《中学1年生編》
「……そうか…」
短く呟いた美空君は、俯いたまま動かなくなってしまった。
目線を合わせないのって、俺がさっき言った事が影響してるからだよね…
「うん…ねぇ、美空君ってさ…他人に、気を遣いすぎなんじゃない?」
誰かの顔色ばかり見て、ある一定の距離から近付いては来ない。
「……気を遣っているつもりはないが、そう見えるのなら遣っているのだろうな…」
何なの、それ…物凄く曖昧な返答が、返ってきたんだけど…
本人の自覚がないんじゃ、気を遣うなって言っても無駄だよね…
「あ、あのさ…クリアさんも言ってたけど、何も『見るな』って言ったんじゃないんだよ?ただね…じっと見られると、自分の顔に何か付いてんじゃないかと不安になっちゃうんだ。どうして、何も話しかけてこないの?」
「…………………………無理なんだ…俺には、出来ない…」
少し長い沈黙の後、ボソッと呟かれた言葉を理解するまでに時間がかかった。
話しかけるだけの簡単な事が、どうして『無理』なんだろうか?
「何で、出来ないと思うの?やってみる前から、何で諦めちゃうんだよ!?」
思わず荒げてしまった俺の声量に、美空君が驚いて俯いていた顔を上げた。
「……ッ…俺は、ずっと教え込まれてきた。《必要最低限の言葉以外は、話してはいけない》と…《やりたい事も自分でやらずに、従者に命令してやってもらえ》と…だから、他人への話しかけ方が分からなくて…」
告げられた真実に、俺は返す言葉も見付けられず立ち竦んでしまった。
大金持ちの感覚って、一体どうなってんの!?
自分のやりたい事を誰かにやってもらったら、自分じゃ何も出来なくなるのは当たり前だ。
現に今、その教育のせいで1人の子が苦しんでいる。
「そんなの!もう、守らなくていいよ!どんな話だって聞かせてほしいし、やりたい事があるならやればいいんだよ!!」
「桐生様、お声があちらまで聞こえております」
この無駄に丁寧な口調を使う高木先輩という人は、いつも何の前触れもなく現れては邪魔をする。
聞かれてようがどうしようが、そんな事はどうでもいい。
「だから、何ですか?俺は、間違った事言ってませんよ!放っといて下さ……んぐっ!?」
大きな声で怒鳴る俺の口を、高木先輩は右手で塞いだ。
「お静かに…このお屋敷には、ご隠居様の息がかかった者達が常に見張っております。不必要に、大きなお声で話してはいけません」