進させた。
本当の事を言えば、こんな監視するような事はしたくない。
だけど朔也様は、そういう立場におられる御方で…もし後部座席で何かあった場合、それを『見てなかった』『知らなかった』では絶対に許されない。
交差点の信号が赤に変わり、ゆっくりとブレーキを踏んで車を停めた。
ルームミラーで後部座席を見ると、僕の視線に気付いたのか朔也様が顔を上げる。
時間にして数秒間、ルームミラー越しに僕達は視線を合わせていた。
「……はぁ…」
朔也様は、諦めたように溜め息をついて目を伏せる。
ーーーズキンッ…
そんな顔をさせたくないのに、どうして上手くいかないのかな…
胸の痛みを誤魔化す為、今は運転する事だけに集中しよう。
青信号で車を発進させてから20分後、桐生君の自宅近くに到着した。
「桐生君、この辺でいいの?」
「はい、ありがとうございました。美空君も、本当にありがとね。高木先輩も……美空君?どうしたの?」
桐生君の言葉に過剰反応して、助手席から降りようとした大和の右腕を掴んで引き留めた。
大和からの抗議の視線を無視して、ルームミラーで朔也様のご様子を確認する。
俯いている朔也様は、一見すると体調が悪いようにも見える。
「如何なされました?車に、酔われてしまいましたか?」
体調不良の可能性は、朔也様本人が頭を横に振る事で否定された。
「……俺は、嫌な思いをさせる為に招いた訳では…桐生、すまなかった…」